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前触れもなく飛来するもの[2020年10月31日(Sat)]

DSCN4502ヒメツルソバ.JPG
ヒメツルソバ

*******

小禽賦  安西均

この老年の、無為で
つまらない日常にも、
ふいに息を呑むほどの
静寂が、訪れる折がある。

アパートの荒れた裏庭に、
舞ひ降りてきた
一羽の鶲(ひたき)が、軽く
落葉を踏んだだけなのに、
どこか遠い所で、けたたましく
非常ベルが鳴りはじめる。
そのやうな静謐である。

わたしが身じろぎもしないで、
椅子から眺めてゐる目の前に、
それは仮に鶲の形をとつた
〈純粋存在〉であり、
繊い肢でゎづかに歩いてみせ、
そしていづかたへともなく飛去っていく。
このやうな存在との
須臾のふれあい。

鶲よ。この
前触れもなく飛来する、
純粋存在の可憐さは、
幾百光年の彼方からか。
さもなくば、
わたしの死後の森からか。


安西均『チェーホフの猟銃』(新装版 花神社、1989年)より。


◆一羽の鶲が落葉を軽く踏んだだけなのに、遠くで非常ベルがけたたましく鳴る、という静けさの表現が印象的だ。

静寂を感得させるのは、何かのかすかな音だ。それは一滴の水が波紋となって池を波立たせるように、大きな音の円となって耳と目と体全体を驚かせる。

そうして、幾百光年か、数ヶ月先、あるいは数日先、ひょっとして数刻先かも知れない未来が確かにあって、そこに「わたし」が歩み入ることになることを直覚させる。



遁辞だらけの学術会議問題[2020年10月30日(Fri)]

DSCN4510ヨウシュヤマゴボウ.JPG
ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)。
前にアップした写真と同じ場所に今年も鮮やかな紫色を見せていた。勢力拡大中に見える。

*****

◆学術会議問題で菅義偉首相の迷走答弁が止まらない。
TVのニュースはもっともらしい言い方をしているように編集し、字幕も添えて視聴者に刷り込み、スカ政権の延命に貢献しようと必死である。

「総合的・俯瞰的」は2003年に総合科学技術会議の調査会がまとめた報告書の言い方のパクリであることはすでに指摘されている。ただし、首相の任命拒否という決定は、本来の意味とは真逆で、部分的かつ近視眼的な判断に基づく。
「多様性が大事」という説明も、6名の拒否はこの建前に逆行する処置にほかならない。

しかし新聞の見出しにこれらの文字が並ぶと、もっともらしく見える。たとい「 」付きで、首相の発言の引用であることを示しても、それが遁辞=逃げ口上に過ぎないことを指摘しない限り、法令無視の政権にとっては蚊が刺したほどにも感じないだろう。

◆アベ+スカ政権が学術会議を人事面から支配しようとする理由として、軍事研究への科学者・大学等の動員を進める意図が指摘されている。

池内了(いけうちさとる)『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』の目次には、次のような言葉が並んでいる。
科学者倫理もまたこれらの遁辞によって片眼をつぶり、しまいには両手をあげて軍事研究に突き進むのだな、と肝が縮む思いだ。


第2章〈軍事研究をめぐる科学者の常套句〉

「戦時には愛国者になれ」
「もうこれで戦争いは起こらない」
「より人道的な兵器の開発である」
「軍事研究は科学の発展に寄与する」
「戦争(軍事研究)は発明の母である」
「いずれ民生に活用されて役に立つ」
「みんながやっているのだから」
「作った自分に責任はなく、使った軍が悪い」
「悪法も法である」


*池内了『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』の目次より
(みすず書房、2019年)

池内了「科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか」.jpg

「時間」の小さなうすい耳[2020年10月29日(Thu)]

DSCN4481.JPG


鎮魂歌  吉野弘

死ぬことを強いる時間は
生きることを強いる横顔を持ち
タクトをとって休みなく
秋のあまたの虫たちを残酷なほど歌わせる。

さりげなく
歌の糸玉をころがし乍(なが)ら、糸を
次第に剝ぎとり捲きとってゆく
見えない手のように。

けれど、秋の虫たちは
歌を奪われるのではなく、まして
強いられて歌うのではなく
みずから求めて歌うかのごとく白熱し

強いられぬ唯一のものが歌
であるかのごとく声を高め、それを時間の
肉のうすい小さな耳にも聞かせようとして
倦むことを知らない。

 
  小池昌代 編『吉野弘詩集』(岩波文庫、2019年)より


◆「時間」が顔を持っていて、その横顔は「生きることを強いる」、と書いてある。
仏の顔と違って、赦しや救済ではなくて、生きることをも「強いる」顔なのだという点が切ない。

読み手のこちらには時間の顔など想像もつかず、手や肩のあたりまでは想像できそうな気もするが、顔のあたりは輪郭も目鼻立ちも全く霧に包まれているように思える。

ところがこの詩人の眼にはそれがハッキリ見えているようなのだ。
あたかも虫たちのオーケストラを率いる指揮者の顔を写すカメラのように。

意外なのは、振られるタクトの間近に「肉のうすい小さな耳」があること。
赤ずきんちゃんではないけれど、「どうして肉のうすい小さなお耳なの?」と訊いてみたくなる。


まど・みちお「もう すんだとすれば」[2020年10月28日(Wed)]

DSCN4475.JPG

***


もうすんだとすれば  まど・みちお


もうすんだとすれば これからなのだ
あんらくなことが 苦しいのだ
暗いからこそ 明るいのだ
なんにも無いから すべてが有るのだ
見ているのは 見てないのだ
分かっているのは 分かっていないのだ
押されているので 押しているのだ
落ちていきながら 昇っていくのだ
遅れすぎて 進んでいるのだ
一緒にいるときは ひとりぼっちなのだ
やかましいから 静かなのだ
黙っている方が しゃべっているのだ
笑っているだけ 泣いているのだ
ほめていたら けなしているのだ
うそつきは まあ正直者だ
おくびょう者ほど 勇ましいのだ
利口にかぎって バカなのだ
生まれてくることは 死んでいくことだ
なんでもないことが 大変なことなのだ


 伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より


◆反対語を対にして並べた詩。
ああ言えばこう言う天の邪鬼のやり方で、ものごとを単純化したり、表面を掻い撫でしただけで分かったつもりになることを戒めているのだろう。世阿弥だったか、自分を客観視できる、「離見の見」が大切、と説いたエラい人もいる。

◆1行目――たとえば夕空をながめながら、一仕事済んだ、とホッとするのも束の間、明日はもっと大事な一日になるぞ、と気を引き締める。

2行目――他人から見れば安楽に生きているように見えても、当人は苦しくてたまらないのを呑み込んで平気を装っていることもある。
(――あるいは安楽な道をつい選んでしまう自分のふがいなさが情けなく苦しい。)

◆だが、作者は人に教訓を垂れているのではない。

7行目、「押されているので 押しているのだ」という切実な訴えは、押してくる相手との格闘を懸命に現場中継しているのだ。
傍目には可笑しくとも、当人は必死なのだ。

◆結びの2行は、そうした矛盾・対立・せめぎ合いをはらむ生と死が大事業であることを述べる。
2行の長さを揃えたのはこの2行を横に重ね合わせて読んで欲しいという意図もあってのこと。

「生まれてくること」=「死んでいくこと」というのは確かにその通りで、深い真理ではある。
気づいてみればこの世に生まれて来ていたので(親たちの辛苦は脇に置いといて)、「生まれてくること」は「なんでもないこと」だった。
「死んでいくこと」の方も、誰もが死出の山に向かうようなので、同様に「なんでもないこと」であるのは間違いない。
先立つ者たちを見送った経験も一再ならずあるわけだし……

……とは言え、わが身のこととなれば全くの初心者。
なんでもないはずの「死んでいくこと」を目前に控えれば、やっぱり「大変なことなのだ」と、ジタバタするほかないではないか。



まど・みちお「いわずに おれなくなる」[2020年10月27日(Tue)]

DSCN4472.JPG
セイタカアワダチソウ。
ひと頃、ススキを駆逐してしまうのではと恐れられたが、この辺りではそういうこともなさそうだ。


*****


いわずに おれなくなる  まど・みちお


いわずに おれなくなる
ことばでしか いえないからだ

いわずに おれなくなる
ことばでは いいいきれないからだ

いわずに おれなくなる
ひとりでは 生きられないからだ

いわずに おれなくなる
ひとりでしか 生きられないからだ


  伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より

◆助詞(てにをは)をほんの少し変えただけで豊かに広がることば。
音楽で言うと、シンプルな素材で多彩に変幻する変奏曲のようなものか。




まど・みちお「そら」[2020年10月26日(Mon)]

DSCN4490.JPG

2機の飛行機が、ずいぶん近くをクロスするように飛んで行った。南に向かうのと西に向かうのと。
高さは違えていたんだろうけど、ヒヤリとさせる。

南に向かう方が思いのほかハッキリ撮れていた。

***


そら  まど・みちお


そらが あんなに あおいのは
うみが うつっているからか
ほしが すむ くにだからか

そらの しずく ひとつぶ

すってんころりん ほうほけきょ

ぼくの てに おちて こい


 伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より




ウンガレッティ「重さを失うと」[2020年10月25日(Sun)]

DSCN4468.JPG
むらすずめ

***


重さを失うと   ウンガレッティ 
           オットーネ・ロザーイに、一九三四年  

赤児みたいに一つの神が笑えば、
雀の群れがさえずる、
枝から枝へ踊り狂って、

一つの魂が重さを失うと、
牧場(まきば)はやさしく映えて、
あの慎みが瞳に甦る、

両手は木の葉にも似て
中空(なかぞら)に狂喜する……

誰が恐れようか、誰が裁くのか?


 河島英昭・訳

 『ウンガレッティ全詩集』(岩波文庫、2018年)より。

 オットーネ・ロザーイ(1895-1957)はフィレンツェ生まれの画家。「郷土派」といわれる彼の風景画に触発された詩であろうか。


◆詩集『時の感覚』の中の〈愛〉という標題を持つ詩群の一つ。
須賀敦子は『イタリアの詩人たち』のウンガレッティの章で次のように書いている。

おおよそ死ほど、イタリアの芸術で重要な位置を占めるテーマは他にないだろう。この土地において、死は、単なる観念的な生の終点でもなければ、やせ細った生の衰弱などではさらにない。生の歓喜に満ち溢れれば溢れるほど、イタリア人は、自分たちの足につけられた重い枷――死――を深く意識する。彼らにとって、死は生と同様に肥えた土壌であり、肉体を持った現実なのである。
  須賀敦子『イタリアの詩人たち』~〈ジュゼッペ・ウンガレッティ〉p.49(青土社、1998年)

須賀の文章は、ウンガレッティが第一次世界大戦に従軍し、塹壕の中で戦友の屍の横で一夜を過ごした体験から生まれた詩「徹夜」(1915年)について述べたものだが、20年近くを経て書かれたこの「重さを失うと」は、まさに(詩句通り欣喜雀躍というべき)生の歓喜が死と一体のものとして表現されている。
数年後、愛し子を喪うことになる運命を知るはずもなかったのだが。


ウンガレッティの他の詩…「夢うつつに」【2019年8月24日】
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1330

「軍事産業の社会的パートナーたち」[2020年10月24日(Sat)]

◆エンツェンスベルガーの詩をもう一篇。
学術会議に圧力を加える理由の一つが軍事研究に学者たちを動員することだとされる2020年の日本にも当てはまりそうな憤怒と諷刺のことば。


軍事産業の社会的(ソーシャル)パートナーたち
        エンツェンスベルガー
          飯吉光夫・訳

歯ぎしりしたいほどの光景だ、高級ホテルの
テラスの上の脂肪ぶとりのいのししどもは、
口腹をこやすことや泥棒行為からゴルフ場で休養をとっている
神のめぐしごどもは。
          ますますもって
たえがたい存在になる君、旋盤工よ、
小市民よ、廷吏よ、試補よ、見習いよ、
君のますます悲しげになる黄いろい顔――

さんざんに鼻づらを引きずりまわされている、
自堕落な、無気力な風の一陣、
みずからの手錠の鍛冶屋、
みずからの死の助産人、
君自身に盛られるだろう毒菓子の
製造人
    もちろん
あまたの者らが君に殺人の廃止を約束する。
君に慫慂(しょうよう)する、だが殺人者たちは
殺人とたたかうため戦地におもむくことを。
非人道的行為が敗れることは
ない――敗れるのは君――非人道的行為は
化粧壜の顔料の色をとりかえるだけ――
犠牲者たちの血はいつまでも黒い。


川村二郎/種村季弘/飯吉光夫 訳『エンツェンスベルガー全詩集』(人文書院、1971年)より。
 *収録詩集は1957年刊の『狼たちの弁護』。





稚木(わかぎ)を接ぐこと[2020年10月23日(Fri)]


正直の話   エンツェンスベルガー
             種村季弘 訳

ヘル式タイプライター電信機がカタカタと鳴っている間に、
君は花瓶のなかの罌粟をきれいに整理する。
ポンペイが溶岩の波間に沈んでゆく間に、
君は僕の煙草の味をほめる。
三人の大臣が国土を売り渡す間に、
君は注意深くお茶を注ぐ。
都市(まち)がこなごなに破壊される間に、
君は川から鮭を獲ってくる。
世界中が爆発している間に、
君は嬉々として遠心分離機で蜂蜜を濾す。

人間よりもおそろしいものはない。
これを要するに、
渦巻星雲、文化の危機、世界大戦は
つかのまの些事、
時間の藁、
愚にもつかぬ児戯。

大切なのは ギシギシと軋むロクロの上で
丹精こめて粘土をこねること(セラ)。
そうすればペストが家の中をのぞきにきても、
あとの祭りだ。
数世紀が過ぎて、少女たちが
彩色陶器を愛(め)でたのしむ。

大切なのは 君の肩に
お似合いのショールを掛けること(セラ)。
そうすれば船が砕けても、
あとの祭りだ。
いくつかの文化期が過ぎて、君を愛する誰かが、
君のプロフィルの優美を愛でる。

大切なのは、適切な稚木(わかぎ)
適切な樹に接木すること(セラ)。
そうすれば絞首吏が呼び出しの鐘を鳴らしにきても、
とうの昔にあとの祭りだ。
いくつかの氷河期が過ぎて、子供たちが
すてきな杏(あんず)を愛(め)でたのしむ。

悪魔憑き? 要するにディレッタンティズム。
カタストロフ? 歴史の珈琲店(カフエ)のおしゃべりだ、
粘土の甕(かめ)やプロフィルや
きみの杏のほうがずっと長持ちする、正直の話。



川村二郎/種村季弘/飯吉光夫 訳『エンツェンスベルガー全詩集』(人文書院、1971年)より。
 *収録詩集は1957年刊の『狼たちの弁護』

◆歴史を弑(しい)する者ばかりの世情を目の当たりにすると、それへの対抗策を詩に求めないわけにはいかない。

粘土をこねた陶器(を充たす豊かな食べもの)や果実が人々を育み、うつくしいものを愛でる心をも次の世代に伝えること。

そうすれば、はるかのちのちまで、うまし世のことが伝えられるだろう。



湘南社の憲法論議 主権論[2020年10月22日(Thu)]

◆昨日の記事の後半に記された「湘南社ソング」その2は、自由民権期に湘南社の憲法論議を盛り上げた宮田寅治および猪俣道之輔が講学会(学習討論会)において説いた憲法論を主題としたものだ。
彼らの主権論(人民主権)の歴史的意義を「湘南社ソング」として表現した岩崎稔さんの解説を以下に転載する。

***

憲法視点から見た近現代史
     〜特に伝えたいこと〜


「湘南社」の憲法論議のもつ歴史的意義 
  〜自由民権期における湘南社の活躍〜


     雨岳文庫民権の会 岩崎 稔

 近代への移行期に出された憲法草案の代表格に、植木枝盛の『東洋大日本国々憲案』等があるが、その憲法草案のように、憲法草案の作成に至らなかったが、湘南社の憲法論議において、宮田寅治や猪俣道之輔などは徹底した「人民主権論」を展開し、その人権擁護規定は、日本国憲法に受け継がれている。「もし湘南社の主権論が憲法草案となっていたら、五日市憲法草案を超えたものになっていただろう」(『神奈川県史通史編(近現代1)』と記されている。この自由民権運動期の時代を称して「憲法論議の時代」と呼ぶことができるだろう。
 湘南社では、五日市憲法などの憲法草案の作成には至らなかったが、憲法を構成する基本原則についての学習と論議が活発に行われた。そして、彼等の運動の遺産は、敗戦後の日本国憲法の基本理念にしっかりと受け継がれている。この点を、未来への宝としたい。


《宮田寅治の主権論》

 講学会で講師細川瀏が与えたレポート「主権は何に帰属するや」に宮田寅治は、現日本国憲法第一章の「象徴天皇論」を彷彿させるような論議を提出している。宮田はまず「憲法は国の基本を規定するもの」だとして「主権ノ何ニ帰属スルヤ否ヤヲ以テ、世ノ開未開ヲ知ルベキモノ」と規定したうえで王権神授説やフランス革命等の事例を引き、帝王主権説に反駁し「帝王ハ宛モ主権ノ預リ人カ、或ハ主権ノ強盗人タルガ如キ有様」と述べ、「国民ハ主権ノ権力ヲ以テ主宰者タル、統領・帝王ヲ置クハ之レ主権ノ命ズル処ニシテ、之ヲ制スルニ憲法ヲ以テス、故ニ主権ハ国民ニ帰属スルモノナリ」と論じている。


《猪俣道之輔の主権論》

 また同様なレポートで猪俣道之輔は、国民主権論を展開している。まず「主権の定義」を、「一国憲法ノ利害ヲ廃置シ、一国ノ施策ノ方向ヲ左右スルモノ、之ヲ目シテ国ノ主権ト云フ。即チ一国人民ノ権利集合シテ、社会ノ平和ヲ組織スルノ基礎タリ」と主張する。次に「君主主権論の荒唐無稽さ」を示し「一人巳ノ専有スルヤ道理ニ非リナリ」と君主主権のもつ弊害を力説している。さらに、英国及び米国における統治の在り方に言及し、英国も米国も統治の形態は違うが「人民ノ意思常ニ政治上ノ実際ニ逞フスルノ勢力ヲ有スルハ、両国共ニ同一轍ナリ」と論じている。最後に、人民主権こそ「国家ノ治平」を確保する最高の政治原理であると述べ、「両国が今日ノ富国開明ヲ致シ、各自満足ヲ得ル所以ノモノハ、人民主権ヲ握ルノ外ナルベシ」と結論づけ、「国家ノ治平ヲ望マハ主権ハ人民ニ帰属セザル可ラザルナリ」と論じている。
 宮田寅治も猪俣道之輔も「君民共治説」を排し、人民主権論を堂々と主張している。


     *10月31日(日)の「湘南社民権講座」にて配布予定の資料

*******

◆宮田寅治、猪俣道之輔はともに相州金目村(現在の平塚市)の人で、森謗O郎(こうざぶろう)とともに金目村の民権家トリオとよばれ、思想・政治・教育に大きな貢献をして行く。

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2019年5月20日【自由を求めて――猪俣弥八の生涯(1)
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1234

「明治の文化村」とも呼ばれた金目村と民権の歴史については大畑哲氏がWeb版の『有鄰』第419号に紹介している。
大畑哲「自由民権の里・平塚市南金目」 
https://www.yurindo.co.jp/static/yurin/back/419_4.html

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