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時代はいかなる天気の下に[2020年08月31日(Mon)]

DSCN4342.JPG

***


天気  中桐雅夫

八月の高原の最後の日曜日、
二日続いた雨がはれた朝のロッジの庭で、
洗濯ロープにとまったとんぼの数を、
母親が男の子に数えさせている。

ピンポン台のネットの締め金が錆びている、
そのうえに置かれた鳥籠が光っている、
いんこが金網に足をかけて逆立ちしている、
くちばしを一秒間に五、六回も動かす。

みんな太陽を楽しんでいる、それなのに、
一時間もしないうちに空がくもってくる、
谷間からゆっくり、だが着実に霧が攻めてくる、
伸びすぎた反魂草の花も見えなくなる。

すばらしい朝がすごい雨になってしまった、
ぼくはいつも少数派だった。


『会社の人事 中桐雅夫詩集』(晶文社、1979年)より。

*反魂草(ハンゴンソウ)…キク科の多年草

***

◆長田弘が『詩人の紙碑』の中で、編集者として中桐に会ったときのエピソードを次のように紹介している。

最後の詩集となった『会社の人事』のあと、午後の渋谷のがらんとしたレストランで会って、日の傾くまで話したのが最後でしたが、そのとき椅子にあぐらをかいて、葡萄酒の盃を次から次に一人で空けながら、中桐さんが倦まず語ったのは、そのころは未だ未訳だった英国の作家E・M・フォースターの評論集『民主主義に二ど喝采』への明るい共感でした。いくど読み返してもいい本だとおもうといい、二ど喝采の人生こそのぞむところ、最後の喝采はなしといって羞むようにわらった顔が、記憶にあざやかにのこっています。

 *長田弘『詩人の紙碑』(朝日選書、1996年)〈真夏の死――中桐雅夫のこと〉p.229-230。

◆その上で長田は、〈戦争から戦後に生きのびた一人として、自罰を悲哀としてじっともちつづけた詩人にふさわしい紙碑〉として冒頭の詩「天気」を挙げ、「一個の詩人がどんな時代の天気の下にみずから生きたのだったか。嚙むと言葉の苦さが歯にしみてくる」と述べている。

家族で高原のロッジで家族とともにすごしたひと夏、映画のワン・シーンのような情景とのみ読み流していたところ、虚を衝かれた。

改めてゆっくり読み返すならば、第1連の最初2行、および第2連の1行目に「の」が、くどいほど繰り返されていることに気づく。「八月高原最後日曜日、/……朝ロッジ庭で、」
「ピンポン台ネット締め金」――といったあんばいである。

あえて舌足らずの連ね方をしているのは、サラサラ喋々するわけにはいかないものを抱えているからに他ならず、つかえているものが何であるかは冒頭の「八月」、終わり近くの「反魂草」によって示唆されている。細かな工夫を取り上げれば、第2連のいんこの「逆立ち」も、「反魂」への序奏となっているだろう。
「なんとかして三十歳までは生きていたいなあ」と思いながら戦時下を過ごした中桐が、戦死した若者の3倍にも及ぶ年齢まで生き延びて思うくさぐさのこと。それはみんなが太陽を楽しんでいる中でも、己の中で苦く噛みしめずにはいられないことだ。

避暑地における小市民的な家族の仕合わせを点描、と表面だけを見ていた節穴を恥じる。

*E・M・フォースターの『民主主義に二ど喝采』は、岩波文庫『フォースター評論集』(小野寺健・訳1996年)に収める『民主主義に万歳二唱』(1951)中の「私の信条」というエッセイ。
この中の〈民主主義には二度万歳をしよう。一度目は、多様性を許すからであり、二度目は批判を許すからである。ただし、二度で充分。〉という言葉はさまざまな人が引用している。
鷲田清一は『折々のことば』で取り上げ、三度も喝采する必要がないのは「多数決という手続きから独裁政治が生まれること」もあるからだ、と解説する(『折々のことば』524:2016年9月20日)。
**中桐の詩「天気」は、晴れ上がった朝を迎えたはずが、にわかに大変な雨に変わって、結局3日連続で雨だった、と記す。「三」という数字にフォースターの警句が反響しているかも知れない。


点字ブロック[2020年08月30日(Sun)]

◆朝、眠り足らぬまま日高くチリチリするような熱さを背中に感じながら相棒との散歩を急いだ。
8月も終わろうというのに。

DSCN4347.JPG

◆最寄りの交差点に臨む歩道の2箇所に黄色いポールが新たに立った。巻き込み事故の防止に役立つだろう。
続いてそのポールのまわりに黄色い点字ブロックが貼り付けられた。
目の不自由な方に福音だが、さて、ここを白い杖で通る方がいたかどうか。記憶では見かけたことがない。また、この交差点を起点に4方向に道を辿って行っても点字ブロックが設置してある箇所は1キロ以上も行った所でないとなかったように思う。
とすれば、順次整備して来てこの交差点に至った、というより、にわかに出現した、という印象だが、ひょっとして地元で必要とする方からの強い要望があり、ようやく実現に至った、ということかも知れない。
であるならば、障がい者が移動の自由を確保する、その第一歩として環境整備が実現したことになる。
駅から店や役所などへと辿ってゆくための中央集権的点字ブロックではなく、言わば「草の根」的に安全意識と他者への配慮を地域に促し、移動の自由行使を保障する点字ブロックという言い方も可能だ。

◆車椅子利用の人にとっては時に思わぬ難渋を強いることもあった点字ブロックだが、現在はどうだろう。凸部の高さの工夫など改良が進んでるのでは、と思う。
健常者にとってはジャマ、などと余計者扱いするのではなく、それらがあることで地域に暮らす障がい者への想像力を絶やさぬようにすることができるし、高齢者にとってはロコモティブシンドロームに陥らないよう足もとに意識を向けるきっかけともなるだろう。

◆初めて点字ブロックというものを見たのは1973年の高田馬場駅だった。駅及び周辺に大規模な設置工事なされたのはその前年、72年のことだという。近くに点字図書館があり利用者が多い駅だったためだが、それでも駅での転落死亡事故は起きている(点字ブロック設置直後の73年2月に高田馬場駅で上野さんという方がホームから転落して亡くなっている)。

◆現在は駅の転落事故を防ぐために可動式ホーム柵の設置が進んでいるが、これは新大久保駅で転落者を助けようとして犠牲になった韓国人留学生の事故(2001年)がきっかけだった。
利便性アップのための過密ダイヤや相互乗り入れの増加などで事故の危険は増しているだろうに、防止策の進捗は鈍いように思える。
「余分な設備投資」とか「健常者にはジャマ」といった発想は捨てて、安全対策で社会的信用度を高めることが鉄道事業に不可欠であるのは言うまでもないし、個々人にとっては、点字ブロックで足裏のツボを刺激して日々足もとからの健康チェックを怠らないだけでなく、点字ブロックを頼りとする人たちを含め、多様な事情と必要を持つ隣人の存在に心に留めた、奥行きのある住民意識が共有されて行くのではないか。


横浜トリエンナーレ(プロット48編)[2020年08月29日(Sat)]

横浜トリエンナーレ その2

◆もう一つの会場、〈プロット48〉も観た。

今回のテーマは《AFTERGLOW 光の破片をつかまえる》、企画を担ったのはインドの3人組アーティスト集団「ラクス・メディア・コレクティヴ」。
ラクス(raqs)とは、「ペルシャ語、アラビア語、ウルドゥー語で回転舞踊や旋回舞踊によって到達するある種の覚醒状態や、立ち現れてくる存在との一体感を表す言葉」だそうだ
公式サイトより
https://www.yokohamatriennale.jp/2020/concept/raqsmediacollective/

彼らのメッセージの結びを下に写しておく。

生命、宇宙、世界、そして日々の時間は数えきれないほどの行為を通じて、分解・再構成され、発光に守られて徐々に再建されていく。短い間の傷も、時間の有毒なかけらが放つ残光(afterglow)の中で回復していく。生命とは発光する独学者なのである。 (須川義行・訳)

本展に関するメッセージは⇒https://www.yokohamatriennale.jp/2020/concept/

***

◆〈プロット48〉の会場で最初に目が留まったのは、アモル・K・パティルの作品群。
とりわけ砂が回転する仕掛けになっている2点が興味深かった。

アモル・K・パティルDSCN4287-A.jpg

角火鉢の中の砂がうねりながら回る。

下の作品の足の中の砂も回る。上の角火鉢状の砂の動きは石臼を回す動きを思い出させて牧歌的ですらあったのが、両足の中で同様の砂の回転は、見る者の肉体が内側からこねくり回されて行くような感じを覚える。

アモル・K・パティルDSCN4289-A.jpg

コンセプトを伝えるボードの言葉によれば、手や足は毒にまみれている、というのだ。

作品群に添えられた作家のことば――

土壌、ほこり、風、金属、塩、硫黄、水銀、呼吸、そして毒が、この世界を作り変えている。汚染物質はもう生活の一部なのに、消化することは不可能だ。人生の崖っぷちで働く人々は身をもってその毒性を知っている。その暴力にぶつかり、そのむずかしさを理解している。インド社会で彼らが直面しているのは、ただ捨てるだけで、暮らしと毒の間に安全地帯をもうける発想をもたない、鈍感で根深い残酷さだ。反抗的な無数の目が訴える。こんなことは長続きしないぞ、と。根本からの変化が起こる。

***

DSCN4293川久保ジョイ「ディオゲネスを待ちながら」-A.JPG

川久保ジョイ「ディオゲネスを待ちながら」(部分)

作者の父が模写したグレコの作品群の周りの壁面全体に線と文字が書き込まれている。
人名あり、歴史上の事件あり。人間の歴史を彷徨するイメージの系図のように見える。

***

DSCN4306アリュアーイ・プリダン.JPG

南棟3階、アリュアーイ・プリダン(武玉玲 台湾)の、布を編んだものを中心とした作品群。

作者は台湾原住民族であるパイワン族の人という。
奥の壁面上部のボリュームある作品《満開》は、太陽のイメージだが、「美術手帖」のインタビュー記事によれば、モチーフは、パイワン族の女性が18歳で成人したときに引き継ぐ耳輪と腕輪だという。

DSCN4308アリュアーイ・プリダン[満開]−A.jpg

美術手帖7/31記事 [執筆]栖来(すみき)ひかり
https://bijutsutecho.com/magazine/series/s26/22428

混沌からの生命の誕生、もしくは闇中を照らす炎を表現したようなものある。

DSCN4309アリュアーイ・プリダン.JPG(部分)
アリュアーイ・プリダン「黒い堆積」

これも「美術手帖」の記事によれば〈パイワン族やルカイ族が平たい石を重ねてつくる伝統的な家のなかで、一家を支えてきた女性の智慧がテーマ〉という。

*今回台湾からは3名の参加ということだが、コロナ禍のため、来日は叶わず、ネットでのやりとりで準備が進められたそうだ。

*****

◆横浜美術館の会場でも感じたことだが、作家たちは今の世界が直面するさまざまな課題(環境・民族・ジェンダー・障害者・AI)と格闘しながらそれに表現を与えている。

それは他者に向かって自己を開放し、観る者に手を差し出す行為だ。何かを受けわたそうとする切実な行為だ。
作家が対象としているのはこの世界の森羅万象と、その中に棲息している人間存在なのだから、映像であれ、作品に付されたメッセージであれ、鑑賞者が何かを感じたとすれば、それは彼が意識している(あるいは意識にとらえようと模索中である)問題や事態について、作家が光を当ててくれたたことを意味する。「これを作った人も同じことを見つめているんだ」と感じられるかどうかが鍵になる。それには、会場の作品の前に実際に立つことが現代アートにおいても不可欠だ。

◆そのためには、来場者を無理なく誘導し(矢印マークを置け、という意味ではない)、可能な限りさまざまな角度から作品に接することができる配慮が必要だろう。
作者名や作品名とそのコンセプトを解説した案内ボードは近づかなくても読める程度の大きさと少なめの文字数にとどめて、何よりもまず「作品に出会う」事件が現場で起きるよう工夫する余地はずいぶんある、と感じた。

◆また、あとあと気になってくる作品というものもある。
そうそう何度も会場に足を運べるわけではない。体験を記憶に定着させたい人のために、3D動画というのか、さまざまな角度から作品を眺めなおすことができる映像をネットで視られるようにする、という工夫も可能なのではないか。

*〈プロット48〉の会場入口に黒い可動式の鉄柵があったが、あれも作品だったと後で知った。
ジョイス・ホー(何采柔)の作品『バランシング・アクトIII』とのこと。)
何かしら案内か、見やすい表示があるべきだろう。

*また、3階まである会場内を階段で移動したとき、内装工事の作業途中のような部分がいくつかあった。それも作品かもと、落ち着かない気分で通ることになった。
観る者の意識は移動につれてアナログ的にフェード・アウト/フェード・インするものだから、夾雑物が挟まると目と頭にノイズが紛れ込む。10/11の会期末まで未だ時間があるのだから改善して欲しい点だ。





アベ首相退陣――公正な世界を取り戻すとき[2020年08月28日(Fri)]

◆アベ首相、ようやく辞任。
予想されていたことだが、持病再発を理由にした今日の辞任会見では、記者たちの質問も矛先が鈍った。
アベ氏自身が説明し責任を取るべき問題――森友・加計疑惑、河井夫妻買収事件などアベ氏自身の関与が疑われる事件の数々、北方領土・拉致被害者、モーリシャスの重油汚染放置など、「結果を出す」どころか、実績ゼロに終わった外交――これらに全く頬被りしたまま降板することが許されるはずはない。
 *(こうした批判を書く際に「〜許されるだろうか。」という疑問や反語で迫る修辞法がある。社説などでおなじみの表現だ。しかし、これまで国会審議や記者会見から分かることは、アベ氏は疑問をぶつけられると話をズラし――いわゆる「ごはん論法」がその典型――反語によって胸襟を開くよう促してもガードを固くするばかりか、時に逆ギレしたりヤジを飛ばす、といった始末の悪い癖があることだ。ワンパターンと言えるほど、いつも似たような反応を示して来た。
一般に反語は、情と理を尽くして相手に訴えることで、相手の変化や歩み寄りを期待して使うことが普通だ。しかしアベ氏を筆頭に閣僚たちも疑問・反語が通じない人が多い印象だ。
身を守るためにまとった鎧が、堅さと厚みを増した結果なのだろうと推測する。
よって、批判が通じない人に向けては、疑問や反語を極力使わないようにしている。)

◆安倍政権の最大の負の遺産は、それまでの政府解釈変更で強行した憲法破壊の安保法制だ。
大震災と原発過酷事故以後の混乱に乗じて政権復帰を果たして以後の政権は、政治倫理をドブに捨てたまま、ごまかしと禁じ手の乱発を続けた挙げ句に、今度はコロナ禍打開の隘路にはまったまま、再び退陣に至った。
皮肉な結果だと揶揄する気分にはなれない。
経済衰退と生活の窮乏はこれから更に深刻さを増して行くからだ。

せめて「公正」さと「ぜんたいの幸福」を実現するために邁進する政治を。

*******


ネッラ・ファンタジア  キアラ・フェラウ

私のファンタジーでは、公正な世界を思い描く
そこでは全ての人たちは平和に、誠実に生きている
空を舞う雲のように、
常に自由な魂を夢見る
人間性に溢れる魂を


*CD『Greatest Diva Classic』より「Nella fantasia」の前半。

◆エンニオ・モリコーネが映画「ミッション」の挿入曲として書いた「ガブリエルのオーボエ」。それに詞を付けて歌いたいと懇望したサラ・ブライトマンがモリコーネ説得に成功して歌い始め、多くの歌手たちがカバーするようになった歌。
作詞はキアラ・フェラウ(Chiara Ferraù)という人。

*上のCDではサラ・オレインという歌手が歌っているのだが、ライナーノートに訳者の名が記していない。
すぐ次に同じくモリコーネ作曲の「シネマ・パラディーゾ」=映画〈ニューシネマパラダイス〉のテーマ曲が入っていて。その詞には訳者として小林誠一氏の名前が明記されている。同じくイタリア語の詞であるから「ネッラ・ファンタジア」も小林氏なのかも知れないが、いま確認のすべがない。判明したら追記することとしたい。

◆「基礎科学研究所」のサイト内、副所長さんのブログに、サラ・ブライトマンほかさまざまな演奏家による歌唱&演奏がアップされていて、かつ元の映画『ミッション』の「ガブリエルのオーボエ」も聞くことができる。

http://jein.jp/jifs/blog-matsuda/promenade/world-music/855-item7.html

 
〈すべてを/開いた/ままに〉[2020年08月27日(Thu)]

ジョナス・メカス(1922-2019年)の「森の中で」の7を――

(今日 いちにち 私は……) ジョナス・メカス
     「森の中で」7  訳:村田郁夫

今日
いちにち
私は
ひとりだけで
いる、
自分と
ともに
ひとりだけで、
そして

私は
ふたたび
始めから
試みる、
すべてを
理解
しようと、

いつも

から、
始め
から――


名詞
たち、
動詞
たち、
事物たち――

始め
から
一語
ごと
に、
思想
ごと
に、
行動
ごと
に、

私は
自分自身を
組み立てようと
試みる、

すべてを
開いた
ままにして、

どこに
行くかも
分からぬ
ままに――


ただ
直観

即興

導か
れ、

堅く
踏み
固められた
道を
避け
ながら

(それらの道が
どこに
導くか
私は
知っている
ヨー
ロッパよ!)

まっ
すぐな
直線を――

歩むときは、
たとえ
回り道で
あっても、
捜し
求めて、
そして
急が
ないで――

もはや
行く
ところも
なく
これ以上
見る
もの

ない


―――
それゆえ
わたしは歩む、
あちらに
行ったり、
こちらに
来たり、
いかなる
目的も
もたず、

どんな
新しい
ことにも、
どんな
変則な
ことにも、
耳を
傾け


心臓の
鼓動
にも、

新しい
言葉や、
意味を
もたない
音声
にも、

魂の
ささやき
にも、

ふたたび
始め
から
真理を
開こうと
試みながら――

問い
によって
でも
答え
によって
でもなく、

運を
天に
まかせて――

論理

意味

捨てて。

(私は
知っている、
ヨー
ロッパよ、
おまえの
論理を、
そして
おまえの
意味
を!)

それゆえ
私は
更に進む
もはや
盲目同然で
光も
なく――

手さぐりで
捜しながら、
そして
いつも
耳を
澄まし
ながら、
指先

触れながら、
そして
しばしば
迷いながら、

何世紀も
古くから
あった
本道から
分かれた
小径
たちと
擦れ合い
ながら。

ときどき
自分の
指の
うえに、
目の
うえに
私は感じる

爽やかな
風の
流れ
を――

ときたま
まれに、
光の
滴が
飛び
散る、
まるで
火花

ように

数瞬の
あいだ
すべての
視界を
照らし
て――

そして
ふたたび
暗闇が
覆う――


 村田郁夫・訳『ジョナス・メカス詩集』(書肆山田、2019年)

◆〈人生の秘密を 解く〉(前回の「森の中で」6参照)には、言葉・思想・行動を一つずつほぐして自分自身を組み立てる作業が必要だ、と言う。
だが、孤独ではあってもそれは密室の中で行うことではない。
〈すべてを/開いた/ままにして、〉
〈ただ/直観/と/即興/に/導か/れ、〉
新たに構築するいとなみだ。

既成のやり方は注意深く排される。どんなに堅固にそびえ立つようであっても、ヨーロッパがどの様な帰趨をたどったか、そこに動員された論理や人々がそれらに与えた意味については、すでにじゅうぶん分かっているからだ。

◆「森の中で」全体を通じて、改行や章の切れ目に長短さまざまな沈黙があること、それらが詩のことばたちの連なりに伏流しているものであると感じられる。
それは、渡るよう促す吊り橋のようなものだ。

森の中の暗闇や茫茫たる荒野を手さぐりで探索する旅なのだが、風の流れは向かうべき先を示しているようであり、時に光が飛び散って視界をひらく。

ジョナス・メカスの公式サイトが現在も維持されており、彼のスピーチや詩の朗読を動画で見ることができるのは福音だ。
http://jonasmekas.com/diary/


〈沈黙の なかに 私は 沈む〉[2020年08月26日(Wed)]


(今日の 時代 いっさいの ものが……)
            ジョナス・メカス

 「森の中で」6  訳:村田郁夫

今日の
時代
いっさいの
ものが
崩壊してしまった

なにもかも
意味をもたない、

ひとり
私は歩く、
事物の
あいだを。

私は
なにごとにも
憧れない、

ただ
私は渇く
私は渇く
重い
空の
下で。

そうだ、
私は
瞬間、
瞬間を
切り取ることが
できる。

私は
ひとり
座って
窓を
眺める。

昼ひなか
通りの
喧噪は
まるで
ナイフの
ようだ。

私は
分からない、
私は
どうしたら
自分自身を
支えられるか、
どうしたら
崩れず、
倒れないで
いられるか――

私は
じっと
手を
見る、
どのように
血管が
絡み合っているか――

しかし
私は
解くことが
できない、
人生

秘密を、

ただ
沈黙の
なかに
私は
沈む。



『ジョナス・メカス詩集』(村田郁夫・訳 書肆山田、2019年)より


◆8篇からなる「森の中で」の第6。
題名の「森の中で」とは、〈人生の 道のりの なかばを 過ぎ〉て立っている地点・状況を指す。
そこには〈街道も なければ 小径さえ ない〉という。
だがそこからふたたび私自身を始める。
周りには〈夜があるばかり〉(以上の引用はすべて「第1」より)。

「第2」「第3」では先へと進むための模索と過去への遡行が語られる。
「第4」では、友人たちとどんなに隔たってしまったか、先の見えない空間に宙吊りにされた孤独を歌う。魂の言葉で結びつけられているのは確かなはずなのに。

「第5」は〈ヨーロッパ〉への愛憎を歌う。
私を育て少年時代を打ち砕き、かつ今もそこからの〈落ち こぼれて〉いると自覚するところの精神文化と文明衰亡の歴史。

◆以上に続く「第6」は、手探りの旅の未だ半ばである。
価値崩壊と混乱の時代に確実に感じられるのは己の動物的な「渇き」だ。
ならば、己の身体から再スタートするしかない。
自分の「手」を見つめ、沈思するほかない。



ブズギム[2020年08月25日(Tue)]

DSCN4281.JPG



大地の不思議な音楽  ジョナス・メカス
  〈セメニシュケイの牧歌 11〉 訳:村田郁夫


ガラスにハエがぶつかって羽ばたくブズギムという音、
ゆりかごのまわりで足をくすぐる微かな音とともに、
音の世界、不思議な音楽が、私たちのなかに目覚める、
そして、墓地の沈黙にいたるまで伴奏する。

昔ながらの糸車の音、井戸の桶のひびき、
あるいは、冬――遠くの橇のやわらかな鈴音
そして、戸のきしむ音、犬の吠え声、
地ならしのローラーの音、亜麻をほぐす回転軸の重い音、
踏みかためられた粘土地のうえをゆく馬の脚音……
また、夕方――遠くに聞こえる民謡の歌声、
あるいは、菩提樹の密生地のカブトムシのブンブン、
クローバー畠の最後のひと振りが切る鎌の音。
あ―、風との接触、生温かい靄との触れ合い、
落ちてくる雨のしずくの屋根を打つ音、
木の葉のそよぎ、臆病なヤマナラシの木の震え、
松林に降りかかる秋の雨、
傍らを行き来するツバメの飛行、
耕地に深く食い込む木の根っこ――
これらの音は、いつも、ほかの囁きを残していく。
そして、杭を打つ音、森のギィーときしむ音、
脱穀機の唸る音、わら束の置かれた納屋の物音、
ライ麦畠の刈り入れ機の騒音―
それらは、いつも、いつも、ほかの音を残していく。

そして、墓地にいるとき、緑の松の木の下にいるとき、
ああ、そのときの、そして、その最後の瞬間の静けさにも、――
あるいは、墓の鐘の音が消え、
門が固く閉められ、閉ざされたときにも――
ああ、それは、決して、沈黙はしていない、
それは、よく知られている、交響音、
終わっていない音の紡ぎが、君の耳に歌い込む、――
それは、響いて、谺する、驚くべき大地の音楽、
木の根による、黒い土の手による
太陽の弦による
音楽。


『ジョナス・メカス詩集』(村田郁夫・訳 書肆山田、2019年)より


◆冒頭の「ブズギム」がたちまち音の世界を立ち上げる。
ハエがガラスにぶつかる音、これがたちまち記憶の原郷を目の前に広げてくれる。

ここには生き物たちと人々の暮らしが豊かに交響している。
個々の誕生のはるか昔から準備され通奏されていた音たち。
日の光のもとで湧き起こる音、また音……。
地上の生を終えたのちも、こだまして奏で続けられてゆく音たち。

思えば、大地の上で耳にする虫の羽音や風の音、農夫たちが耕し刈り入れる音……それらはそれぞれに生きてそこに在ることを歌っているのだった。

ハエが姿を消した当今の暮らししか知らない人にはピンと来ないだろうか?



〈沈黙に 耳を 澄ましながら〉[2020年08月24日(Mon)]

DSCN4339山本一弥「Ground Pillar」2016年(みなとみらい野村不動産ビル前)-A.jpg
山本一弥「Ground Pillar」 (2016年)
横浜みなとみらいの野村不動産ビル前

***

 〈森の中で 2〉より  ジョナス・メカス

ふたたび
また
ふたたび、
語られなかった
自分の
存在の
意味と、
目的に
到達しよう
到達しようと
努めながら――


いつも
いつも
問いながら
問いながら
あらためて
沈黙に、
沈黙に
耳を
澄ましながら、

沈黙が
決して
語らぬ
ことを
知ら
ないで、

いかなる
問い
にも
答えは
ただ
沈黙、
沈黙しか
ないことを
知らないで――

私は
なおも
歩む、
沈黙を
信じないで、

むなしく
事物

触れながら
触れながら
そして
凭れながら――


冷たい
視線で
かれらは
突き刺す
かれらは
突き刺す
かれらは
突き刺す
そして
開かれぬ
まま
押し黙った
ままで
いる、


存在の
共謀の中で。



*『ジョナス・メカス詩集』訳=村田郁夫(書肆山田、2019年)、
「森の中で」の2の後半部分。

◆ここで問いは自分に向けられているのだが、切実に自らに向けられた問いは同時に、この社会と世界全体にも突きつけられずにはいないだろう。

*ジョナス・メカス(1922-2019)は映像作家、詩人。
リトアニア出身でナチスによる収容所生活とそこからの脱出、逃避行を経験。戦後アメリカに渡って活躍した。

〈われ等あまりにも しなれたことをしすぎるよ〉[2020年08月23日(Sun)]

DSCN4272.JPG
ホウセンカ


*******

山巓の気  堀口大學

汚邪(をや)の地を去つて
山巓(さんてん)の気に立たう。
われらあまりにも
巷塵の濁悪(ぢよくあく)に慣れた。

聴け、天の声、
若い嵐が中空(なかぞら)高く歌ひ出す、
喨々(りやうりやう)と空間を馳せ、
雲にこだまし、
星々に呼びかける。

ああ、平地!
われ等あまりにも平地に棲んで、
しなれたことをしすぎるよ!
(うた)
山巓の気に立たう。



串田孫一・田中清光『山の詩集』(筑摩書房、1991年)より

*汚邪…汚れて邪悪な
*山巓…山頂
*巷塵…俗世間のちり、俗塵
*濁悪…汚れや罪悪  
  cf・五濁…末世に起こる悪しき現象。十悪…人間の身・口・意が作る罪悪の数々
*喨々…音が明るく響き渡るさま

◆「しなれたことをしすぎる」のは善人にとっても悪人にとってもよろしくない。

ニューヨーク・タイムズがデジタルニュースの拠点を香港から(東京)ではなくソウルに移したのは、東京には「報道の自由」がないからだ、とする記事を読んでこの詩を思い出した。

この国の記者クラブ制の弊害、事前通告された質問に原稿読み上げ答弁、臨時国会の要求に応えないのは憲法違反ではないかという疑問に何ら答えない政府・与党、それをまともに追及しないメディア各社、経験のない事態には様子見をむねとし、政権維持と内輪への利益分配を最優先する……しなれたことをしすぎて、山がちの島国のそうでなくても狭い平地は、五濁十悪の汚泥にまみれているからである。

浅野健一〈ハーバー・ビジネス・オンライン 8月21日記事〉
【ニューヨーク・タイムズの香港拠点が、東京ではなくソウルへ移転した「本当の理由」】
https://hbol.jp/226189


〈相州自由民権資料展〉開催中[2020年08月22日(Sat)]

DSCN4285.JPG
旱天続きだが稲の葉に夜露がたたえられていた。
天からの恵みのしずくを一粒もムダにすまいと健気だ。

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相州自由民権資料展 開催中  

相州自由民権資料展が伊勢原市の雨岳文庫で開かれている(主催:雨岳民権の会)。

「自由民権資料展」お知らせ
http://www.ugakubunko.com/htdocs/?page_id=45

雨岳文庫として現在公開されている山口家は、八代目当主の左七郎(1849-1912)が湘南社の社長として自由民権運動を展開した人物として知られ、多数の自由民権資料が保存されて来た。
それらの整理・公開とともに、相州(相模川以西を中心とする旧相模の国)を探訪する「民権散歩」によって、民権運動に携わった先人たちを再発見する取り組みが精力的に続けられて来た。その成果を公開する企画である。

公開日は土・日の10:00〜15:00で、当初8月30日までの予定のところ、9月まで延長となったとのこと。

雨岳文庫=山口家住宅…伊勢原市上粕屋862の1
◇雨岳文庫の公式サイト(トップページ)は…
http://www.ugakubunko.com/htdocs/?page_id=13

◇本展では、湘南社と関係の深い中島信行・俊子夫妻の別荘があった場所を示す資料がある。第一回の民権散歩:大磯編に際して発見された、隣地との境界を示す標柱である。

【本展資料より】


スキャン_20200822 (17)-補正Y.png



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【拙ブログの関連記事】

大磯をあるく(1) 2017年2月27日】
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/432

その折りに案内していただいた標柱のひとつ↓ 
(傾斜地に横たわっていたものを1/4回転させた画像)
DSCN9992-A.jpg




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