
李陸史(イ・ユクサ)「青葡萄」[2021年06月30日(Wed)]
青葡萄 李陸史(イ・ユクサ)
金時鐘・訳
わが在所の七月は
青葡萄が熟れていく季節
この里の言い伝えがふさふさと実り
遠い空が夢みつ粒ごとに入(い)り込んで
大空のもと碧(あお)い海はいっぱい胸をひろげ
白い帆船がしずかに上げ潮(しお)に押されてくれば
待ち遠しいお方はやつれた体で青袍(あおごろも)*をまとい
必ず訪ねてくると言われているのだから
そのお方を迎え青葡萄を共に摘んで味わえるのなら
わたしの両手はびっしょり濡れてでもよいものを
あこよ、わが食卓には銀の盆に
まっ白い苧麻(モシ)**の手拭きを用意しておいておくれ。
【注】
*青袍=略式の礼服も兼ねる、外套のような外出着。原音では「チョンポ」という。もともとは道士(道教の布教者)が着る「道服」に由来するが、朝鮮朝時代をとおして道義人倫を説く人の装いとなった。青染めの道服「青袍」は、官職に就かない在野人士の象徴。因みに「道服」は日本の羽織の原形。
**苧麻=苧(からむし)で織った絽(ろ。薄い絹織物)。
金時鐘・訳『再訳 朝鮮詩集』(岩波書店、2007年)より。
語注および下記の略伝は同書によった。
◆李陸史(1904-44)は独立運動団体「義烈団」に兄・弟とともに参加し日本や中国を行き来した。27年に帰国するが銀行爆破事件に連座して三兄弟ともに三年間の獄中生活を送る。
その時の囚人番号六四(ユク/サ)から号を陸史にしたというから豪胆不屈の気象の持ち主と想像するが、この詩に描かれる青葡萄は、みずみずしく柔らかな色合いと触感をたたえて官能的ですらある。
実りをもたらす生まれ故郷の空気、和やかな人々の暮らし。
待ち人は、旅に出てようやく還って来た人か、しばし休らえば再びいずこへか去る定めの人かは知らない。
涼しげな盆と手拭きの用意で心づくしのもてなしをするばかりだ。