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藪中の椿の実[2020年07月21日(Tue)]

DSCN3899.JPG

◆車を走らせているとやぶの中に青く丸い実がいくつかぶら下がっているのが見えた。
色んな葉が見えて何の実なのか、良く分からない。

帰宅後、改めて現場を訪れて最初に撮ったのが上の一枚。
蔓性の植物など入り乱れていて、これだけでは分かりにくい。

殆ど藪になっているのを目で解きほぐすようにして右手の藪陰に回って見たら、色づきかけた実が葉っぱとともに顔をのぞかせた。

DSCN3909.JPG

渋くかつ艶やかな茶色の実と、それを包むような鮮やかな緑の葉が釣り合っている。
茶の湯のたしなみなど持ち合わせないが、茶席にさり気なく置いて点ずるのも似つかわしいのではないか。

◆それにしても最初の青い実たちは、葉の掩護もなければ枝々の支援もない。日照に恵まれず、色づくのも遅いのだろう。有り難くない環境に根を張った結果の「青成」たちではある。

だが、どうだろう。季節が移り周りの蔓が葉を落とす頃には、数等頼もしい姿に変貌しているのではないか。
あるいは何年か先には、藪の勢力争いに変化が生じているかも知れないのだし、別様の共生状態を見せているかも知れないではないか。ある時点の姿をとらえて憶測しても始まらない。
せっかちな人間はやはり木に及ばない、と思い直した。

新井豊美のエッセイ〈「空虚」を抱く行為〉に次の一節があった。

木は自ずから立っている。
ひとは木のように立つことができない。


この2行には、さらに次の言葉が続く。

木のようには立つことができない「わたし」が、言葉に支えられることによって僅かに立つのである。いや、その木さえ言葉によって示されたものではなかったのだろうか。

*現代詩文庫『新井豊美詩集』(思潮社、1994年)より

「言葉」という語が「葉」という文字を含むことには、そう表現してきた人々に共有された「ことば」というもののイメージがきっとあるだろう。





リスのこと[2020年07月20日(Mon)]

DSCN3919アカメガシワ幼果.JPG

2週間ほど前に載せたアカメガシワの、これは道にかぶさるほどに立派な成木。
青い実をいっぱい付けていた。雌雄異株とのこと。

【7/8記事の写真】⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1640

***

◆今朝、歩道にリスが横たわっていた。
車に撥ねられるかして、もう昇天したか、と見えたので、環境事業局(ゴミ回収の元締めだ)に収容依頼の電話を入れた。

一時間あまりして、見に来た職員から電話があったらしい。
それによると、未だ生きており、生きている小動物は保健所の担当なので環境事業局賭しては引き取れない、との話であったという。
保健所に連絡してくれたのか、はっきりしない。連絡したところでコロナ対応に忙しい(今日も市内で一名新たな感染者が出ている)保健所も、人を寄越す余裕はないだろうと危ぶんだ。

◆さらに一時間以上経って、確かめに行ってみたら、リスの姿はなかった。

保健所が収容に来てくれたのなら幸いだ。
だが、未だその辺に身を潜めているのなら、その先がまた心配される。
歩道の下は田んぼだが10メートルほども下。手近な林までも距離があり、コンクリートのきつい斜面をたどらないと安全圏には行き着けない。このあたりには猛禽類も飛んでいるからだ。

夕方の散歩であらためて路肩を注意深く探したが、やっぱりリスの姿はなかった。

朝遭遇したときは、気を失っていただけだったのだろうか?
どう落着したか分からないながら、ともかく回復し自力で安全な林に移動したと想像して置くほかない。

(このところ、今一つ夢見が悪い。おとといの夢などは、目の前をオスプレイが飛んで行き、なぜか旋回して戻って来たと思ったら、不安定な動きをしながら飛びすさり、1〜2キロ先に墜落炎上するという剣呑なものだった。無音の夢で、間近で見上げた機体の金属と、遠くに上がった炎の色がやけに鮮やかであった。)



原田宗典〈そうじゃなくてもいいけどさ〉[2020年07月19日(Sun)]

DSCN3883.JPG
ショウリョウバッタ。
葉にまったく同化している。
緑色だけでなく、葉の茶色く裏枯れた色にまで同時に己を似せる。

*******


そうじゃなくてもいいけどさ  原田宗典

そうじゃない。
そうじゃなくてさ。
そうじゃなくてもいいけどさ。
こうであってもいいだろう。
そうじゃなくてさ。
ああじゃないか。
どう?
そうじゃないのか。
そうなのか。
そうなのか?



原田宗典『青空について』(光文社、1999年)より。

◆最後に「そうなのか!」と付け加えたくなるのを、グッと我慢している詩。
訳知り顔をさらすのは性に合わないと知っているからだろう。




石垣りん「空をかついで」[2020年07月18日(Sat)]

DSCN3880.JPG
梅雨空の下、頼れる先を尋ねあぐねて妙な絡まり具合の葛(くず)。


***

空をかついで 石垣りん

肩は
くびの付け根から
なだらかにのびて。
肩は
地平線のように
つながって。
人はみんなで
空をかついで
きのうからきょうへと。
子どもよ
おまえのその肩に
おとなたちは
きょうからあしたを移しかえる。
この重たさを
この輝きと暗やみを
あまりにちいさいその肩に。
少しずつ
少しずつ。



粕谷栄市・編『石垣りん詩集』(ハルキ文庫、1998年)

◆未来に待っているのは輝かしいものばかりではない。
黒雲の中に迷い込んで何も見えないかもしれない。

先行する世代が次の時代へと遺すものも、後代が感謝してくれるものばかりとは限らない。
重たいから価値があるとは限らないのは舌切り雀の欲張り爺さんが先例を示してくれている。

負の遺産と言うやつが長く子どもたちを苦しめることになりそうで見通しの芳しくないこの頃だ。ならばせめて一気にそれを受けわたすのでなしに、と願うのは思いやりというものだろう。
――国の借金の話だけれど。





淵上毛銭「背中」[2020年07月17日(Fri)]

DSCN3879.JPG
自転車の荷台にいたカエル、レンズを近づけたら厄介を避けて姿を消した。
どこへ行ったかと探したら、下のスポークに飛び移っていた。
目にも留まらぬ早業というほかなく、さぞ鮮やかな身のこなしだっただろう、と想像するばかり。

*******

背中    淵上毛銭

人間は
あつといふ間に
過去をつくつてしまふやうに
出来てゐる

おゝ懐しい背中よと
世間には一切お構ひなしで
背中が生きてゐる限り
過去も間違ひなく
安心してついてくる

ついて来て呉れるので
人間も安心なんだ
やはり人間いつも達者で
背中のことなど
忘れてゐたい

いつも
すぐそこにある背中だが
おいそれと見ることのできない
さびしさよ


『昭和詩集(一)』(新潮社・日本詩人全集33、1969年)より。

◆淵上毛銭(ふちがみもうせん 1915-1950)は熊本剣水俣市陣内に生まれた人。
脊椎カリエスを病み、長く病牀にあったという。

◆結句、「さびしさよ」と手放しに嘆くことは、今日では流行らないやり方だろう。
自分では見ることのできない背中を、読者には恥じずに見せているようでいて、実はその背中で演じているような感じがつきまとうからである。
もっとも作者はそのことを隠さない。冒頭に「過去をつくつてしまふ」と書いてあるとおり、わが背中が引きつれている過去を見ようとする者に対しては、月の裏側のように同じ面を「作って」見せることが常である。それは過ぎたことだから、生きている限りどのようにも作ることができる。
だが、その反対側、未来の方はそうは行かない。
作者のように病を抱えているのでなくても、人間、先のことなど分からないからである。


雨宮処凛と相模原やまゆり園事件[2020年07月16日(Thu)]

DSCN3876.JPG

◆相模原のやまゆり園事件から4年を迎える7月、雨宮処凛による『相模原事件裁判傍聴記』が出版されるという。

《マガジン9》の「雨宮処凛がゆく!」にも記事がアップされた。
『生きる意味・価値を問うという傲慢〜『谷間の生霊たち』と相模原事件・傍聴記。の巻
https://maga9.jp/200714-1/

◆雨宮は「無条件の生存の肯定」が当たり前になる社会を目指してワーキングプアの問題に深くコミットしてきた。
上の記事で、雨宮は障害者運動に詳しい荒井裕樹(二松学舎大学准教授)と対談し、荒井の次の言葉を紹介している。

相模原事件の植松聖・死刑囚が突きつけた「障害者に生きる意味なんてあるの?」いうフレーズについてだ。

【荒井】
「これって、論理的にものすごく卑怯な言い方なんですね。どういうことかって言うと、『障害者に生きる意味なんてあるの?』という言葉に反論しようとすると、反論する側に『障害者の生きる意味』を立証する責任が出てきてしまうんですよね。それって、ずるくないですか。この問いを突き付けられること自体が暴力なんだっていうことを言ってかなきゃだめな話なんですよね」

「だから、その問い自体が差別であり、暴力なんだと、根本的なところから訴えていかなきゃいけないんだろうなと思います」


◆「生きる意味があるのか?」と問われてたじろぐ人は少なからずいるはずだが、たいていは、それをかわして(=自分に直接向けられた問いではない、とみなすことで)日々を生きて行く。ただし、苦いものが口中に広がった感じを抱えながら。

一方で苦さで済まない震えを感じ続ける者もいる。のど元にじかに刃物を押し当てられたのはほかならぬ自分だと感じる人々だ。
恐怖は「生きる意味なんてあるの?」と差別と暴力にさらされたことから来る。
この言葉は問いの形をとりながら、相手は答えることができないことを承知で発せられた問い詰めにほかならない。障がい者を痛めつけ追い詰めるナイフである。

◆雨宮は死刑制度についても次のように記す。

……植松は、「お前の生に価値はない」と勝手に決めつけた。それだけでなく、実際に、命を奪った。書きながら、改めて、そのことへの深い深い怒りに震えている。そんな植松に、司法は「お前こそ生きている価値はない」と死刑判決を下した。「障害者はいらない」と殺した植松に「お前こそいらない」と極刑が下される。そうして裁判は終わったが、そのことに強烈な違和感を抱いているのは私だけではないだろう。

死刑は当然、と考えて幕引きを済ます者は、ナイフはわが喉もとに向けられてはいないと根拠のない確信で枕を高くして眠ることができる、ということだろう。すなわち恐れる人間の存在は視野から消えて、悲劇は再びどこかで、さまざまにヴァリエーションとして繰り返されるだろう。


ゴビのテレヴィ[2020年07月15日(Wed)]

DSCN3875.JPG
雲に魅入られる人の気持ちが分かる気がする。

*******


文明  財部鳥子

砂漠に延々と延々とつながる
ひょろひょろとした電柱は
ときには情けなく傾いたり 倒れたり
「やはり電気の出力はよわいですね」とガイドがいう

ゴビの果ての村の単調な永遠を引立てるように
極彩色の女たちは風にはためいていた
あらぬ夢を見ている蜃気楼のように
はでな赤や紫や金ラメのワンピースは砂のなかの幻のよう

砂漠のかすかな電力は 夕べ早くも
彼女たちの砂まみれのハイヒールを ポプラ並木を
ぶどう棚のトンネルを 暗闇に沈めてしまう
あざやかな残像とかぐわしさをのこして

彼女たちは電灯を消して
テレヴィの青白い画像の前に夕食をしつらえる
テレヴィはまるで家長だ
青い光に集まって家族は羊を食べている

このいじらしい文明は ゴビと
地軸の傾斜のまま大地に触れている
豪奢な星のかがやきに
孤立無援に ひしひしと囲まれている

ひるま 村の塀に「不怕戈壁」と大書してあるのを見た
――ゴビを恐れず と
だから遠い村落にも青いひかり苔が
夜はちらちらと発光しているのだ


現代詩文庫『財部鳥子詩集』(思潮社、1997年)より

◆夜遅くのニュース番組の終わりに高層ビル群の夜景の空中映像などが流れていたりすると、それは繁華の象徴ではあっても文明の証拠とは言えない気がすることがある。

それに対置させるように上の詩を読むと、砂漠の闇の中の乏しい電力による青い明滅が、むしろ確かな「文明」であるように浮かび上がる。
恐らくはそんな村にもテレヴィが、ということではなく、そこにはるか昔から人間が生きてきたという事実の圧倒的な力によって。


木原孝一「鎮魂歌」[2020年07月14日(Tue)]

DSCN3872.JPG
外に結んで置いたレジ袋にカエルがいた。
有料化で貴重になったレジ袋をしっかりキープして置こうとの構え。

*******

木原孝一の代表作と言えば、「鎮魂歌」だろう。
弟の死がモチーフになっている。

鎮魂歌   木原孝一            


     弟よ おまえのほうからはよく見えるだろう
     こちらからは 何も見えない

昭和三年 春
弟よ おまえの
二回目の誕生日に
キャッチボオルの硬球がそれて
おまえのやわらかい大脳にあたった
それはどこか未来のある一瞬からはね返ったのだ
泣き叫ぶおまえには
そのとき 何が起こったのかわからなかった

   一九二八年
   世界の中心からそれたボオルが
   ひとりの支那の将軍を暗殺した* そのとき
   われわれには
   何が起こったのかわからなかった

昭和八年 春
弟よ おまえは
小学校の鉄の門を 一年遅れてくぐった
林檎がひとつと 梨がふたつで いくつ?
みいっつ
子山羊が七匹います 狼が 三匹喰べました 何匹残る?
わからない わからない
おまえの傷ついた大脳には
ちいさな百舌が棲んでいたのだ

   一九三三年
   孤立せる東洋の最強国 国際連盟を脱退
   四十二対一 その算術ができなかった
   狂いはじめたのはわれわれではなかったか?

昭和十四年 春
弟よ おまえは
ちいさな模型飛行機をつくりあげた
晴れた空を 捲きゴムのコンドルはよく飛んだ
おまえは その行方を追って
見知らぬ町から町へ 大脳のなかの百舌とともにさまよった
おまえは夜になって帰ってきたが
そのとき
おまえはおまえの帰るべき場所が
世界の何処にもないことを知ったのだ

   一九三九年
   無差別爆撃がはじまった**
   宣言や条約とともに 家も 人間も焼きつくされる
   われわれの帰るべき場所がどこにあったか?

昭和二十年
五月二十四日の夜が明けると
弟よ おまえは黒焦げの燃えがらだった
薪を積んで 残った骨をのせて 石油をかけて
弟よ わたしは おまえを焼いた
おまえの盲いた大脳には
味方も 敵も アメリカも アジアもなかったろう
立ちのぼるひとすじの煙りのなかの
おまえの もの問いたげな ふたつの眼に
わたしは何を答えればいいのか?
おお
おまえは おまえの好きな場所へ帰るのだ
算術のいらない国へ帰るのだ

   一九五五年
   戦争が終わって 十年 経った
   弟よ
   おまえのほうからはよく見えるだろう
   わたしには いま
   何処で 何が起こっているのか よくわからない


山下洪文・編『血のいろの降る雪 木原孝一アンソロジー』(未知谷、2017年)より

1928年の支那の将軍暗殺とは関東軍による張作霖爆殺事件。
**1939年の無差別爆撃とは、1938年暮れに始まった日本軍による重慶爆撃を指しているだろうか。
あるいは最初の無差別空爆とされる、1937年のナチス政権下のドイツ空軍によるゲルニカ爆撃をイメージしているかも知れない。

詩全体は空襲で命を落とした弟の短い生涯をたどり、生き残った「わたし」の、未来を見失い彷徨するほかない嘆きをうたう。



木原孝一「広場」[2020年07月13日(Mon)]

DSCN3774コガネムシ並んで.JPG

木の葉にコガネムシが並んで乗っかっていた。虫食いだらけの葉っぱが目に付いた。食欲旺盛なのだろう。

*******


広場  木原孝一

    ぼくのこころの隅には
    ちいさな広場がある
    そこは
    いつでも陽のあたっている場所だ
いま
ひとりの少年が
吊環にぶらさがって未来を蹴った
    「そうだ」
    きみの両腕のささえているバランスが
    世界そのものなのだ」

遠いところで
ひとりの少女が
ブランコをゆすりながら時間をはかっている
    「その秤には
    あらゆる人間の
    夢と コンプレックスがのっているのだ」

その向うでは
もっとちいさな子供たちが
錆びた階段を 文明にむかって昇りはじめる
    「きみたちの
    反対側にあるのは滑り台だ
    さあ 転げ落ちないようにしたまえ」

    ぼくのこころのなかで
    あかいおおきな夕陽が燃え落ちると
    広場はだんだん
    影の部分にはいってゆく


山下洪文・編『血のいろの降る雪 木原孝一アンソロジー』(未知谷、2017年)より。

◆第一連の「いま……未来を蹴った」という詩句が印象的だ。
3連いずれも、あやういバランスや暗転をはらんだ子どもたちの姿を描くが、未来は、実に彼ら自身がその肉体ぜんたいと感受性を駆使して引き寄せるものである以上、「ぼく」ができるのは彼らを励まし、未来を彼らに託して祈ることだけなのだ。

1945年2月に病を得て硫黄島から帰還(硫黄島守備隊の玉砕はその翌月)、5月24日の東京大空襲で弟・清治を喪った痛恨の経験を持つ木原の詩は、「広場」のような向日性の強い詩においても陽の光は影とともにとらえられている。生の背中に死が張り付いている、と言おうか。

最終連で広場に広がってゆく「影」は、夕陽が燃え落ちたから現れたのではない。
昼の陽光とともにすでに魂には見えていた「影」であったのだ。

◆詩「広場」には大中恩が曲を付けている。 
中原中也の「骨」、深尾須磨子の「さすらい」、室生犀星の「はたらいた人達」・「昨日いらっしって下さい」とともに『五つの現代詩』として曲集にまとめられ、演奏会でも取り上げられているようだ。
ネット上にも歌唱の動画がアップされている。ありがたい時代だ。
その一つを下に貼り付けて置く。

伊東大智(テノール)+ 西本久美子(ピアノ)による演奏(2010年)
https://www.youtube.com/watch?v=X__wVk6puu4


木原孝一「ちいさな橋」[2020年07月12日(Sun)]

DSCN3816.JPG

(あぜ)にアオサギが並んでいた。この四羽のほかに左方にもう一羽いたのだが、四羽のソーシャル・ディスタンスの列には加わらないままだった。
もっともこの四羽も、思い思いのポーズで、間合いも律儀な等間隔ではない。

*******

ちいさな橋  木原孝一

生まれたその日から
そのことだけを習ってきた
この世界に橋を架ける できるだけ多く橋を架ける

朝の逆光線のなかで
私はビルとビルとの細い隙間に橋を架ける
目的もなく
かけあしで急ぐひとの 心と心の裂けめに橋を架ける
だが
引き裂かれた心と心とのあいだは
もうだれの手にもとどかない距離になっている

夕暮れの赤外線のなかで
私は過ぎゆく瞬間と来るべき瞬間に橋を架ける
理由もなく
うなだれて歩くひとの愛と憎しみのあいだに橋を架ける
そしていつかは
人間と人間とのあいだに 時と場所とのあいだに
どんな暴風雨にもこわれない橋が完成されるのを夢みる

生まれたそのときから
このことだけを考えて生きてきた
この世界に橋を架ける できるだけ多くの橋を架ける



山下洪文『木原孝一アンソロジー 血のいろの降る雪』(未知谷、2017年)より

***

◆沖縄の米軍基地に60名以上のクラスターが発生したとの報。
日米地位協定のおかげで彼らは検疫も免除されている。
日本の基地から韓国に移動して、現地での検疫で感染が確認された米兵士もいるという。
日本だけが特殊な状態に置かれているのだ。

◆その韓国では「いつでも・誰でも・何回でも」PCR検査が受けられる体制が作られつつあるという。

首都圏の感染者が急増の様相を示している只中、川崎市で小学校の先生の感染が判明した。
再開された学校で、無症状であっても検査を受けられ、安心して授業や給食調理、図書室で子どもたちを支える体制を作り上げることが必要なはず。

第二波が襲来した、と専門家は状況を憂慮している。しかし政治の側からは明確なメッセージも方策の呈示もない。足もとを見ない者に未来は見えておらず、従ってその方向すら示せないのだろう。



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