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ナ・テジュ「懐かしさ」[2022年01月31日(Mon)]

◆わずか2ヶ月前に出会った詩集、それも4篇を紹介したばかりなのに、すっかり忘れてまた買い求めた。
過ぎる時間が余りに速くて人を忘却の深い淵に引きずり込むのか、それともすでに淵の中に住していながら、そのことさえ忘れているのか。

◆よほど我が手になじみ、我が心に響くことばがここにはあるのだろう。
重複しないよう、過去の記事を確かめた上で、今日の気分に合う一篇を――



懐かしさ  ナ・テジュ
            黒河星子・訳


ときどきぼくの目からも
塩水が流れる
たぶん僕の目の中には
海が住んでいる


『花を見るように君を見る』(かんき出版、2020年)より

◆「ぼくの目から」とあるから、この詩は、涙をたたえたもう一人の人、今目の前に向かい合わせで座っている人に向けたものだ。
詩集名にある「君」がその人だと考えて良い。
この詩に限らず、「君」に語りかけたい思いが、目からあふれた涙と同じく、内なる海の深いところから、余計な綾をまとわずに滲出してことばになった、というおもむき。

*****

★これまで紹介したナ・テジュの詩は下記の4篇(2021/11/28〜12/2)。


「ぼくが愛する季節」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2148

「祈り」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2149

「葉っぱになるために」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2150

「訪れたことのない街角」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2151



新川和江「ちいさな川は…」[2022年01月30日(Sun)]


ちいさな川は…   新川和江


ちいさな川は
一日じゅう うたっている
鳥が はすかいに
つい! ととべば 鳥のうたを
白い雲がかげをおとせば 雲のうたを
風が川面(かわも)を吹いてわたれば 風のうたを
女の子が花を浮(う)かべれば 花のうたを
夜がくれば 空いっぱいの星たちのうたを



 『星のおしごと』(大日本図書、1991年)所収
 『新川和江全詩集』(花神社、2000年)に拠った。

◆身の内を流れる血液はわが命の証しであると同時に、新しい命を生み育むみなもとでもあるという確信がこの詩人にはある。
川の流れも同じだ。
それゆえに、生きとし生けるものとそれらを包む世界は、水に映った瞬間に水を震わせるようにして我が内なる竪琴に伝わってくる。

「つい!」という鳥のうたのけざやかなこと!



新川和江「山のむこうには」[2022年01月29日(Sat)]


山のむこうには  新川和江


山のむこうには
山があった
その山のむこうにも また
べつの山があった

「人生も 山また山さ」
おじいちゃんが
煙草をとり出しながら 言った

「人生か――」
ぼくはつぶやいて
雪山のとがった頂(いただき)を見る

ぐん と背丈がのびて
大人になったような気がする
あの山を越えて行く日のことを思って
ぼくは 深呼吸をする



『ヤァ! ヤナギの木』所収
『新川和江全詩集』(花神社、2000年)に拠った。

◆以前、信州・上田に旅した帰りのこと、山並みが南へ降りて行く風になだらかに続いているのを見て思った――ずいぶん多くの若者が、この山並みを眺めながら、都会へ出て行っただろうな。水が流れ下るのと同じで、生まれた時から決まっていたことのように。
川や道が向かう先はの空は夕暮れを告げていたにもかかわらず、はっきりと明るさを保ち続けていて、翳りを感じなかった。

彼の地を故郷に持つ何人かの知友の面影を思い出しながら、何となく納得できる感じがあった。
青春期の彼らの上京は、わが在所である雪国からのそれとはだいぶ違う気分であったろうという風にも思った。

◆リタイア後の人生の収め方が、その南下をフィルムを逆廻しするように自然に行えるかどうかは知らないけれど、水の循環のようにこれも自然に運ぶのではないか、という感じがする。
この詩の少年のように「深呼吸」した自分を、老いてなお忘れずにいる限りは。


新川和江「可能性」[2022年01月28日(Fri)]

◆「ステルス・オミクロン株」という亜種が出現し、すでに日本でも見つかっているという。正体がつかみにくい変異ウイルスに、隠密の度をさらに深めたヤツがあちこちに潜伏中だとすれば脅威である。

◆コロナ禍があらわにしたことの一つに、格差や貧困の問題がある。訴えるすべを持たない子どもたちの深刻な状況に気づきませんでした、という事態は避けねばならない。関わる大人たちの責任は大きい。見える目をもって、子どもたちの未来を広げて行かねばならない。無論、国の中だけの問題ではない。


可能性  新川和江


(とお)まで数えられる子どもの喜びと
十までしか数えられない子どもの悲しみの前で
世界は大きく ひらいたりとじたりする
りんごの木に 無数のりんご
かがやく海に 無数の魚
クローバの野に 無数の羊
空の深みに 無数の星
地球のうえに 無数のひとびと……
それが 見えたりかくれたりする



『春とおないどし』(花神社、1991年)収載。
『新川和江全詩集』(花神社、2000年)に拠った。



青山晴江「絶望の八円」[2022年01月27日(Thu)]


絶望の八円   青山晴江


ときどきしか
思い出さなくなる
ほとんど
忘れてしまっていて
ほんのときたま、こんな冷え込む夜に
ふと 思い出す

深夜、渋谷区のバス停
電源の入らない携帯電話
八円、わずかな衣類と食べ物
終バスと始発の間の
静止した町の隅で
仕切り手すりの付けられた
横になれないベンチで
そのひとは いつものように座っていた
そして いきなり頭を殴られて殺された
「痛い思いをすればいなくなるだろう」
自首した青年の動機だそうだ

春までスーパーで働いていた
小柄でおかっぱ頭の六四歳
ほんの少し運の歯車がずれれば
彼女はわたしだ
世の中が渡した絶望の八円
駅も公園も居場所を拒む

 イナクナレバイイ…

ときどきしか
思い出せなくなって
人ごとのように錯覚したまま
マスクの群れのなかを
無言で行くのだろうか
息苦しい排除の街
そのなかのひとりとして
わたしは


『詩と思想 詩人集2021』(土曜美術社出版販売、2021年)より

◆2020年11月16日の渋谷幡ヶ谷町のバス停で起きた事件を取りあげた詩だ。
1年余りが過ぎたが、高齢者と若い世代とが都会でクロスした結果の悲劇はその後も起きている。
社会の包摂力が失われているのなら、それを回復する手立てはあるはず。元々それが無かったとしたら、相当な意思とマンパワーを集めかつ持続させて作り出さねばならない。

***

◆事件後、丹念な取材で、被害者Oさんを浮き彫りにした記事がいくつかあった。
そのうちの一つ、NHK社会部記者によるレポートが注目される。

【追跡 記者のノートから】
ひとり、都会のバス停で〜彼女の死が問いかけるもの
https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/kishanote/kishanote15/



飯島耕一「歩行の原理」[2022年01月26日(Wed)]

歩行の原理   飯島耕一


きみはことばで歩く
脚によってではなく
きみは脚でことばを話す
口でではなく。
木ということばが戻ってきたのも
最初に知ったのは脚だった
木ということばが戻ってくると
木を直視することができる。
木は歩いた
あの脚をもつブンゼン灯も歩行した
酸素に包まれて それらは歩行した
きみはファロスの塔をめざして歩く
この地では失われた塔をめざして
歩くよりない。
闇も光も自分でつくり出すしかない。
海はいたるところにあった
夕暮れきみは一都市のすべて
を見ようとして
公園の木々のあいだに行列する
巣箱を見る。
と 巣箱も きみの内部も
すでに海である。
ファロスの塔にも
光はなく
ただことばのうちに光源を探す。
きみはそのようなフィヨルドに棲む。
無数の日と夜をかけて
きみが知ったのは
そのことだった。
きみは海図のみをもち
コンパスを所有しなかった。
もはや恐怖はない
きみは歩行者に相似した形をもつ
コンパスを所有した。
無数の日と夜を占めた
幻想は去った。
きみはことばによって歩く
ことばは少数でよい
きみが一行のことばとなって歩行する
きみは霧をまとった船となって
歩行する
きみの気管のマストは
火の色をしている
きみも そのとき
一個のファロスの塔だった。

『ゴヤのファースト・ネームは』(青土社、1974年)所収。
『現代の詩人10 飯島耕一』(中央公論社、1983年)に拠った。

*ブンゼン灯…石炭ガスなどを燃やして高熱を放つ装置。ガスバーナー
*ファロスの塔…アレクサンドリアのファロス島にあったという大灯台。
紀元前3世紀ころに作られ14世紀初めの大地震で倒壊したという。

◆飯島自身が誌した年譜によれば、1971年から翌年にかけて抑鬱症を患い、通院が続いた。病後はじめて発表したのがこの「歩行の原理」であった。
「木ということばが戻ってきた」というのは再生のうれしさを端的にうたったものだろう。

◆「ことばで歩く」を通常の表現に戻せば「歩くこと」によって、「ことば」がよみがえってきた、という意味だろう。それを転倒させることで、病からの生還、失われたものが回復した歓びを実感をこめて表現した。

生きている手応えは、世界を照らし出し、我が目で視ることのうちにあり、それを可能にするものこそは言葉であったことを改めて知ったのである。

それゆえに、この詩は観照や瞑想からは最も遠く、歩行と呼吸の律動を伝えてくれる。
その意味で、ベートーヴェンの交響曲「田園」を聴くような感じがある。




飯島耕一「水の磁石は」[2022年01月25日(Tue)]


水の磁石は  飯島耕一


水の磁石は
何年も水を汲み上げた滑車のように死ぬ。
燐のようにきらりきらり光りながら、
まだ光のさしこまない
土の方へと進んで行く。

木の葉が死ぬときは
光のさしこまぬ土を飾るときだ。
そして ぼくはそのうえで
火をつくり
青空につつまれて焔になる。



『現代の詩人10 飯島耕一』(
中央公論社、1983年)より。
 
◆「水の磁石」がいかなるものか判然としないけれど、水が光の支えを得て命を育てる、その働きの指向性をイメージとして表現したものと解して置く。

◆育ての根源である元素の力は、育てた木の落葉とともに一旦死ぬ。
そうして、その「死」は、ぼくがそれを火の種とし、さらに「ぼく」自身が火焔となることによってあがなわれ、讃えられる。
死と蘇生と循環の諸相という宇宙のイメージ、あるいは流転の図。



飯島耕一「他人の空」+横井庄一さん[2022年01月24日(Mon)]

◆24日、神奈川県のコロナ新規感染者は5,276人。藤沢市だけでも137人に上った。
昨日の県内は3,794人だったから、わずか一日で1.4倍の増え方である(昨日の藤沢市は175人)。
病床も逼迫している。全国いたるところ同様の状況。
第5波以降の比較的鎮静化していたあいだに打つべき策があったはず、国力衰退期の世はこんなものかと、歯がみせずにいられない。

*******


他人の空   飯島耕一


鳥たちが帰って来た。
地の黒い割れ目をついばんだ。
見慣れない屋根の上を
上ったり下ったりした。
それは途方に暮れているように見えた。

空は石を食ったように頭をかかえている。
物思いにふけっている。
もう流れ出すこともなかったので、
血は空に
他人のようにめぐっている。


『現代の詩人10 飯島耕一』(中央公論社、1983年)より

◆戦争か大きな災厄によって廃墟と化した街。
空焼けの色が、疼痛を感じさせることはあるにしても、もう実際に血を流すことはない。
だが、空も街も人間たちもよそよそしい。
壊れてもとに戻らぬという事実は、大きな石のように呑み込めない。なのに、それをいつまでも味わい続けなければならぬこと、そうして、かつての自分は、もう存在しないことが判っている。

◆グアム島で横井庄一さんが「発見」されたのが50年前の今日、1月24日だという。
もうそんなに経つのか。
彼の「復員」を同世代の人々はどう眺めていたのだろう。先に帰ってきた自分たちにだんだん似てくると見ただろうか、それともむしろ自分たちとの違いが際立ってくるように見えたであろうか。


ヴィクトリア駅の鳩:須賀敦子「同情」[2022年01月23日(Sun)]


同情  須賀敦子


つめたい秋の朝の
ラッシュアワーの停車場前
がつがつとパン屑をついばみ
せはしげに まばたきして うずまく
青、灰、緑の
鳩の波に
ひとり 背に 首をうづめて
うごかぬ おまへ
セピア色の 鳩よ。

あゝ
わらっておくれ
うたっておくれ
せめて みなにまじって
わたしを安心させておくれ。

(いろがちがふからといって
なにもおそれずともよいのだ。)

主よ 一羽の鳩のために
人間 が くるしむのは
ばかげてゐるのでせうか。


        ヴィクトリア・ステーションにて
    
                 (1959/9/7)


 *須賀敦子詩集『主よ 一羽の鳩のために』(河出書房新社、2018年)より


◆須賀敦子はローマ留学中の1959年、夏から秋にかけてロンドンに遊学した。
上の詩はロンドンのヴィクトリア駅で見た鳩たちに寄せたもの。

中に一羽の鳩が目に留まった。
他の鳩と違ってパン屑に熱中するでもなく、羽の色も他と違う。
肌の色、瞳の色の違う人々の中にあって、わが身の孤独をその鳩に重ねてしまうのは自然なことだった。

◆その昔、紫式部は、中宮彰子に御子誕生で浮き立つ道長邸の華やぎをよそに、池に遊ぶ水鳥にわが身を重ねて次のように詠んだ。
1959年の秋を迎えたロンドン、須賀敦子の心境もこれに近いものがあったように思う。

水鳥を 水の上とや よそに見む
  われも浮きたる 世を過ぐしつつ

かれ(水鳥)もさこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど、身はいと苦しかんなりと、思ひよそへらる。

*「紫式部日記」寛弘五年(1008年)、秋から冬にかけての記事。






須賀敦子(もつことは)[2022年01月22日(Sat)]

須賀敦子詩集『主よ 一羽の鳩のために』から1959年6月25日の日付け、すなわち前回の「あゝ/とうとう」の2週間ほどのちに綴られた一篇――


(もつことは)   須賀敦子


もつことは
しばられることだと。

百千の網目をくぐりぬけ
やっと
ここまで
ひとりで あるいてきた私に。

もういちど
くりかへして
いひます。

あなたさへ
そばにゐて
くだされば。

もたぬことは
とびたつことだと。


       (1959/6/25)


◆自分の所有物や係累、世俗的な価値をまとったもろもろのものを離れて自由になる――
生まれた土地を離れ、異国に暮らすことを選んだ人が最も願うことだ。
順婦満帆に行かないことは百も承知で。

◆「あなた」は詩集の題にある「主」を指すのだろう。
信仰は、それを「持つ/持たない」という述語をセットに案じているあいだは、まだ「なま学生(がくしょう)」のような半端者だ。
意識する必要がなくなった、「主」に直接語りかけるの対話、それは返答を欲しない、一方から放つ呟きのようなものかも知れないが。

「もたぬことは/とびたつこと」と自分自身にもういちど「言う」こと。「自由」にしてくれるのものが「言葉」であるからこそ、「言う」のだ。
そう言えば、「始めに言葉ありき」と聖書にも記されていた。



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