• もっと見る
« 2021年10月 | Main | 2021年12月 »
<< 2021年11月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
ナ・テジュ「葉っぱになるために」[2021年11月30日(Tue)]

◆ナ・テジュの詩は、言葉遣いはあくまでシンプル、そうしてそこに澄んだ真実が宿る。



葉っぱになるために  ナ・テジュ
   
                   黒河星子・訳

草の葉の上に
ぼくの身をあずけてみた

ゆらり、
(たわ)んだ葉

草の葉の上に
ぼくのかなしみを乗っけてみる

ゆらり、
より深く撓んでいく葉

今日はぼくの体重より
かなしみのほうが 重いみたいだ



ナ・テジュ(黒河星子・訳)『花を見るように君を見る』(かんき出版、2020年)より


◆草の葉に乗っかった露のひとしずくほどに身を縮めてみる。
次いで、「かなしみ」をも、ひとしずくに凝集させて葉の上に乗せる。
そうしたら、僕の体重より「かなしみ」のほうが重いみたいだ、という。

それもそのはず。
この身は今現在、ここに在る限りの重さだが、「かなしみ」の方は幾十年の時の滴りとして在るからだ。





ナ・テジュ「祈り」[2021年11月29日(Mon)]


◆昨日と同じく『花を見るように君を見る』から――



祈り    ナ・テジュ
      
          黒河星子・訳

私がさみしいなら
私よりもっとさみしい人のことを
想ってあげられますように

私が寒いなら
私よりもっと寒い人のことを
想ってあげられますように

私が貧しいなら
私よりもっと貧しい人のことを
想ってあげられますように

ましてや私が卑しい身なら
私よりもっと卑しい人のことを
想ってあげられますように

そうして折に触れて
自ら問いかけ
自ら答えられますように


私はいま どこに来ているのか?
私はいま どこに向かっているのか?
私はいま 何を見ているのか?
私はいま 何を夢見ているのか?



ナ・テジュ(黒河星子・訳)『花を見るように君を見る』(かんき出版、2020年)より


◆凪いだ湖の波のようにゆっくりくり返され、足もとに寄せて来る言葉たち。

「祈り」は自らへの問いでもあり、それを促す力は、「信仰」というものから恵与されるのだろうけれど、それを持たない者にもひたひたと寄せて来る。

「祈り」という静かに沈思する姿でありながら、停滞や退行とは全く反対の、「見る」ことと「夢見ること」との二つどちらもゆるがせにしないよう、「眼」と「心」を働かせ続ける動的な生き方。


ナ・テジュ「ぼくが愛する季節」[2021年11月28日(Sun)]


ぼくが愛する季節   ナ・テジュ
      
          黒川星子・訳


ぼくが一番好きな月は
11月
もっと余裕をって選ぶなら
11月から12月中旬まで

落ち葉が散って、一本だけ立っている木
木々が踵を踏んばって立つ稜線(りょうせん)
その稜線を光が照らし あらわになった
黄土色した裸の土が
好きだ

黄土色の土の中には
時祭に出かけて
マッコリ二杯ほどで酔って
鼻歌まじりで帰ってくる
父の千鳥足が埋もれている

幼い兄弟たちと
石垣の角にもたれて立って
父が持ち帰るお土産の包(つつみ)を待っていた
夕暮れどきの腹ぺこの時間が
息づいている

黄土色の土の中には
ご飯代わりに母が
鉄釜で蒸すサツマイモの
香ばしい匂い ぼうっとした
陽炎(かげろう)が染み込んでいる

ぼくがいちばん好きな季節は
落葉が散った木の 根元まであらわになった
晩秋から初冬まで
その正直さと清潔さと謙虚さを
たまらなく愛する


  時祭:先祖をまつる儒教の祭祀


ナ・テジュ(黒河星子・訳)『花を見るように君を見る』(かんき出版、2020年)より

◆ナ・テジュ(나 태주、羅泰株)は1945年生まれの韓国の詩人。
上記詩集は、ネット掲載でブレイクした作品を収め「インターネット詩集」と銘打つ。
二人称で語りかける愛の詩が圧倒的に多い集中、異色の一篇と言えるかもしれないが、「その正直さと清潔さと謙虚さをたまらなく愛する」と心情を吐露して結ぶ言葉の運び方は、恋愛詩群と同じ骨法で、みずみずしく、若い世代の共感を呼んだことが納得できる。


関中子〈ここで〉[2021年11月27日(Sat)]

【再掲】


いよいよ明日、学習交流集会

「学校に思想良心の自由を実現する会」の学習会交流集会、明日になった。

コロナ禍をこえて、向かうべき課題に事欠かないことを好機と捉えて前へと一歩。

日曜の午後、汽笛、ハマ風を感じながら、市民運動の悩みも喜びも分かち合えればと願う。


***

実現する会平和の鳥.png

《2021年 教育の自由を求める学習交流集会》


   いま学校で憲法は・・・?

〜 子どもたちは民主社会の主人公ですか 〜


≪とき≫ 2021年11月28日(日)
    13:30〜16:00

≪ところ≫横浜市技能文化会館 802号室
    (JR根岸線・関内駅 南口下車徒歩5分)
             
                *(資料代300円)

◆◇◆◇◆◇◆◇


〈ここで〉  関中子


岩の窪みから
にじみ出る清水のかたわらに一つの井戸があり
ちょうどわたしの響きを見るところで
もう少しでつかめそうな懐かしいつるべのロープを
わたしは手から目をうつそうとしているのです
わたしにここを明らかにさせてください
つるべのない時代もあったのです
眼が駆け回る脳裏に
縄文ははるか
近くにいるのは
それはみんなわたしでわたしと語りあうだれかでもない
清水のまわりで
私は力仕事の少ない時代にいる
天秤棒もない 大きな桶もひしゃくも持たない
ごくあたりまえのようすでわたしに聞こえるように
水を汲む歌は過去のなりわいからわたしを
ふしぎに区切る気配でひろがる
イワタバコがひかりを返し
みんなが歌うがわたしを真似ない ことばをつくらない
みんなわたしとは違う方法でうるおい
ことばのない生い立ちを
今日まで



鈴木比佐雄ほか編『東北(みちのく)詩歌集』(コールサック社、2019年)より

◆横浜在住の詩人。
水を汲む必要のない時代は、その分を、過去と未来に思いを致す時を大事にすることが必要だ。

数十年といった手がかりのありそうな数世代の話でなく、眼を丁寧に働かせながら、手の仕事をへの想像力、余りに違うことに素直に驚くこころを失わなければ、千年・万年の昔と未来の人々が目の前にいることに気づくだろう。







勝嶋啓太「半魚人」[2021年11月26日(Fri)]


半魚人   勝嶋啓太


三丁目の来々軒でラーメンを食べた帰り
ぶらぶらと散歩していると 男の人に
海に行くにはどう行ったらいいですか?
と声をかけられた
目と目がすごく離れてて すごい受け口だったので
なんか魚っぽい顔をしているなあ と思ったら
半魚人です とのことで 納得
休暇を利用して 地上見物に来たのだが
道に迷ってしまった ということらしい
ヒマだったので 案内かたがた
ぼくも 海に行くことにする
電車とバスを乗り継いで 海に向かう
半魚さんは やっぱり漁師か何かなんですか?
いえ 自分はサラリーマンです。
最近は 温暖化のせいで 海も不景気でしてね
それ 結構 地上人のせいですよね スミマセン
半魚さんは どこにお住まいなんですか?
フクシマ県沖です
じゃあ 地震と津波で大変だったでしょう?
実は そうでもなかったんですよ
わたし わりと深海に住んでるもんで
ただね 実は その後の 汚染がひどくてね
今も 出勤の時は 防毒マスク着けているんですよ
ああ ゲンパツから漏れたの 垂れ流してますからね
重ね重ね スミマセン と
一応 地上人を代表して謝ったりしている内に
海に着く
冬の海水浴場には さすがに誰もいなかった
どうもありがとうございました と半魚さんは言って
すごい綺麗なフォームで 海に飛びこみ
スイスイスイ〜 と泳ぎ去っていった
……やっぱり 半魚人だから、泳ぎが上手いな


鈴木比左雄・鈴木光影・座馬寛彦・佐相憲一
『東北(みちのく)詩歌集』(コールサック社、2019年)より


◆いちどしっかり脱力した方が、難儀に再び向かう元気を回復してくれることがある。
深刻な体験に遭遇して笑いを自らに許さないより、口角を持ち上げ、一息吐き出してみるだけで何か変わるかも知れない。

さて、「半魚人」がいる以上、「半人魚」も存在すると思うのだが……。





谷敬「声」[2021年11月25日(Thu)]


声  谷敬


ひとが声をあげたのは
痛さからだったのか
まぶしさからか 青くながれるひもじさからか
夜になるとうるおってくる
小さな凹みに錘をたらして
逆円錐の対話にしずむ ものうさからか
それは痛い まぶしい風のように
水のように神に似ていて ひとびとは脚をひたした
声はひとことでよかった 合図だったから
空を指さす直立した風の言葉


『光、そして崖』(津軽書房、2000年)より

◆昨日の「噴火ののちに」と同じく、小詩集『ムサシノ』と題する連作詩篇の一つ。
この世界の濫觴から人の営みの歴史を全身で追う。
肉体を使いこなし、道具を手にし、狩り、育て、飢え、酔い、いさかいをし、それら起きたこと・思ったことどもを洞穴の壁に描き、文字を持つ人間。

文明が行き詰まりを迎えたり、退行したりしても、太初からやり直す根気とそれを支える記憶、そうしてともに再び立ち上がり叡智が我々には埋め込まれている、と詩人は確信しているみたいだ。




谷敬「噴火ののちに」[2021年11月24日(Wed)]

◆けさ愛知県の中学校で起きた事件、事情は未だほとんど分かっていないが、何かこの社会の地表から底知れぬものがマグマのように噴出しているように思える。

電車で居合わせた不特定多数に刃物をふるう老若、身内に対して凶行に及んだケース……かくも立て続けに起こる事件に通底するものに対し、想像力を届かせ得るか、試されている時代としか思えない。


*******


噴火ののちに  谷敬


空はどこまでも吹かれていた
赤い砂をいちめんに捲きあげて
地球はひたむきに
円形であることを確かめようとしている

短い赤さが噛み合っていた
浮遊し 折りまげられ
おびただしく呼ばれて降りてきた
つもり始めた
それを空気のように土と混ぜ合い
しずかに置いた

ぬかずくように 朝がきた
つもった形の土を
ひとびとは鐘と呼んだ
あけぼの色にこたえるために
手にとって 鳴らした



谷敬・詩とエッセイ『光、そして崖』(津軽書房、2000年)より

◆滾り、爆発し、あまねく焼尽せしめたのちに、しずもり、沈降して成った土の鐘……
それらをすべて見届け、再び迎えた暁の光に祈るひとびと……
何万年もの天地創造を、わずか一日のできごとのように描いた詩。





いま学校で憲法は…?〈学習交流会のお知らせ〉[2021年11月23日(Tue)]


2年ぶりに学習交流集会

「学校に思想良心の自由を実現する会」の学習会交流集会が近づいてきた。
実に2年ぶりの主催集会である。

会場も大きめのところを確保できた。休日の午後、横浜・関内周辺のイチョウの黄葉など賞美がてらお寄り下さいますよう。


***

実現する会平和の鳥.png

《2021年 教育の自由を求める学習交流集会》


   いま学校で憲法は・・・?

〜 子どもたちは民主社会の主人公ですか 〜


≪とき≫ 2021年11月28日(日)
    13:30〜16:00

≪ところ≫横浜市技能文化会館 802号室
    (JR根岸線・関内駅 南口下車徒歩5分)
             
                *(資料代300円)


◆学校教育において、主権者教育、教科書、教育と憲法、人権、GIGAスクール、ICT教育、教職員の多忙化などの現状はどうなっているでしょうか。                  

◆日本国憲法公布75年の今年11月3日、国会正門前で「平和といのちと人権を!」などを掲げて憲法大行動が取り組まれました。2000人の参加・視聴者ともに、立憲民主党、日本共産党、社民党の代表が訴えました。
総選挙の結果を受けて「改憲を許さないためにも、さらに大きな市民と野党の共闘を」とアピールしました。

◆今回の学習交流集会では、憲法の平和主義・立憲主義・民主主義に基づき、国際人権規約を踏まえた展望など、日本の学校教育の現状と課題について考えます。

学校現場からの報告を交え、教育の様々な状況を情報交換し、これからのとりくみを一緒に考えていきましょう。


横浜市技能文化会館
横浜市中区万代町2丁目4−7
    電話1(プッシュホン)045-681-6551
横浜市技能文化会館地図.png


*****

会のこれまでの取り組みは下記ホームページをご覧下さい

【「日の丸・君が代」の強制に反対し、学校に「思想・良心の自由」を実現する会】公式サイト
http://kokorofree.html.xdomain.jp/index.html



大谷翔平選手の国民栄誉賞辞退[2021年11月22日(Mon)]

◆いろいろ気鬱なことの多い今年、さわやかなニュースはいつも大谷翔平選手から届けられる。
日本政府から国民栄誉賞の打診があったが、大谷選手は辞退したい意向を伝えたという件である。

イチロー選手が再三辞退して来たことも大谷選手の念頭にあったとは思うけれど、国民栄誉賞そのものが政権の人気浮揚策として利用されてきたことを思えば、賢明な判断と思う。
これまでの彼の生き方や沈着なコメントから予測された結論ではある。

◆21日のTBS「サンデーモーニング」で田中秀征氏が「この段階で国民栄誉賞なんていう荷物を背負わせないでもらいたい/もうちょっと自由にしといてもらいたいと思う」とコメントしたのも、ポイントを衝いていた。

底意見え見えの褒賞で人間を縛り付けてはいけない。真心の籠もったお祝いのことばを伝えれば十分ではないか。

◆22日の会見で松野博一官房長官は、授賞打診の経緯説明を回避し、「国民栄誉賞」にまつわるモヤモヤをかえって増大させた。もう廃止したらどうか。




相棒、長寿犬として表彰[2021年11月21日(Sun)]

◆15歳と8ヶ月になる相棒が、長寿犬ということで市の獣医師会から表彰状をいただいた。
通例であれば獣医師会主催の「藤沢市動物愛護のつどい」が市民会館で開かれ、スライドで紹介されるのだそうだが、去年から賞状と写真のHP掲載のみとなった由。

◆表彰の案内をいただいた時に、人口44万・世帯数20万弱の藤沢市全体でどのくらい同年配のワンちゃんがいるのか、推計してみた。
世帯数の1/20〜1/30くらいと想定すると、7千〜1万頭となる。皆が皆15歳を迎えられるとは限らないが、単純に15で割ってみると467〜667という数字になった。
当てずっぽうの数字ではあるが、それだけの同い歳ワンちゃんが市内にいる計算になる。

◆市のサイトを実際に開いて見たら、15歳の長寿犬は561頭と書いてあった。
結構いい線をはじき出していたことになる。

◆我が相棒の写真は、ありがたいことに第1ページに載っていた。
いつもカットしてもらうお店で撮ってもらった相棒Poe(ポー)のすまし顔、下記ページで御覧頂ければ幸いです。

【 市のサイト:「第48回藤沢市動物愛護のつどい」15歳長寿犬写真紹介】
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/seiei/kurashi/dobutsu/15yearsdog_photo.html


| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml