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五輪は中止、首相は退陣!![2021年07月31日(Sat)]

◆神奈川の新型コロナ感染者、1,580名で連日の記録更新。藤沢市は60人だった(居住地別。藤沢市保健所発表の数字は57人)。
東京はあっさり4千人台に突き進んで4,058人。前の週と7日間平均を比べると何と217%の増加となった。
埼玉1,036人、千葉792人も足並みを揃えて記録更新。北関東の栃木170人、ひところ1桁台を維持していて対策がうまく行っているのかと思えた群馬も136人で、これまでの最多を記録した。

◆オリンピックが助長しているのは確かだろう。
メダルラッシュとメディアが報じるたびにウソ寒い感じがほっぺたをなでる。
達成を祝福されない選手たちという、全く予期しない事態が進行中というわけだから。

開幕前にオリンピックを実施した場合と中止した場を想定したグラフに、実際フタを開けてからの感染者数を重ねたグラフがネット上にあった。想像をはるかに超えた感染爆発が進行中であることが実感される。

◆海外ニュースとして何度か流れた、酸素ボンベを求めて必死の表情の人々の姿が頭をよぎった。
まさか、と思った事態が次々と現実となる。
入院できずに自宅療養(という名の放置)に耐えている人たちはどのくらいいるのだろうか。
どこへ行ったらボンベが手に入るか、調べて置いた方が良いのか?(まさか!?)

◆「もう打つ手がない」と担当者の悲鳴も洩れ聞こえるが、嘆くよりまず、「できることはすべてやる」と言い切って見せたスカ首相に、二つの要請をすべきだ。
(1)五輪は即中止。
(2)首相は即退陣。



益川敏英さん逝く[2021年07月30日(Fri)]


益川敏英さん逝く

◆物理学者の益川敏英さんが7月23日に亡くなった。享年81。

◆「九条科学者の会」や「安全保障関連法に反対する学者の会」の呼びかけ人・発起人として平和を守るメッセージを発信し続けて来た。
とりわけ軍・産・学共同で科学者が再び軍事研究に巻き込まれて行くことにNO!を突きつけ、学者・市民に倦むことなく訴え続けた。

日比谷公会堂での憲法集会であったか、手品まがいのエセ科学や詭弁に惑わされず、合理的・科学的に考える態度の大切さをユーモアまじえて語っていたのが忘れ難い。

警世の書『科学者は戦争で何をしたか』のことばをかみしめて、謹んでご冥福を祈ります。


ぼけっとしてたら子どもが戦地に連れていかれるぞ

(……)研究室に閉じこもっている研究者を、私はデモや集会に誘います。そうでもしなければ彼らは決して自分から動こうとしない。自分から社会の現実を知ろうとしないのです。彼らには科学技術の軍事利用に対する警戒心がないのでしょう。なければ、本人の目を覚まさせて、現実を見るように促します。

声をかけて面倒くさそうな顔をするやつには、「ぼけっとしてたら、お前の子どもが戦地に連れていかれるんだぞ」」と檄(げき)をとばすと、ちょっと目が覚める。「科学の平和利用を」と大上段に言うより、自分の子どもはどうなる、孫の生活はどうなる、徴兵制ができてもいいのかと、科学者が自分の問題として、生活者の目線で考えることが必要なのです。

「科学者には現象の背後に潜む本質を見抜く英知がなければならない」

これは坂田先生の言葉です。
私も同感ですし、今こそ科学者に本質を見抜く英知が求められているのだと思います。そして、その英知とは、自分の子どもや孫が将来どんな世界に住むことになるのか、責任をもって考えることから始まるのではないでしょうか。


坂田先生…名古屋大学で益川氏が師事した物理学者の坂田昌一氏(1911-1970)。

益川博英『科学者は戦争で何をしたか』p.114-115[第四章 軍事研究の現在] (集英社新書、2015年)より。
一部、漢字をひらがなに改めたほか、改行を施した。



自衛隊は政治権力の道具ではない[2021年07月29日(Thu)]

◆五輪、柔道の表彰式だったか、旗の掲揚を自衛隊員が行っている姿が映って、オヤ、ここにも……と思った。

◆先日の五輪開会式でも、運ばれてきた日の丸や五輪旗を掲揚したのは自衛隊の人たちであったようだ。

ある種の違和感を覚えた。
旗の持ち方、足の運び、ポール翻るのを見上げる姿に至るまで、旗を「捧持する」意識が強く感じられたのである。

彼らが捧げ持っているのは「国家」の象徴であるから、そこに国民は総体として含まれてはいるにしても、任務として旗の掲揚を行う以上、任命した上官や防衛大臣、ひいては最高指揮官である首相の命令によるものとなる。
そのために、彼らの日の丸掲揚は、国民を統治している機構とそれを差配する権能を持つ者を捧持する形になる。

掲揚台まで日の丸を運んだ人たちはかつてのメダリストたちや救急隊員。国民の代表として、ということになるだろう。
年齢も体格も歩幅も異なる彼らから日の丸を受け取った自衛隊の人たちは、一転して統一された足の運び、姿勢を維持しながら掲揚台に昇った。
引き継いだものは、みんなで運んだ団結の旗印なのだが、手渡した段階で恭しく「捧持」されるものに一変した、という印象を覚えたのである。

◆もうひとつ、五輪旗の掲揚を振り返っておく。
こちらは開会式の後半、五大陸や難民選手団を代表する選手たちによって運ばれ、選手宣誓に用いられた後、ポールに掲揚したのは同じく自衛隊の人たち。ここでも木に竹を接ぐような違和感を覚えた。

五輪旗掲揚では、何かを「捧持」するという意味合いは薄れ、旗の掲揚を整然と遂行する役割だけが要請されているように見える。だが、それを自衛隊が担う必然性が果たしてあるのか、と考えると、それは疑問だ。選手代表がそのまま掲揚まで執り行って構わないように思える。
不慣れからくるモタモタが多少あっても、IOC会長の冗長な挨拶よりは式典を和ませ、数段ふさわしいものになっただろう。

◆五輪はあくまでも平和を前提としたイベントであるところ、「実力組織」というソフトな装いを脱ぎ捨て、戦争のできる軍組織に変貌しつつある自衛隊が平和の祭典の各所に登場する形になっている。それが一番大きな違和感だったのではないか。

そう見てくると五輪に乗じた政権の意図が見えてくる。

◆自衛隊がスポーツイベントに関与する法的根拠は「自衛隊法」にあるという。
その条文は次のようになっている。

(運動競技会に対する協力)
第百条の三 防衛大臣は、関係機関から依頼があつた場合には、自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、国際的若しくは全国的規模又はこれらに準ずる規模で開催される政令で定める運動競技会の運営につき、政令で定めるところにより、役務の提供その他必要な協力を行なうことができる。


より具体的には自衛隊法施行令に以下の定めがある。

(運動競技会の範囲)
第百二十六条の十二 法第百条の三に規定する政令で定める運動競技会は、次の各号に掲げるものとする。
一 オリンピック競技大会
二 パラリンピック競技大会
三 アジア競技大会
四 国民体育大会
五 ワールドカップサッカー大会
六 ラグビーワールドカップ大会
(運動競技会の運営についての協力の範囲)
第百二十六条の十三 法第百条の三の規定により運動競技会の運営について協力を行なうことができる範囲は、次の各号に掲げるとおりとする。
一 式典に関すること。
二 通信に関すること。
三 輸送に関すること。
四 奏楽に関すること。
五 医療及び救急に関すること。
六 会場内外の整理に関すること。
七 前各号に掲げるもののほか、運動競技会の運営の事務に関すること。


現行の条文はワールドカップなどがあるたびに活動範囲を広げるために改正が施されて来たもののようだ。
注意すべきは「関係機関から依頼があつた場合には……役務の提供その他必要な協力を行なうことができる。」とあることで、競技会主催者からの依頼と防衛大臣の応諾なくして実施はありえないことだ。本来的任務とは言えないものを、恒例のもののように扱うことはしない方が良い。

法律の素人として一点気がかりなのは、日本の法令である以上、競技会は日本国内で行われる競技会に限定しての定めだろうと思うのだが、そのことを明示した条文が見あたらないことだ。

サッカーWCについては日韓共同開催となったし、今回の五輪だって、フランス側から共同開催はどうか打診があったと聞く。五輪単独開催が困難になっている時代に、複数の国・地域で大会が行われる可能性はあるわけだ。
そうした場合に、あれこれ名目を付けて自衛隊を海外に派遣し武張ることはないか。
まさか武器携行はあり得ないと思うが、1972年のミュンヘン大会のような事件が勃発することはあった。(我が国と密接な関係にある国においてもしや何ごとか出来した日には?……)


◆自衛隊のツイートによれば、今大会における国旗等掲揚への協力は、全国から集結した陸海空自衛官約370名で構成されているという。

コロナ禍の人流削減に逆行するだけでなく、五輪の機会を利用して諸外国、国内双方に向けた顔見世を狙う、現政権の下心が見えるようで釈然としない。


前に書いたように、五輪憲章は「国旗」ではなく競技に参加するチームの旗と定義している。




眼前の感染爆発[2021年07月29日(Thu)]


医療の危機を見よ
五輪は中止
無能な首相は退陣を



◆新型コロナ感染者数、全国で9,576人と過去最多となった。
首都圏も軒並み最多を更新し、東京3,177(死亡6名)、埼玉870、千葉577。神奈川もついに1,051人を数えた(本県のこれまでの最多は1月9日の995人)。

◆当然医療現場は危機的な状況だ。
コロナ患者を受け容れているさる病院で乳児の感染者6名が入院しているとの記事には胸が詰まった。哺乳ひとつとっても、どれだけの人手を必要とすることか。
東京都で言えば中等症病院はすでに収容能力を超えるに至り、通常医療の制限を健闘するよう、都は各病院に要請したという。

◆今日の厚労省のコロナ専門家会議で「危機感が市民全体で共有されていないことが一番の問題」との認識が述べられた。
だが、危機感を持っていないのは政府、東京都や五輪組織委のトップではないのか。

◆五輪テニスのメドベージェフ選手は猛暑下の競技に「試合は終えられるが死ぬかもしれない。死んだら責任を取れるのか」と審判に詰め寄ったという。女子シングルスでは試合途中で熱中症のために棄権を余儀なくされた選手まで出て、ようやく試合時間を遅くすることとなった。
メドベージェフ選手とジョコビッチ選手が24日に訴えていたことだ。

★【7月28日東京新聞Web】
「死んだら責任取れるのか」メドベージェフが酷暑対策を訴え
https://www.tokyo-np.co.jp/article/120073

◆こうした事態はすでに予測されたことだのに、選手達が命の危険に瀕しても中止の判断を下さない五輪が、泥沼の戦争から撤退できなかった日本と重ねてとらえられるのは当然の話だ。

なのに首相はコメントひとつ公にする気がない。
(金メダル選手への祝福電話一本かけるのにすら原稿を必要とする人だものなア。)

【7月28日東京新聞Web】
菅首相、東京で最多更新の3000人感染にも「お答えする内容がない」と取材拒否
https://www.tokyo-np.co.jp/article/120085

命を鴻毛より軽んじて扱ったカミカゼ日本が、今ふたたびよみがえり、多くの無辜(むこ)を道連れにするとは。

〈五輪中止〉を宣言すれば危機感は一気に津々浦々に行き渡るはずだ。



オーバーシュート、なのか[2021年07月27日(Tue)]

◆新型コロナ感染者、神奈川県内は758人。藤沢市も居住地別集計では57名を数えた。
東京2,848人、埼玉593人、沖縄354人はこれまでの最多。感染爆発(オーバーシュート)だと指摘する専門家のツイートがあった。

東京都の重症者は82人で重症者用病床の占有率は20.9%、病床全体の占有率は48%というが、中等症用の病床はほぼ満杯とのこと。

ニュースでは「都の基準による重症者」という言い方が常にされる。これについて、国の基準では実際の「重症者」はその10倍と見なすべきという指摘がある。
そのカラクリを書いた次のような記事があった(7月25日の東京都の感染者1763人という数字をふまえて書かれたもの)。

【7/26日刊ゲンダイDIGITAL】
東京都コロナ重症者数“横ばい”発表はミスリード 病床使用率56%と逼迫、隠れ重症者も急増

7月以降、都の感染者数は右肩上がりが続いているが、重症者数は50〜70人の範囲で一進一退。過去最多だった160人(1月20日)の半分にも満たない状況だ。しかし、これは、人工呼吸器やECMOでの管理が必要な患者に限定した東京都の独自の基準によるもの。集中治療室(ICU)や高度治療室(HCU)の患者も含めた国の基準では678人(24日時点)に上り、過去最多の567人(1月27日)をはるかに上回っている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e94cc4a256ed286ab899ec4dfdab9b58c0677c88

*上の記事では「ネーザルハイフロー」という、これまで人工呼吸器を使っていた患者への治療法について言及している。患者や医療スタッフの負担軽減にもなる有効な治療法ではあるのだが、症例区分の上では「中等症」扱いに含まれるので実態の正確な把握や従来との比較が出来なくなる懸念があることに注意を促している。

◆明日にも東京は3,000人を超えるのではと危ぶまれている。近県も大同小異だ。

医療崩壊に突き進みつつある中、コロナ禍を助長する要因でしかない五輪はただちに中止すべきだ。
「それ(中止)はない」とスカ首相は今日のぶら下がり会見でのたもうた。
もはや言い古された感があっても再度言って置きたい。正気の沙汰ではない、と。

◆TVのニュースは五輪中継ばかりの番組表の隙間に埋もれている。生死に関わる情報を自分で掬い上げないと自分の命さえ救えない。
五輪強行による感染爆発は明々白々の「人災」だ。




やまゆり園事件から五年[2021年07月26日(Mon)]

◆メダルラッシュに沸く世情とは全く別の世界のことのように、津久井やまゆり園事件の日はやって来た。

新しい施設が完成し、入所者45名で再スタートを切る。だが、新生という言葉を使うことは出来ない。裁判は肝心のところに肉迫しないまま終結。障がい者抹殺を是とする優生思想は依然克服されておらず、県が掲げる「ともに生きる」という理念も、その中味はスカスカのままであるからだ。


*******


雲   石原吉郎
一九四九年 バム


ここに来てわれさびし
われまたさびし
われもまたさびし
風よ脊柱(せきちゅう)をめぐれ
雲よ頭蓋にとどまれ
ここに来てわれさびし
さびしともさびし
われ生くるゆえに



*バム…シベリアにある鉄道路線。「バイカル・アムール鉄道」の略。
バム鉄道建設には敗戦後シベリア抑留となった日本人も多く動員され、多くの犠牲者を出した。

現代詩文庫『続・石原吉郎詩集』(思潮社、1994年)より。




ようやくコロナワクチン一回目接種[2021年07月25日(Sun)]

◆やっと新型コロナのワクチン接種1回目を受けて来た。
場所は市内に特設された集団接種会場である。2回目も同じ場所で受けることになる。

いろいろあったが、電話でようやく集団接種の予約が取れたため、8月下旬に入れてあったかかりつけ医での接種はキャンセルした上で今日の接種に臨んだ。

◆パソコンによる予約申込は結局最後の最後まで果たせず、操作不慣れというより、使い勝手が全く悪く、アクセスが集中すると動かない代物であった。

*(希望日が×表示のままで予約に至らず、当初よりは丁寧な画面に改良されていたものの、本人確認をした先が動かない。何度か入力し直してカレンダーを確認したら25日は「×」の表示が記されてあり、「×」の印が付いていない他の日を選ぼうとしても動かない。一時間近くトライしたが予約システムは結局動かなかった。電話もつながらないので諦めて、翌日電話してみたら、25日は大丈夫ですよ、と答えが返ってきたので拍子抜けした。予約システム上は「×」と書いてあったはずなのに。)

予約システムは恐らく国が導入し各市町村に使用を推奨したシステムであろうと思っていたら、TVのドキュメンタリー(6月下旬放映されたもの)の再放送で埼玉県のワクチン接種取り組みに密着した番組の中に全く同じ画面が出てきた(下に予約システム入力画面の一部を掲げる)。

予約システム画面.png

入力画面の最下段に「Copyright コピーライトマーク MRSO Inc. ALL RIGHTS RESERVED.」のクレジットがあり、〈 MRSO〉社なる企業のサイトへのリンクが張ってあったのでアクセスしてみたら、「マーソ」と読み、人間ドックなど医療検査のWeb予約を業としている会社のようであった。会社設立は2015年という。
5月に大規模接種予約システムの欠陥が話題になったが、あれもこの会社が作ったシステムではなかったか。

社長以下、役員の名前が連ねてある中に、一人だけ見覚えのある名前があった。
竹中平蔵氏である。肩書きは「経営顧問」とのこと。氏は人材派遣会社パソナの取締役会長で知られるが、同社はコロナ対策や五輪関連でもしばしば名前が登場している。
この御仁、あちこちで"濡れ手にバブル"なのだろうか。

◆接種を担う各自治体は、国の朝令暮改にさんざん振り回され、現在もそのただ中にあるわけだが、マーソ社システムの不具合についても事例をしっかり記録して政府の説明をしっかり求めるべきではないか。同社には血税が支払われたはずであり、業者選定の経緯も含めて不明朗な点があれば、責任の所在も明らかにすべきである。

◆接種会場に行ってみて驚いたのは、市の広報(7/10付け)では7/31まで数回設定した接種日は「高齢者集団接種」であり、「一般の方(64歳以下)の予約はお控えください」とあったのに、会場には30~50代と思われる若い人がずいぶん多かったことだ(中には20代では?と思われる人も)。
すでに高齢者への接種は一段落して、次の世代が始まったということか。
ちっとも知らなかった。山あり谷ありでようやく今日を迎えた自分は何だったんだろう。
カフカの「掟の門」で足踏みしていただけだったのか、と暗然とした気分。

帰りのエレベーターで一緒になった同年配らしき人に声をかけてみたら、その人も若い人が多かったことに驚いていた。ある若者は「自分たちが受けても良かったのかしら」と恐縮しているようすだったとか。

*帰宅後2、3日前に配られた「広報ふじさわ」(7月25日付)を確認したら、7月16日までに16歳以上へのクーポン券送付を完了した由。ただし、7月中は65歳以上の高齢者が優先で、それ以下の人は8月中旬以降から予約を開始する、と書いてある。だが、接種会場を見た限り、実際にはもっと前倒しして進んでいるようなのだ。
ようやく加速しつつあるのならケチをつける筋合いではないが、しかし、かかりつけ医との約束を反古にしては申し訳ない、と思ってガマンを続けている律義な高齢者はまだまだいるのではないか?
(当方が電話で集団接種の予約を取ったのは、先週の7月18日。その後かかりつけ医にキャンセルを伝えたらアッサリ解除の手続きをしてくれた。当初「予約したらキャンセルはできませんよ」とクギを差されていたので、これも拍子抜けしたのであったが。)

いずれにせよ、自治会に入っていないなどで広報紙が手もとに届くわけではない情報弱者がいることを行政は忘れてほしくない。猫の目のように変わる情勢を正確に伝え、しかも混乱を生じさせないように事を進めるのは至難のわざかも知れないが、受け手の身になってみれば最適のやり方はそのつど見つかる。細やかな目配り・気配りを絶やさぬことが基本だと思う。



東海大相模の無念[2021年07月24日(Sat)]

高校野球神奈川大会、準々決勝に勝ち上がっていた東海大相模がコロナで辞退となった。

22日に部員1名の感染が確認されたために翌23日に関係者45名を検査したところ、ベンチ入りメンバー16名を含む部員およびコーチ合わせて21名の感染が判明したのだという(TVKニュースによる)。
計22名のクラスター発生ということになる。
甲子園春夏の連覇を目指していた部員たちを見舞った突然の幕切れだ。

感染対策を講じていなかったはずはないが、寮生活の部員も多かっただろうと想像され、集団で行う活動に常にリスクがつきまとうことを思い知った。

同校には、感染が拡大した経緯、講じた対策と今後への課題を公にしてくれることを期待する。
検証を通して問題点と採るべき対応をまとめておくことは同校のみならず他校にとっても有益だろうし、検証のプロセスを生徒たちと共有すれば彼らの将来において生きる経験となるはずだからである。

◆一斉に始まった五輪各競技の方も案じられる。
選手村ではPCR検査キットが不足するという、またまたずさんな感染対策が判明した。
五輪関係者の感染者数は今日も2ケタ。
日程途中での中止も現実味を帯びてきた。




ツギハギだらけの開会式[2021年07月23日(Fri)]

開会式中継を観てやっぱり今日も五輪中止を求める

◆五輪開会式。どこまでもナショナリズムに染めあげようとする権力者への慮りファーストの演出。最たるものはセレモニーの最初の方で掲揚された日の丸の扱いだったであろう。ポールに運ぶまで制服に身を包んだ人々が足並みをそろえ、捧持する姿勢を崩さなかった。
NHKの実況も「国旗」と呼んでいて、オリンピック憲章への理解の浅さを露呈した。

◆そもそもオリンピック憲章では,国旗・国歌を用いるのはオリンピックの理念に反するとして,「選手団の旗と歌(曲)を用いる」と定めている。ナショナリズムの激しい高揚が悲惨な戦争を招いたことの反省に立った記述である。
今回も参加を認められた難民選手団の存在を思えば、無造作に「国旗」「国歌」という用語を用いることは出来ない。

◆参加国・地域を表示するプラカードに「米領〇〇」といった文字が記されるのも違和感があった。
実況で参加国・地域のこれまで獲得したメダル数を繰り返しアナウンスするのもうんざりした。
こだわるところはそこなのか??? と思う。

◆カビのはえた国威発揚の意図を漫画・ゲームで賑やかしたツギハギだらけの仮設舞台。そこで踊って見せろとはあまりに選手たちが気の毒だ。

入場で流したゲーム音楽について言えば、作曲者S氏のLGBTに関する発言が物議を呼びそうな気配もある。

◆NHKによる実況のシャベリもひどかった。分離独立を果たしたさる国について、「一方的に独立を宣言し」などと紹介していた。外交問題に発展しなければ幸いだが。

これまで培った大人の文化はどこに消えてしまったのだろう。


× × ×
 × ×



星に添うとき  高橋憲三


少年は
新たな野辺にさしかかる
そして
青いときめきを
少しずつ
ひとつずつ
ポケットに押し込んでいく

哀しみに過不足なくひたる幸い
想いが生まれ
体中の巡(めぐ)りを使い切って
夢の質量を アインシュタインに尋ね、
楽曲の 音のない部分に意味をさがす

夏は暑かった
夏は短かった
ジリジリと

季節が傾く

豪雨と強風が幾度も通り抜け 変形した地勢
遍在する絶対者 信じ仰ぐ群 傾斜する排斥
暴徒化した力学電子科学反応式 夷狄の叛乱
マイクロプラスチック 命の腸(はら)に見えぬ充満

終わりまで生き通す少年は
落ち着けぬ気持ちを整理しようと
ひたすらうたい続けるだろう
同じ血の流れがひび割れぬよう
まるで
神のような心細さで


『詩集 星に祈りを(土曜美術社出版販売、2020年)より

高橋憲三「アスリートは」[2021年07月22日(Thu)]

◆五輪の賑やかしに関与した人の汚点がまたまた明るみに出た。
選手たちとは直接関係ないところとは言え、理念から限りなく遠い地点にある巨大イベントは解体的出直しをするほかないことを赫々と見える形で示したこと。それが招致以降、開幕前日までに日本が果たした最大の功績であったと言える。

◆コロナ感染が判明して出場できなくなった選手のことが次々と報じられている。有力選手であるかどうかは関係ない。この先も続くと考えるのが自然だ。
選手村がかのクルーズ船のようになることを恐れてホテル滞在に切り替えたチームも出てきた。選手や関係者に連日2ケタの新たな感染者が出ている以上、予想された事態である。自衛策を可能にする予算の有無が明暗を分けていくなら、この点でも公平な大会とはならないことになる。
よって今日現在でも即時中止を求める考えに変わりはない。

◆それと矛盾すると言われるだろうけれど、予選リーグとして行われたサッカー(男女)、ソフトボールなどいくつかの試合をテレビで観た。
今、この時間に汗を流している人たちの姿は、画面を通してであれ、さまざまなことをこちらに感じさせる。

◆異常事態の只中の放送ゆえか、準備不足や目配りの乏しさを感じた。
例えば、LIVE映像なのか録画なのか判別しにくい画面表示や画面転換のやり方。選手情報(プロフィール)や関連情報の不足(ソフトボールではピッチャーの球速表示が出なかったのもその一つ)。
デジタル放送時代のありがたさは、中継される映像以外のデータを参照できることにあるはずだが、ページを繰っても有用なコンテンツに出会わない。
NHKの特設頁に「獲得メダル数」の欄が設けてあったりするが、今大会、ここを埋める数字には何の意味もない。メダルというモノサシで競わせ選手にプレッシャ―をかけるのはある種のハラスメントではないか。国同士の代理戦争みたいなものだからそれで構わないという考え方は、克服されねばならない。

例えば滞在先から姿を消し、結局帰国したウガンダのウェイト・リフティングの選手について、彼の個人的な事情が報じられるまでに随分時間がかかった(伝えられた内容は限られており、彼について、あるいはウガンダの国情について何の判断ができるわけではないけれど)。だが、これを契機に一人の異国の青年について、ウガンダという国について関心を抱く人が増えてくれるよう、現地取材で補強した続報はあって欲しい。

◆直前まで試合が行われるかはっきりしなかった男子サッカーの南アフリカvs日本戦の中継も画面から得られる情報(例えば交代する選手名の表示が出たり出なかったり)にもどかしさを感じた。
また、無観客で行われるので、これまで以上に写し方に工夫が必要だろうと思われるのに、これまでワ−ルド・カップなどで観る者の目を驚かしてきたズームアップ映像はほとんど無い。
俯瞰的な画面が続いて躍動感は伝わって来ない。

◆ソフトボールでは試合後の選手・監督へのインタビューへの流れが滞っているように見えた。
コロナ対策で撮影や取材に制約があるのは想像される。
選手たちへの事前の取材も殆ど出来ていないのだろうと想像された。
対戦チームへのインタビューや接触まで一律禁止では工夫のしようも無い。
取材スタッフも機材も配置していないのか分からないけれど、試合後の画面も平板なまま。

相手チームの事前取材ができなければプロフィール紹介もやりようがない。
勝敗は別として、事後のコメントが取れなければ対戦相手の健闘をたたえる気持も生まれようがなく、次の試合への反省材料を得る機会も失うことになる。

メダル獲得数で視聴者の興味をつないでも意味がない以上、競技を通して人間の何を伝えたいのか考え抜いて、五輪というイベントだけでなく、スポーツ中継のやり方そのものが変容を遂げねばならない事態、ということなのだろう。


× × ×
 × ×


アスリートは  高橋憲三


はい上がって だから
今の生活を失いたくないと
守りを固める人

はい上がって だから
あの時よりひどい生活はありえないと
挑んで攻める人

あなたはどちら
と 天に尋ねたら
手にした威信を握りしめ
冬ざれた微笑で 横を向く

草木に尋ねたら
その日 その先に 添うだけ
ほかに 何も ありはしない


人は 何を手にしたいのだろうか
めぐるチャンスに
守りと挑みを賭けて あらゆる努力をし
ありもしないものまでも注ぐ
健康のための運動でもない
野山を狩りするゲームでもない
気晴らしであったスポーツでもない
競技というショーに花ひらき
栄光とか 転落とか
自分の影と競って 争う

駆りたてられ
舞跳する選手
結果ばかりを照覧する最高権力者
観る者もこころさわぎ 煽られ
空はジリジリと深い

 フィールドは
 人口のみどり
 こととう風に
 そよぎもしない

ひとりだけのアスリートよ
おまえだけは
走って
転げ回って
声をあげろ
少年のころ
遊びまくって満ちみちた
あの 初めての雄叫
それが すべて
それだけでいい


『詩集 星に祈りを(土曜美術社出版販売、2020年)より


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