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〈空気、空気、空気、/空気、/新しい空気。〉[2020年04月20日(Mon)]

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ドウダンツツジ

*******


言葉  ゴンサロ・ロハス
     寺尾隆吉=訳

空気、空気、空気、
空気、
新しい空気。
       吸い込む空気ではなく
        体に取り込む空気


◆チリの詩人、ゴンサロ・ロハス(1916-2011)の詩篇にしばしば登場する言葉の一つ「空気」。
「地球と呼ばれるこの/大きな空気の家」(「空気のパネル」)に在って、「作り事」である「想像力」(同じく「空気のパネル」)を体内に積極的に取り込むことによって「私」は生きている。

この「言葉」という詩においても、自分が自分であるために「新しい空気」を貪るように取り込む「私」がいる。そうしないと「私」は「言葉」を失って死んでしまう、と言っているのだ。死んだに等しい、というのではない。
「新しい空気」=「新しい想像力」であり、それを体内に取り込み充たし続けている限り、「言葉」はむしろ自ずから生まれてくるものだと言っているようだ。
すなわち「新しい空気」は「私」を完全に自由にしてくれるものなのである。
無論、その「言葉」は、プロンプターに投影された文字の読み上げとしてかび臭いマスクから洩れ出る音の連なりとは画然と異なる、恩寵のような言葉たちだ。

グレゴリー・サンブラーノ編(寺尾隆吉=訳)『ゴンサロ・ロハス詩集(アンソロジー)』(現代企画室、2015年)より



〈傾いた夕日〉[2020年04月19日(Sun)]

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ビワの実がふくらんで来た。


*******


詩集『地平線』自序   金時鐘


自分だけの 朝を
おまえは 欲してはならない。
照るところがあれば くもるところがあるものだ。
崩れ去らぬ 地球の廻転をこそ
おまえは 信じていればいい。
陽は おまえの足下から昇っている。
それが 大きな 弧を描いて
その うらはらの おまえの足下から没してゆくのだ。
行きつけないところに 地平線があるのではない。
おまえの立っている その地点が地平だ。
まさに地平だ。
遠く 影をのばして
傾いた夕日には サヨナラをいわねばならない。

ま新しい 夜が待っている。



森田進/佐川亜紀 編『在日コリアン詩集』(土曜日術社出版販売、2005年)より。


◆「傾いた夕日」とは、古い価値観が信じられていたこれまでの社会。
現在のような転換期のまっただ中においてこそ、自分が立っている、この地点に足をしっかり着けていることを見失いがちになる。
足下の地球を信じられるかどうか、たとい気の遠くなるほど黒々とした夜に足下から呑み込まれていくようであっても。




〈尊重しつつ恐れる〉[2020年04月18日(Sat)]

◆新型コレラウイルスの国内感染者が1万人超えたとのニュース。18日は462人の新たな感染者が判明して、1万311人。これにクルーズ船での感染者712人がいるので累計では1万1023人とのこと(NHKまとめ)。

だが、NHKはかなり早い段階からクルーズ船の感染者数は切り離して、それ以外の数を先に伝えるやり方に変えていた。恐らく感染数を少なく見せたい政府の意向に従ったものだろう。

逆に、一貫してクルーズ船の感染者を含めた合計数を最初に伝えているメディアもある。このやり方だと、一日に574人が確認された16日の時点で、すでに1万人を超えていた。
しかし、クルーズ船も含めた感染者数を最初に掲げて来た朝日新聞すら、17日の記事見出しに「1万に達した」とは書かなかった。
クルーズ船への封じ込め作戦失敗を早く忘れさせ、感染者増の現実を小さく見せることに加担する。これもまた政権への忖度の一つと言うしかない。

1万人という大台に達した日が、カウントの仕方で2日遅れの日付けで記録される。たった2日のタイム・ラグというかも知れないが、明らかに拡大が加速している状況で、人々への注意喚起が2日遅れる結果の違いは大きい。何のため、誰のための報道なのか、疑問符を突きつけたくなる。

そもそもクルーズ船内に乗り込んで対応に奮迅した医療関係者や、船内に足止めされたまま、十分な治療を受けられずに落命した人々に対して非礼ではないか。

*******


ほこり   プリーモ・レーヴィ
              竹山博英 訳

どれだけのほこりが積もっているのか
ある人生を生きた神経組織の上に。
ほこりには重さはなく、音は出さず
色も目的もない。覆って、否定する、
汚して、隠し、麻痺させる。
殺しはしないが、消してしまう、
死んではいないが、眠っている。
それは未来に発現する害毒を孕んだ、
千年もの時を経た胞子に宿を貸している、
それは小さなさなぎで
分断、解体、堕落を待ち望んでいる。
それは曰く言いがたい、混乱した、罠そのもので、
未来に攻撃する準備をしており、
無言の合図が放たれると
無力が強い力に変わる。
だが別の芽にも宿を貸している、
理念に成長する眠った種子で、
そのおのおのに一つの世界がいっぱい詰まっている、
予想を超えた、新しくて、美しくて、奇妙な世界が。
だから尊重しつつ恐れるのだ
この灰色で形のない外套を。
善と悪、危難、
そして多くの書かれたことが内包されているのだから。

                   1984年9月29日

 竹山博英訳『プリーモ・レーヴィ全詩集』(岩波書店、2019年)より

◆われらの体内には、混乱と堕落を引き起こす胞子がほこりをかぶったまま眠っている。だが同時にそこには、理念に支えられた全く新しく美しい世界を発現する芽もまた蔵されているのだ。

それら、善きものと悪しきものの膨大な記録がそこには刻み込まれて未来の読者を待つ――そんな風にメディアの人間たちは考えないのだろうか。

報道であれ、政治を司る者であれ、レーヴィの言う「尊重」と「恐れ」をもって人間の内なる「胞子」と「芽」に瞳をこらすことがないならば……。



「診療報酬を倍にする」という発想[2020年04月17日(Fri)]

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ようやくチューリップが咲いた。
この花を見るたびに、小学校に入ったン十年前の4月の初めを思い出す。
プリントのチューリップの絵に色を付けていった。
数字の数だけ塗り絵する、というべんきょうだった。
さんすうの時間、今年はどんな風に、いつ、始まるのだろう。

***

◆境川沿いのサイクリングロードを通る人たち、平均年齢が大幅に若返った。ふだんなら学校や職場に出かけているはずの人たちが一人、二人、あるいは少人数のグループで通っていく。
ジョギングや散歩、自転車と思い思いのスタイルである。
世の中は老若男女さまざまいて成り立っている、当たり前のことを確かめることができる。

同じように、ウイルスの方も確実にそこいらにいて、肉眼で確かめることはできないから風景の一部と思えることはないけれど、専門家は「ウイルスとの共生」という言い方さえするから、腹をくくるほかない。

◆この2ヶ月ほどで見えてきたことはさまざまあるが、一つにはモノも人も地球規模で回っている時代だという事実。おかげで、さまざまな国の人々の労苦と切実な訴えを身近に感じることとなった。
同時に、国レベルでも州や県レベルでも、住民の命を守るリーダーたちの賢愚をつぶさに知ることとなった。言葉は良く分からないにしても、人々に真剣に向き合っている人間かどうかは言葉の調子や表情で分かる。アベ首相のようにプロンプターに映る原稿を読み上げていては聴く者の琴線に触れるメッセージとはならない。

◆もう一つ、日本の医療体制の非常時における弱点も見えてきた。防護服や医療用マスクをはじめ医療用具の払底が現実のものになってきた。先進的な医療機器があってもその操作に習熟したスタッフと十分な看護体制が維持できてこその話であること。人口当たりのICUのベッド数がイタリアに比べても半分に過ぎないこと。
さらに、クラスター潰しで時間稼ぎをしている間に、続く段階で打つべき対策が用意されていなかったらしいことも見えてきた。

渋谷健司・英国キングス・カレッジ・ロンドン教授(WHO事務局長上級顧問)は4月上旬のインタビューで「東京は感染爆発が始まっている」「手遅れに近い」と警告を発していた。当初は有効だったにしてもクラスター対策にとらわれ、あらゆる可能性を追求する姿勢に欠けていたことが医療崩壊の危機をもたらしていることは確かなようだ。
医療の現場にいる看護師が恐怖を語り、退職した人もいる、とTVは伝えていた。衝撃である。

◆だが、政府はこれに対して「診療報酬を倍にする」(4/17、アベ首相)と言う。いま真に必要なのはそれではない。医療の最前線に立つ人々の命を守る対策を具体的に打ち出さねばならない局面だということが分かっていない。マスク2枚を配るのと同根の発想であることに言葉を失うほかない。


連帯・寛大さ・信頼[2020年04月16日(Thu)]

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先週、地元小学校で。
新1年生たちを待ち受けるように校庭の桜が満開だった。

*******

全都道府県に緊急事態宣言

◆アベ首相は今日4月16日の夜、全都道府県に対して緊急事態宣言を発令した(期間は5月6日まで)。
既に「感染拡大警戒地域」としていた7都府県に北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都の6道府県を加えた13都道府県を「特定警戒都道府県」として地域内の移動と圏外への移動の自粛を要請した。
すでに3類型で区分した「区域」名に加えて「特定警戒都道府県」と名づけることが何を意味するのかは不明だ。呼称のインフレにつれて私権の制限が際限なく拡大することへの警戒が必要だ。

*******

分岐点にあってこそ連帯・寛大さ・信頼を

◆昨日、4月15日の朝日新聞、歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏のインタビューが載っていた。
コロナ禍で世界が政治上の分岐点に立ったというべき現在、直面する危険と、それを乗り越えるために必要なこととは――

我々にとって最大の敵はウイルスではない。敵は心の中にある悪魔です。憎しみ、強欲さ、無知。この悪魔に心を乗っ取られると、人々は互いを憎み合い、感染をめぐって外国人や少数者を非難し始める。これを機に金もうけを狙うビジネスがはびこり、無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる。これらが最大の危険です。

我々はそれを防ぐことができます。この危機のさなか、憎しみより連帯を示すのです。強欲に金もうけをするのではなく、寛大に人を助ける。陰謀論を信じ込むのではなく、科学や責任あるメディアへの信頼を高める。それが実現できれば、危機を乗り越えられるだけでなく、その後の世界をよりよいものにすることができるでしょう。我々はいま、その分岐点の手前に立っているのです。




西浦博氏の警鐘[2020年04月15日(Wed)]

◆市の図書館に出かけた。借りていた1冊を返却し、予約していたCDを受け取りに行ったのだが、完全休館になっていて、茫然とした。

総合市民図書館(点字図書館を併設)を含む4つの図書館、および市内各所(市民センターおよび公民館)に11ある市民図書室のすべてが緊急事態宣言を受けて5月末日まで、ほぼ2ヶ月の休館となったのである。

休館を知らずにやって来て入り口で立ち尽くした高齢者も少なくないだろう。

予約した資料、HPにログインすると「準備中」と表示されて取り置き状態になったと思えるのに連絡メールが来ないのでいぶかしんでいたのだが、そうした業務も休止に転じていたのだろう。

***

◆厚生労働省のクラスター対策班で奮闘中の西浦博・北大教授が15日、記者会見を開き、感染を防ぐための行動制限を何もしなかった場合、国内で重篤になる感染者が計85万人に上るとする試算を明らかにした。
「8割」の接触削減はすでに示されていた数字だが、具体的にどうすれば、という話にも今日は及んだようだ。
誰かと食事しながら向かい合って30分一緒の時間を過ごしただけで感染した例もある、などと具体的な説明もあった。

◆会見が「新型コロナウイルス感染症対策本部」としてではなく、西浦氏個人として行われた事情の説明は省いたTVが多いようだ(TBSのNews23では背景を示唆する言及はあった)。

対策本部の統一見解として最悪のシナリオを呈示することはできないが、西浦氏個人の想定を公表することは妨げない、という姿勢なのだろう。異論や慎重論もある、ということを物語っている。
ただ、市民に事情を呑み込んで行動変容を、と要請するのであれば、効果は乏しいだろう。
意見の相違も含めて披瀝し、最悪から最善までの幅をもって示すというやり方もある。最悪の予想が裏切られても恨む人はいまい。

うがった見方をすれば、西浦氏に比肩するor対置される予測を示せる人物が対策本部にいないか、そうでなければ他のメンバーも西浦説を事実上容認しているということか、そのいずれかだろう。
ならば、対策本部として腹をくくって責任あるメッセージを出すべきで、個人を最前線に立たせてその他は後ろに下がっている、という風であるのは大人のふるまいとは言えない。

◆西浦氏によれば、80%接触を減らせば15日程度で収束に向かうことが期待できるが、70%ではその倍以上の34日以上要するだろう、との試算であった。
今回の感染拡大地域について通信会社のデータを用いて人の動きを算出したところ、80%の削減目標を上回ることが出来た地域もあれば、60%台に留まったところもある。
西浦氏が示したグラフでは、65%だと90日以上を要する、と予測している。

◆ところが、先日のアベ首相は「極力8割、最低でも7割」とトーンダウンした数字を掲げていたのだった。専門家の意見に耳を貸さず、人命を守ることと経済活動維持の二兎を追う作戦を表明したわけである。わずか10%の違いではないか、と高をくくったのであろう。

しかし西浦氏は、その10%の違いが大変な違いをもたらすことになる、と警告しているのだ。
TBSのNews23は会見後の追加取材で、氏の切迫した危機感を伝えていた。
西浦氏の今日の朝いちで開いた会見は政府の甘さに対する警鐘でもあったわけだ。

◆こうした政府の、根拠無き楽観の姿勢はウィルス上陸以来、変わらない。

その結果は、医療崩壊としてすでに目の前に出現している。
東京、神戸、金沢、北海道と院内感染が次々と明らかになっており、中には感染症対応の拠点病院も含まれている。
藤沢でも今日、総合病院に勤務する病院の看護師が感染したと報じられた。

◆40万人の人口を擁する藤沢における感染者は今日までで36人。
人口1万人当たりでは0.9人の発生。
東京は2446人で人口1万人当たり1.75人だが、人口約919万を数える神奈川県全体の1万人当たりは感染者発生数は0.67人である(15日現在で県全体での感染者累計619人〈NHK調べ〉)。
藤沢市は県内平均の1.34倍。発生率の高いことが気になる。




〈余り1〉[2020年04月14日(Tue)]


割る   寺山富三

割り切れない年ごろってのはあるもんで
7。11。13。17。
割り切れないからどうしようもない。
ぼくはどうしてだか半分。
2で割ることにこだわるほうで。
7。9。11。13。15。17。
どんどん、割り切れない年ごろが増えてきちまう。
たとえば、13才のぼく。

 13÷2=6余り1

この〈余り1〉ってのがやっかいなんだ。
なに。
コレ?
そりゃまあ。どうだっていいことではあるんだけれど。
割り切れないと同時に。
答えを欲しがる年ごろでもあるわけなんだよな。
この〈余り1〉を余りだからって無視するか。
それとも自分のものとして活かしていくか。
大問題なんだよ。

「公式じゃ人間なんて解けないよ」

ありがとう。
その通りさ。
それはわかってるつもり。
でも……



寺山富三『ぼくと時計の時差について』(ぶんけい、1995年)所収。
木坂涼/水内喜久雄 編著『いま中学生に贈りたい70の詩』(たんぽぽ出版、2001年)に拠った。

◆自分の年を数えることは、他人との関係で確認しようと思うときぐらいだろうと思う。
たとえば親が亡くなった年齢まであといくつだろう? とか、小学校に上がったとき、母親は何歳だったろう? とか。
あるいは、作家Aが所帯を持ったのは〇〇歳か。そのころの自分は何をしていたんだっけ? とか。

◆この詩に登場する「ぼく」は「割り切る」分別を受け入れる大人の入り口に立ちながら、「割り切れない」何かが人間にはあるゾ、と考え始めている。
一たんそう思い始めた人間は、たぶん幾つになっても、その「割り切れない何か」を求めているだろう。
達観や悟得になずむことないまま、最期の日まで「でも……」とつぶやくだろう。
「でも……」の後に何をつぶやくかは人それぞれで、その泡のようなつぶやきが、彼が自分で付け加えた、他の誰とも違う風に、前へと踏みだした一歩、ということなんだろう。





医療現場からの声に耳を傾けよう[2020年04月13日(Mon)]

◆私たちの命を救う最前線の医療現場が危機に瀕している。
指定病院として新型コロナ感染者の受け入れに尽力して来た病院までが院内感染に見舞われている。数十名というスタッフ、入院患者の集団感染が発生した病院も出ている。

政府の対応の遅さ、TVで喧伝される諸氏の提言がなぜ実現しないか、もどかしい思いをすることも多い。

そうしたなか、神奈川県医師会がメッセージを出した。

医療スタッフの、恐怖と戦いながらの奮闘、それに思いを致さぬ世間からのストレスにも立ち向かって苦闘する日々が語られている。
現場への想像力もまた私たちには足りないことを痛感する。

全文を紹介する。
*引用は「そめや内科クリニック」院長ブログの4月11日の記事より
http://www.someya-clinic.jp/blog/sometaka/


〜神奈川県民の皆様へ〜
(神奈川県医師会からのお願い)

神奈川県医師会長 菊岡正和


◆侮らないで◆
連日の報道で、親も子供もストレスで大変ですとマスコミが取り上げています。だから、ストレス発散のために、外出したいという気持ちもわかります。
爆発的な感染拡大に若い人たちに危機感はないのは当然かもしれません。若い人は感染しても比較的軽症ですむとの報道があるからです。しかし現実は違います。若い人でも、重症化して一定数以上は死亡するのです。現実を見つめてください。
もし、自分の知り合いの人がコロナ感染症で亡くなられたらきっと哀しいはずです。そして、亡くなった人にうつしたあなたが、入院せずに軽度ですんでも本当に喜べるでしょうか。不用意に動き回るということは、その可能性を増やしてしまうことなのです。今は我慢する時なのだということを、ぜひ理解してください。出来るだけ冷静に、そして自分を大切に、そして周囲の人を大切に考えてください。

◆ごまかされないで◆
この新しい未知のウイルスに、本当の専門家がいません。本当は誰もわからないのです。過去の類似のウイルスの経験のみですべてを語ろうとする危うさがあります。そして専門家でもないコメンテーターが、まるでエンターテインメントのように同じような主張を繰り返しているテレビ報道があります。視聴者の不安に寄り添うコメンテーターは、聞いていても視聴者の心情に心地よく響くものです。不安や苛立ちかが多い時こそ、慎重に考えてください。
実際の診療現場の実情に即した意見かどうかがとても重要です。正しい考えが、市民や県民に反映されないと不安だけが広まってしまいます。危機感だけあおり、感情的に的外れのお話を展開しているその時に、国籍を持たず、国境を持たないウイルスは密やかに感染を拡大しているのです。
第一線で活躍している医師は、現場対応に追われてテレビに出ている時間はありません。出演している医療関係者も長時間メディアに出てくる時間があれば、出来るだけ早く第一線の医療現場に戻ってきて、今現場で戦っている医療従事者と一緒に奮闘すべきだろうと思います。

◆PCR検査の本当◆
医療関係者は、もうすでに感染のストレスの中で連日戦っています。その中で、PCR検査を何が何でも数多くするべきだという人がいます。しかしながら、新型コロナウイルスのPCR検査の感度は高くて70%程度です。つまり、30%以上の人は感染しているのに「陰性」と判定され、「偽陰性」となります。検査をすり抜けた感染者が必ずいることを、決して忘れないでください。
さっさとドライブスルー方式の検査をすればよいという人がいます。その手技の途中で、手袋や保護服を一つひとつ交換しているのでしょうか。もし複数の患者さんへ対応すると、二次感染の可能性も考えなければなりません。正確で次の検査の人に二次感染の危険性が及ばないようにするには、一人の患者さんの検査が終わったら、すべてのマスク・ゴーグル・保護服などを、検査した本人も慎重に外側を触れないように脱いで、破棄処分しなければなりません。マスク・保護服など必須装備が絶対的に不足する中、どうすればよいのでしょうか。次の患者さんに感染させないようにするために、消毒や交換のため、30分以上1時間近く必要となります。テレビなどのメディアに登場する人は、本当のPCR検査の実情を知っているのでしょうか。そして、専門家という人は実際にやったことがあるのでしょうか。

◆胸部レントゲン検査やCT検査の困難◆
胸部レントゲン検査やCT検査を、もっと積極的にしないのは怠慢だという人がいます。もし、疑われるとした患者さんを撮影したとすると、次の別の患者さんを検査する予定となっても、その人が二次感染しないように、部屋全体を換気するとともに装置をアルコール消毒しなければなりません。その作業は30分以上、1時間近く必要となります。アルコールが不足する中、どうすればいいのでしょうか。メディアなどで主張する専門家やコメンテーターは、そのようなことを考えたことがあるでしょうか。

◆医療機関の現状◆
今後感染のスピードが上がると、重症例も当然増えてきます。もし何百人もの感染者が同時に出れば、その人たちを病院で治療しなければいけません。医療機関のベッドは、またたく間に埋まってしまいます。それでも心筋梗塞や脳梗塞やがんなどの患者さんに対しては、いつものように対応しなければなりません。今までと同じように医療は維持しなければならないのです。
軽症の人は、自宅や宿泊施設に移って静養や療養してもらい、少しでも新型コロナ感染症の人のために、病院のベッドを空けるなどの素早い行動が必要です。そして、新型コロナ感染者の治療が終わり、社会復帰しても良いというときこそ、素早くPCR検査をやって確認し、ベッドを開けなければなりません。そのためにも、少しでも時間が必要なのです。医療機関に時間をください。
コロナ感染者の増加を、少しでも緩やかなカーブにしなければ、医療は崩壊します。

◆医療機関への偏見や差別◆
皆さんは、咳をしたり、熱が出ていたりする人が近くにいたら、きっと嫌な顔をして、文句を言うか、離れていくことでしょう。今この時も医療関係者は、コロナ感染の恐怖の中で戦っています。戦っている医療機関の医師や看護師や事務職員にも、子供や孫、そして親はいます。その愛する人たちに、うつすかもしれないという恐怖の内で、医療職という使命の中で戦っています。そして自分の子供が、バイキンと言われ、いじめにあうかもしれないという、悲しみとも戦っています。
市中の診療所ならば、医師自身が罹ったら、当然一定期間休診にするばかりでなく、診療所のすべてのスタッフやその家族の心配もしなければなりません。そして、自分の家族そのものに危害が及ぶことになります。実際に病院の中で重症の患者さんの治療を毎日繰り返し繰り返し治療にあたり、家に帰っても人工呼吸器の音が耳から離れず、懸命にしている立ち向かっている医師や看護師の人たちのことを想像してください。そんな恐怖といら立ちと、そしてストレスの毎日の中で生活しています。
わかってください。知ってください。理解してください。感染が拡大すれば、誰もが感染者になります。そのとき、偏見や差別を受けたらどんな思いをするのか、一人ひとりが賢明に考えて、不確かな情報に惑わされて。人を決して傷つけないように、正しい情報に基づいた冷静な行動をするようにしてほしいのです。まして、地域の医療機関の活動が差別意識で妨げられるようなことは、決してあってはならないことでしょう。

◆一緒に戦いましょう◆
もう少し、もう少し我慢して下さい。四週間、何か月いや一年以上になるかもしれません。病と闘って生きていたいと、つらい治療と闘っている患者さんもいます。生きていることだけでも幸せなのだと、ぜひ、ぜひ思ってください。
安易に外出して、密集、密閉、密接のところには絶対行かないでください。あなたの行動が、新しい患者さんを作ってしまうかもしれません。
お願いします。私たち医療従事者も、ストレスや恐怖に我慢して戦っています。お願いします。皆さんはぜひ、我慢と闘って、我慢してください。戦いは、長くてつらいかもしれませんが、みんなで手を取り合っていきましょう。



'Don't Lie To Us'[2020年04月12日(Sun)]

DSCN3050トキワマンサク.JPG
ベニバナトキワマンサク。
マンサクと違って常緑の由。
葉にも赤味がさしていた。

*******

◆ネットカフェも休業を余儀なくされて寝泊まりできる場所を失った人たちが都内で4千名ほどいるのではと言われている。いわゆるネットカフェ難民である。

神奈川県内では、そうした人たちのために県立武道館(横浜市港北区岸根町725。横浜市営地下鉄岸根公園駅から徒歩3分)を緊急の避難場所として使えるようになった。

◆そうした庶民の窮状もどこ吹く風と言いたげな動画をSNSに投稿した安倍首相が批判されている。
ミュージシャンの星野源氏が投稿した「うちで踊ろう」の動画に便乗したものだが、何と自邸らしき部屋のソファ(!)に足を組んで(!!)愛犬をかわいがりながら(!!!)お茶を飲み(!!!!)、本を開き(!!!!!)、丸テーブルの前でまた足を組み(!!!!!!)テレビのリモコンをいじって見せる(!!!!!!!)
そのリモコンの向けられた先では、星野源がなおも歌っているのだが……。

この動画に添えたメッセージは――

友達と会えない。飲み会もできない。 ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。そして、今この瞬間も、過酷を極める現場で奮闘して下さっている、医療従事者の皆さんの負担の軽減につながります。お一人お一人のご協力に、心より感謝申し上げます。

悠々自適の総理の休日は皆さんのおかげ、とでも言いたいのだろう。

◆これまでの無神経な画像投稿――加計孝太郎氏・萩生田光一氏らとのバーベキュー、西日本水害時の"自民党赤坂亭"と命名した宴、桜を見る会及びその前夜祭等々、一つとして黒い霧を晴らすことのできないままのそれらのシーンは、ネット上に拡散して国内のみならず世界中の批判や嘲笑の的となって来た。

海外の政府トップには奮闘する医療現場の人々に敬意をこめた拍手を惜しまない姿の投稿もあった。
医療崩壊に瀕しているのは我が国も例外ではない中、この脳天気ぶりは何というべきだろう。
ひとり首相だけが安閑としていられるのではない。
こうした動画アップを容認している政権与党全員が同じ気分に酔い痴れているということだ。

▼⇒https://twitter.com/AbeShinzo/status/1249127951154712576

*****

◆作家・平野啓一郎氏のツイートで知ったのだが、かのバーブラ・ストライサンドに'Don't Lie To Me'という曲がある。
トランプ大統領への真っ向プロテストの歌だ。

https://www.npr.org/2018/09/27/652138634/barbra-streisand-addresses-trump-in-new-song-don-t-lie-to-me

それに倣って、私たちは私たち自身の'Don't Lie To Us'を、アベ首相に向けて歌わねばなるまい。




「感染拡大地域」指定後の土曜日[2020年04月11日(Sat)]

◆昼前、防災無線で市長による外出自粛要請の放送が流れた。

例によって「不要不急」が繰り返されたのだが、漢語は耳慣れるとインパクトを失う。
3.11後の原発事故で繰り返された「安全・安心」が地域のちょっとした防災講習など、誰もが使うようになるにつれ、肝に銘じるべき重みを失って、手垢にまみれた標語のごときものに凋落してしまった例に似ている。

◆しかも「外出を控えてほしい」という言葉の前に「不要・不急の」と形容句が付くことで、メッセージの迫力は”7~8割方”減じる。
「外出は控えよう」を先に言いきる方がスッキリしている。

小池都知事はそれを「Stay Home」と英語で言い、パネルでも示したが、遅かりし。ジョンソン英首相の二番煎じでしかない。

「ロックダウン」「オーバーシュート」「クラスター」などなど、カタカナ語にもあいまいさがつきまとう。ために、人々は眉にツバをつけちゃいけないと知りつつ、欺されまいと用心し、不信ばかりを膨らませる。

***

DSCN3073.JPG

◆境川沿いのサイクリングロードは、ゴールデン・ウィークを先取りしたみたいに、ジョギング、サイクリング、散歩の人たちで賑わいを見せていた。
朝から夕方まで、上の様な光景がしばしば見られた。
たとい短時間であれ、すれ違う時に2メートルの「ソーシャル・ディスタンス」をキープするのは結構難しい。

***

◆良く使うスーパーとドラッグストアでの支払いを、電子マネーというのか、チャージしたカードで支払うように切り替えた。接触する機会を減らすためである。
財布から小銭をつまみ損ねて床に転がす失敗も減らせる。

◆あと、店に入る前にゴムかポリエチレンの手袋をはめるようにしている。
持参した除菌シートでカートと買い物籠の持ち手を拭うのとセットである。
買い物客でそこまでしている人は未だ見かけない。
だがそれら使い捨てタイプの手袋はドラッグストアなどでも欠品が目立つようになったから、早晩「マスク&手袋」がふつうの買い物スタイルになるかも知れない。

ゴム手袋のもう一つの利点は、小さなポリ袋に冷凍ものを入れる時などに、袋の口を広げるのがスムーズなことだ。
以前は指を唾で湿らせたり、サッカー台備え付けの水を含ませたスポンジを使ったりしていたが、コロナ禍の下、やってはならぬことの筆頭だろう。

◆難点はゴム手袋の中がすぐ汗だくになること。

今日入ったスーパーではレジの人も全員ゴム手袋をしていた。
レジ打ちの人たちの苦行に同情を禁じ得ない。


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