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高野喜久雄「眼」[2021年01月21日(Thu)]

DSCN4719.JPG

***


眼   高野喜久雄


どんな「遠さ」
ひたすら見続けて来たのでしょうか
生まれた時は
どの赤ちゃんの眼も ひどい遠視とか

だがやがて 眼は堕落する
せわしなく 眼は近いものだけを見て
見たものと 同じほどにこわれる
あの「遠さ」 あったことさえも忘れる

とはいえ 美しく老いた人
眼は また赤ちゃんの眼に帰り
どの「遠さ」見つめようとしてか
その遠い眼を さらにつむっては凝らします


『出会うため』(思潮社、1995年)より。

****

◆問わず語りに往時を思い出して語る人は眼を開けている必要がない。
ありありとその光景とそこに居た人、その表情を何度も見てきたし、やがて、いつでも目の前にひろげて飽かず眺めて来たであろうから。

それは見たものを全的に受け容れて見ることのようだ。

世界に無条件に受け容れられて生まれてきた幼き者は、満目のくさぐさのものを全的に受け容れて生きてゆく、ということだろうか。
とすれば、それは受け身の営みでは全くなくて、すぐれて能動的な生のあゆみということになるだろう。


空(から)[2021年01月20日(Wed)]

◆空疎な施政方針演説に終始した首相を、生みの親なる二階幹事長が代表質問で持ち上げる(20日衆院本会議)。冷え冷えとした光景だ。

◆海の向こうでは間もなく新大統領の就任式。

*****

求めても   高野喜久雄


求めても空(から)
もだしても空
また どちらを向いても同じこと
うつろな箱は うつろなままだ

せめて今は
このうつろの上に弦なりと張り
響かせよ ひる ひるる
ひる ひるる 風に弾かせて
このうつろ 響かせて
行け


現代詩文庫『高野喜久雄詩集』(思潮社、1971年)より


◆議事堂が「カラ」の箱に過ぎないのは今に始まった話でもなかろうが、条件が整えば響く函になることもあるだろう。ただし弦なりリードなり民草の声を通す空気穴なりがあれば、の話だ。


あかぎれ・ますく・ことのは[2021年01月19日(Tue)]

◆何かにつけ手指を消毒する回数が重なるからだろう、例年になく指のあかぎれがひどい。
効き目のありそうなハンドクリームや軟膏を買ってきて試しているが、店の出入りのたびに何度も消毒を繰り返すから一進一退。
台所に立つことの多い人や、食料品を扱う仕事の人などは、この程度では済まないだろうと推察する。早く暖かい季節になってほしいと願う。

あかぎれの根本原因は加齢にあるのだろうけれど、我が相棒は足の肉球も未だ軟らかさを保っていて、霜の降りた朝も散歩は元気にこなす。もっとも朝の寝覚めは主人に付き合うように寝坊である。散歩から帰ってからもコタツ布団の端で昼寝をする時間が長くなった。ウトウト猫になった夢を見ているのではなかろうか。

共通テストでマスクの着け方をめぐってトラブルがあった。
試験監督者の再三の注意に従わず、失格を宣告されただけでなく、警察に連行される事態になったというから尋常ではない。

尋常じゃないことが、でもイザ起きてしまうと、サテ、粛々と受験生が試験に臨み、マニュアルに従って監督業務を遂行する者がいるということが、本当に尋常なのだろうか?――と身中の天の邪鬼が目を覚ます。

◆一連のやりとりを目の当たりにして、ツイ舌打ちした受験生も少なからずいたことだろうが、多くは「迷惑なヤツだ」と尻目に見つつも集中を切らさぬよう必死だったろう。平静さを失わないように最大限の努力を傾けるのは当然のことではある。

◆しかし、どうだろう、たとえばこんな受験生はいなかったろうか?――騒動の主にムラムラ燃え上がる憎悪が精神の亢進をもたらして異様に頭脳が冴え返っている自分を発見する――。
「終了」のチャイムで、さっきの自分は何だったんだろうと我に返った者――あるいは次の試験に移ってもそのままカイトウ乱麻の状態を続けて鉛筆を走らせた者――。
一人か二人、居たかも知れない。

その一人か二人の潜在力を出現させることに騒動の主の企みがあったのだとするなら……
――まア、妄想の類いだけれど……。


***


企て   池井昌樹


さんぐらすしているとはいえ
あぶないものではありません
ちかごろめっきりめがよわり

ますくをつけているとはいえ
あやしいものではありません
かふんにまいっているだけで

このずだぶくろのなかですか
これはおひるのおむすびです
ふしんなものなどなにひとつ

わたしはこれからつとめにでかけ
よもふけまさるころかえってくる
ただそれだけのじいさんなのに

それでもあぶないあやしいと
それほどいぶかしまれるなら
あなたへこっそりうちあける

ばすつくまでのつかのまに
ほんとうは
こんなあぶないくわだてを

それがなにかはいえないけれど
ほんとうに
こんなあやしいたくらみを

たったいま
あなたへおめにかけましょう
ささやかなこのことのはで


ハルキ文庫『池井昌樹詩集』(2016年)より。

***

◆「ことのは」は、「言の葉」であると同時に「事の刃」「異の端」、あるいは「殊の羽」であるかもしれない。




辞書の感触[2021年01月19日(Tue)]

◆片付けを進めている従兄の遺品の中に、表紙が取れ、バラけてしまった英和辞典があった。
ページを繰られた歳月と、役目を終えて本棚の一隅で眠っていた歳月とどちらが長いかもはや分からないが、持ち主がいて手指がその重さを支え、ページをめくり、視線を注いだ一連のことどもをありありと伝えるこれ以上のものはない。

◆今パソコンに向かっているテーブルの片隅に二つある電子辞書のうちの一台は、反応しなくなったキーがいくつかあって、使わなくなった。十年あまり使ってきたものだが、紙の辞書のように持ち主の生きた時間を想像させることが果たしてあるだろうか。
この先、どう遇すべきか悩ませる点では同じに思えるのだが。

***


肌触り   本庄英雄


机の片隅に岩波国語辞典がある
電子辞書やパソコンに占有され影が薄い
西尾実・岩淵悦太郎編の背表紙もはずれ
厚紙で補修したのはいつだったか

二十代の頃
会社を立ち上げた仲間の事務所に勤め
一年足らずで倒産した記念の品なのだ
給料は止められ
怒号と罵声の渦の中
あす 差し押さえが入るので
事務所の金目(かねめ)になるものを持っていってほしいと言う
社長は逃亡し
専務だった明るいS君の暗いその眼差しを忘れる事はできない

すでに がらんどうになった事務所の
目の前の事務机に
国語辞典が にぶい光を放っていた
誘われるように手にすると
(ぬく)い肌触りが伝わってきた
なんとかなるさ と
其のとき思った

一冊の国語辞典が
三ヶ月分の給料として充当されたのだ
三十八年前の出来事なのに
今でも この手に
芽吹くような痛みとともに
蘇ってくる


本庄英雄詩集『空を泳ぐ』(中西出版、2019年)より



放置された独居高齢者[2021年01月17日(Sun)]

DSCN4723.JPG
地元の御嶽神社(猿田彦)にある青面金剛像。


*******

◆日曜にもかかわらず、神奈川県内の新型コロナ感染者は795人、日曜の報告数としては記録更新となった。

去年発熱外来を受診した藤沢市内の総合病院でも医師・看護婦および入院患者の感染があったと知って驚いたばかりだが、今日は北隣の大和市で、一人暮らしの70代男性が自宅でなくなっていたというニュースが飛び込んで来た(夕方のNHKデータ放送)。

男性は、けがで搬送された医療機関での抗原検査で感染が分かり、病院から厚木保健所の出先機関である「大和市保健福祉事務所大和センター」に感染の届け出があったものの、センターが電話をかけたのは2日後。しかし電話で連絡がとれず、さらに2日たってからセンター職員が警察とともに自宅を訪問したところ死亡しているのが見つかったという。
保健所の電話による聴き取り調査もなされぬまま放置されたわけである。

同センターだけでも調査未了者が200人もいるという。完全に手が回らないのだ。
「逼迫」を通り越して機能不全に陥っているというしかない。

国内最初の感染者が出て以来1年経つというのに、何をやって来たのだろう。

13日の首相記者会見で国民皆保険の見直しに言及したという菅首相、本音がポロリと出たということか。だとしたら、医療費がかかる高齢者が次々と消える事態は、むしろ待ち望んでいた、ということかも知れない。

21世紀もまた棄民の時代だった。


武西良和〈靴跡は消えねばならない〉[2021年01月16日(Sat)]

武西良和『鍬と錆』の〈冬の章〉からもう一篇。


靴跡   武西良和


固い土を掘り起こし
細長い畑の南側に
畦道を
泥が継ぎ当てのように
つぎつぎとズボンにへばり付いて

道ができあがったとき
ズボンは汚れきっていた

来た道に向きを変え
鍬を肩に掛け
新しい道を引き返す

土は軟らかく歩くたびに
靴跡がつけられていく

行ったり来たりしていると靴跡が
踏み固められ さらに靴跡に
踏みならされて

靴跡は消えねばならない
それが靴跡でないと思えるまで



◆結びの2行「靴跡は消えねばならない/それが靴跡でないと思えるまで」は、土を相手に生きることの覚悟を端的に語っている。
鍬をふるい山の畑に新しい畦道をつくる。父祖が拓き耕して来た営みに己も連なりながら、我が亡きあとへの祈りも鍬に託されているだろう。

◆詩集「あとがき」によれば、この詩は、ウンガレッテイ全詩集の「河川(かわがわ)」の中の「うずくまって/戦いに汚れた/衣服の脇で…」に触発されて成ったものだという。

ウンガレッティのこの詩は、1916年、第一次大戦の塹壕の中で生まれた。
詩人ウンガレッティの誕生を告げる作品。
ユーゴスラヴィアの国境に近いイゾンツォ川に「水の骨壺のなかに/そして遺骸のように」身を休めて、「おのれが/この宇宙のかぼそい/草に過ぎないこと」を知る。同時に、これまでの自分を育ててくれた「河川(かわがわ)」=ナイルやセーヌ、トスカーナのセルキオ川…を思い出してゆく。

◆ウンガレッティの「河川(かわがわ)」には、「苦しみは/調和した/おのれが信じられない/ときにある」という一節がある。
戦場に在って、人間の行いへの懐疑・世界との違和が己への不信となってわが身を苛んだことを表しているのだろう。

◆その詩句から武西の「靴跡」に戻って読めば、「靴跡でないと思える」ときとは、おのれの苦闘の跡が消えたときだ。
すなわち、「おのれ」なる小我がこねられて泥に溶け込んでゆき、「おのれ」を生み育てた土くれに再び還ったときと言ってもよい。

*『ウンガレッテイ全詩集』は河島英昭訳で岩波文庫(2018年)。「河川」の引用は同書より。また訳注を参照しました。


武西良和「草の朝」[2021年01月15日(Fri)]

武西良和詩集『鍬と錆』、〈冬の章〉から――


草の朝   武西良和


あぜ道に立って
収穫し終わったあとの
畑を見下ろす

冷たい風に打ちのめされながら
生き続けてきた
草たちの葉に朝が
光り始めた

たとえ空が曇って
雪がちらつきだしても
霜に何日も痛めつけられても
なお草として生き続けてきたのだ

育ててはいないが
育っている

大地にひれ伏しながら
輝く
その姿をまねてみたい



◆冬の朝の光を浴びる草に目を注ぎながら、畑のうねの向こうに横たわる山並みをも視野に収めているのだろうか、言葉の連なりもまた稜線を描くように長短のリズムを生みながら詩人の呼吸が大地の呼吸とひとつになってゆくようだ。


武西良和「鍬と錆」.jpg

武西良和『鍬と錆』(土曜美術出版販売、2019年)
*カバー装画も武西良和。
詩の言葉同様、簡勁なリズムがある。



武西良和「眠りを耕す」[2021年01月14日(Thu)]

DSCN4730.JPG
寒雀。

*******


眠りを耕す   武西良和

山肌の灌木を
切り払い
ツルハシを振り下ろし根を
掘り起こしたあと

石を積み
土をかき入れる
その繰り返しが熱を帯びる

夜 布団のなかで目をつむって
一日の仕事を振り返る
足もとの土を思い浮かべるだけで
静かに眠りに入っていく

眠っている間
眠りを耕すのだ

おれの眠りはずっと
ごつごつで
かさかさ
そこに落ち葉を入れ
堆肥を入れてかき混ぜると
じわっと
ふくよかな土になっていく

そんななかにいると
睡眠はぐっすり
ふかふかになっていく


武西良和詩集『鍬に錆』(土曜美術社出版販売、2019年)より

***

◆「眠りを耕す」という言い方が独特だ。
「たがやす」とは「田返す」の転じたことばだという。土を掘り返して作物を植える準備をする。
「眠る」ことも同様に身と心の両方に空気をたっぷり含ませて新たな育てと豊かな収穫を期す。


二兎社『ザ・空気ver.3』[2021年01月13日(Wed)]

210113ザ・空気ver.3入口ポスターDSC_0068_A.jpg
池袋の東京芸術劇場、シアターイースト入口の『ザ・空気ver.3』ポスター
東京は1/31まで。その後、各地を巡演。


二兎社『ザ・空気ver.3』(作・演出:永井愛)を観た。

2017年の「ザ・空気」、2018年の「ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ」、どれも政治と社会の現在地を可笑しくかつ真摯に描き出して面白かったが、今回が最も仮借なく政治と報道の現状にレッドカードを突きつけたように思う。

今回登場する政治ジャーナリスト・横松(佐藤B作)は、第一作で自殺したニュース・アンカーとして名前が登場する桜木をかつて育て、桜木が範として尊敬する先輩であった、という設定。

◆コロナ禍、学術会議任命拒否問題と、政府による報道番組のチェックなど、只今進行中の事態を取りあげているので、「お答えは差し控える」「人事のことなのでコメントできない」等、メディアが繰り返し伝えた権力者のセリフが引用されて、そのつど観客の笑いを誘う。

フト思うのは、「ザ・空気」シリーズの4年間、現実の政治も報道のありようも全く望ましい方向に進んで来なかったことだ。暗澹とせざるを得ない。
こんなんで良い言いはずがない、と多くの人が感じてきたであろうに、総理や閣僚の、ほとんどマンガのような言い分を耳にすることのみ久しく続いて、われわれ自身は麻痺か中毒症状に陥っていないだろうか?

◆事実を伝えるはずのメディアの現場が実際には作為や演出にまみれていることを、フィクションである演劇が舞台上に照らし出して見せる。
その中心となっているのは死んだ桜木であるのだが、実際には登場しない人物の存在が物語を動かし、登場人物たち五人をそれぞれに変容させていく。
その点に評論家・加藤典洋の次の詩を思い合わせずにいられなかった。

***


たんぽぽ  加藤典洋


うん
たんぽぽ

私たちはみな
死んでいる
生きているというのは
間違いなのだ
私たちは
みな
死んだ人の
夢なのだから

そう
たんぽぽ

死んだ人が死ななかったら
私たちはいなかった
私たちと死んだ人たちのあいだには
超えることのできない壁と
秘密の回廊がある

その秘密の回廊は
誰の中にもある
そこで
死んだ人と生きている人が
出会う

ふたりは
それと気づかないまま
すれ違う
同じ人なのに
気づかない
信号の色が変わるのに
気を取られている
彼らはすれちがう
彼らは気づかない
信号の色が変わると
秘密の回廊は消える

ときおり
たまらないようにして
私のなかからもうひとりの私が
私を脱ぎ捨て
どんどんと先に走っていく
そんなとき
秘密の回廊のドアは
ばたんと締まる

残された私は
死んでいるのか
生きているのか

顔のところだけワタゲになって
風に揺られている

ねえ
たんぽぽ

私たちはみな
死んでいた
生きていると思っていたのが
間違いだったよ

私たちは
みな
あの人の


死んだ人が死ななかったら
いなかった

あの人たちの
夢なのだ

さあ
たんぽぽ

飛びなさい
       2018/12/4


『僕の一〇〇〇と一つの夜』(私家版、2019年)所収
『現代詩手帖』(2020年9月号)〈現代詩アンソロジー2010-2019〉によった。

〈雪がふりだす直前の空気のにおい〉[2021年01月12日(Tue)]


through  松浦寿輝


すりぬける
しみとおる
すかしみる
真夜中の川辺
したたるような月のひかり
鼓膜にじかにふれてくるような水音
わたしは犬と一緒に歩いていった
うずたかく積んだ枯れ葉をふみしめると
一歩ごと足がかすかにしずむ
物質が物質がぶつかって
ひかりがはじけ 音がひびく
ひかりと音はわたしのなかにもみなぎって
こころをつめたくひたした
徐々にあがってゆく歳月の記憶の水位
犬が飛び出してさきに立ち
向こうの木蔭にきえていった
真青なくらがり
雪がふりだす直前の空気のにおい
わたしの前にくっきり落ちているわたし自身のかげ
どこでもかしこでもぶつかりつづける物質と物質
いつの間にか背後にまわっていた犬が
またわたしを追いこしてゆく
波となってうちよせてくるひかりと音
それをすりぬけて
それがしみとおって
それをすかしみて
わたしはさらに歩いていった


『afterward』(思潮社、2013年)所収
『現代詩手帖』(2020年9月号)〈現代詩アンソロジー2010-2019〉によった。

◆12日は関東平野部でも雪、と天気予報は昨日から報じていたが、湘南地方は時折雨がパラつく程度で終わった。相棒との朝の散歩では雲低からず、寒さも中途半端で、何より雪の降りそうな「におい」が感じられなかったので、やっぱりなァ、という結果だった。

◆上掲詩は詩にあるとおり「ひかりと音」が大半を占める中で、ひとところだけ、「雪がふりだす直前の空気のにおい」という詩句を含み、印象に残る。

犬と同じように「わたし」も嗅覚を働かせている。
無論、「におい」がこの語が本来持つ視覚的なものをも含めて表現しているのだと解しても良い。
ただし、ここでは真夜中の月のひかりが照らす限りの、薄膜の向こうに沈んだような色合い、ということになろうけれど。
しかしあくまでも中心は「雪がふりだす」前の「空気のにおい」なのである。
それはどんなものかと言われると適当な形容が思いつかないが、ともかく「におい」がある、としか言いようがない。

◆詩集『afterward』は3.11の大震災を経て2013年までの詩群から成る詩集だそうだが、その角度から読むと、「物質が物質にぶつかって」・「つめたくひたして」・「歳月の記憶の水位」など、いずれも生々しい具体物を抱えながら、されど言葉に置き換えること困難なまま、抽象の尾っぽを残さざるを得ず、こうなりました、という印象がある。

◆「雪がふりだす直前の空気のにおい」は従って、2011.3.11から翌日にかけて被災者たちを雪が見舞ったあの夜、を喚起せずにはいない。

***

【参考】過去の記事で松浦寿輝氏の作品を紹介したのは下記。

松浦寿輝「密なる蜜」【2020年9月5日記事】
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1699



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