宮澤賢治「岩手軽便鉄道の一月」[2021年01月31日(Sun)]
◆あっという間に1月も終わりだ。
『校本宮澤賢治全集』第三巻に収める「春と修羅」第二集の掉尾、作品番号四〇三の詩を――
岩手軽便鉄道の一月 宮澤賢治
一九二六、一、一七、
ぴかぴか田圃の雪がひかってくる
河岸の樹がみな凍ってゐる
うしろは河がうららかな火や氷を載せて
ぼんやり南へすべってゐる
よう くるみの木 ジュグランダー 鏡を吊し
よう かはやなぎ サリックスランダー 鏡を吊し
はんのき アルヌスランダー 鏡鏡鏡鏡*を吊し
からまつ ラリクスランダー 鏡をつるし
グランド電柱 フサランダー 鏡をつるし
さはぐるみ ジュグランダー 鏡を吊し
桑の木 モルスランダー 鏡を……
ははは 汽車(こつち)がたうたうなゝめに列をよこぎったので
桑の氷菓はふさふさ風にひかって落ちる
*「はんのき」の行の「鏡」は、小さな「鏡」の文字を2字ずつ2行、計4文字の「鏡」で書いてある。
◆よくシバレた夜が明けて快晴だ。疾駆する汽車のデッキから身を乗り出すようにして外の冬景色を見て小躍りしている。
冒頭の「雪がひかってくる」という表現から最終行の「風にひかって落ちる」まで、汽車のスピードを感じさせて淀みがない。
まっ白な装いの木々が次々と現れ、「こっち」は彼らにあいさつしてゆく。
「くるみの木 ジュグランダー……」以下、どの木にも仇名で呼びかける。
カタカナはそれぞれの木の「学名」に由来するようだ。くるみで言えば学名は「Juglans」、かわやなぎで言えば「Salix」、そのあとに「ランダー」を付けてニックネームとしたのだろう。
「ランダー」については、「樹列」を意味するドイツ語からではないか、という説に従っておく。
よく分からないのが「グランド電柱 フサランダー」だ。河岸のさまざまな樹列に「電柱」も首尾良く仲間入りしたという趣か。
どれも白く凍った枝枝が日の光にきらめいて鏡を吊したみたいだ。
斜めに突っ走る汽車にあおられ桑の木は惜しげもなく氷華を空中に撒き散らす。
★スケルツォがふさわしいこの詩に林光や信長貴富が曲を付けている。
*林光を追悼する会でのこんにゃく座の歌声を聴くことができる。
⇒https://www.youtube.com/watch?fbclid=IwAR397NvaLPxPE2-aVSgWA11ae6ZbVk0SmW57L4VlTXHMJxGP8Iidz7pfkug&v=QkQdwlxmcXE&feature=youtu.be