◆
新川和江に、万物の根源〈土・火・水〉に寄せたオード三部作がある。
Odeすなわち頌歌として、〈土へのオード13〉〈火へのオード18〉〈水へのオード16〉が連作された。それぞれを讃えた詩群だ。
(数字はそれぞれに含まれる詩篇の数。ただし、〈土へのオード13〉は、実際にはT・Uの2部から成り、Tには番号を付さない8篇。これに番号を付したUの13篇の計21篇を数える。)
そのうち
「火へのオード18」から一篇――
〈火へのオード18〉より
6 新川和江
ひれふるふれひ
むらさきののに
ふれふれふれひ
のもりがはなつ
きよめののびを
きみふるひれと
みまがひしひと
やかれてはつる
ふれふれふれひ
めしひしこひに
ひれふるふれひ
ひいろのひれに
*この章のみ旧仮名使用 ほるぷ〈日本の詩〉『新川和江』(ほるぷ出版、1985年)より
◆「火」への讃歌にふさわしく「ひ」音および同じハ行の音が次々と爆ぜて火の粉が上がり、炎が噴きあがるような詩だ。
◆「ひれ」は万葉歌に出てくる「領布(ひれ)=比礼」のことだろう。女性が肩にかけて用いた帯状の裂(きれ)である。
万葉集の巻五に
松浦佐用比売(まつらさよひめ)の悲恋物語を歌った歌群の中に、山上憶良の歌として、例えば次の歌がある。
海原のおき行く船を帰れとか
領布振らしけむ 松浦佐用比売佐用比売=佐用姫が朝鮮に向かう大伴狭手彦
(おおとものさてひこ )を行かせまいと、山の上から「ひれ」(領布)を振ったという物語である。
こらえきれない思いを届かせ、かつ「ひれ」振ることで願いが叶うことを祈るのである。
◆続く「むらさきのの(紫の野)」は、良く知られた額田王の歌をふまえている。
あかねさす紫野ゆき標野(しめの)ゆき
野守は見ずや君が袖振る
ここでも「袖振る」ことで恋心を伝えるだけでなく、「ひれ振る」と同じく相手の魂を招こうとしているのだろう。
◆この詩が汲み上げている源泉は和歌だけではない。
最終行にはホーソンの小説『緋文字』もふまえられている。
ヒロインの胸に縫い付けられた「ひいろ(緋色)」の「
A」の文字――
――秘しても現れるほかない、あかあかと燃えさかる恋の炎(ほむら)だ。