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COVID-19のさなかJアラート試験[2020年02月19日(Wed)]

DSCN2786.JPG

こんな時期にJアラート試験放送を流す神経

◆今日の午前11時ごろ、防災無線からいきなり「これはJアラートのテストです」というアナウンスが流れた。

新型コロナウィルス席捲懸念で不安が高まっているこの時期にやるべきことか、と思い、市役所に電話を入れた。代表電話は混んでいるようで、しばらく待った。

ようやくつながって担当につないでもらう。

公立高校では入学試験、筆記試験が終わり面接や学校ごとの特色試験を実施している時期で、採点も並行して進められる、神経をつかう仕事が続いている時期である。
高校3年生は受験シーズン真っ盛り。小中学生もそれぞれに学びの仕上げにかかっている。4月の学力テストを控えた小5や中3の子どもたちにその対策を進めているところも少なくないだろう。
加えてCOVID-19と名づけられたウィルス問題に大わらわの状態である。
こんな時に、いきなり一斉放送で緊張を強いることはやめてほしいという趣旨を伝えた。

◆担当者の回答は、国・総務省からの協力要請に基づいて行っているものでウンヌンとのこと。
その上で、「時期が適切でないという御意見ですね」とまとめて来た。
そう受け取られる話の切り出し方をしたことを反省した。
こちらの本音はその先にある。Jアラートなど廃止せよ、と言うべきであった。

Jアラート導入のそもそもの話(北の脅威論)に遡るつもりはなかったために抑えて話したから、受ける方は「時期が不適切という市民Aの意見」として小さくまとめようとする。
これを粗っぽく言い換えれば「適切な時期であれば実施もやむをえない」という容認の意見としてカウントされるのかもしれない。
さらにヤスリをかければ「適切な時期を選んで実施することに賛成」という意見として丸めて扱われかねない。
「反対」が「賛成」に化けるのはかくも簡単だ。

◆担当者からは、「国からは年4回実施を要請されている」という説明もあった。

だが、Jアラート試験放送を始めた頃、「先生、こわいよう」と子どもが訴えた、という話を聞いたことがある。小学校の先生からの直話だ。

繰り返せば慣れるはず、と大人は思っているのかも知れないが、それは子どもたちの傍らに居ない者の発想である。

◆何より、地震その他の災害への備えと武力攻撃への備えをごっちゃにした訓練には外交努力放棄をごまかす胡散臭さがぬぐい去れない。
国民の協力は当然だとする思い上がりもそこにはある。

◆それを見据えた上で市の側から国の施策のおかしさをきちんと指摘し改めさせる気構えが必要だ。
地方「自治」と言うならば、だ。

*念のため市のホームページを見たら、昨年8月28日に予定していた全国一斉の「Jアラート情報伝達試験」が西日本の大雨対応で中止になったために、市として今回の2月19日を実施日として再設定した、との告知が載っていた。
ここでも災害と武力攻撃とのごちゃまぜがある、ということが分かる。

また、ホームページに載せれば伝えたことになる、と市が決め込んでいるのなら、それもまた問題だ。少なくとも我が家の3名と一匹(=相棒Poe)は知らなかったと言って置く。

やみくもに市民を巻き込む愚は終わりにしてもらいたい。


堀口大學「歴史」[2020年02月18日(Tue)]

不思議な植物に出会った。
洋菓子のような鮮やかに赤い粒々。

DSCN2738虹の玉(セダム).JPG

多肉植物なのだろう。
すぐ横に、色づく前と思われる緑を残した状態のものも植わっていた。

DSCN2741虹の玉(セダム).JPG

特徴がはっきりしているから、検索で探しやすかった。
セダムという多肉植物群の一つ、「虹の玉」という名前らしい。


*****

◆先週2月10日、黒川検事長の定年延長が法令違反ではないかと、山尾議員が国会で追及した。これを読売新聞がその日のうちに記事で取り上げていてオヤッと思った。政権べったりで提灯記事もいとわぬ同紙にしては珍しいと思ったのだ。

【2月10日読売オンライン】
検事長の定年延長、過去の政府見解に矛盾…山尾議員「違法」と指摘
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200210-OYT1T50143/

◆政府の逸脱・無軌道ぶりに読売も愛想づかしをしたというほどではない。
読売がこの件を今後どう扱うか見定めがたいが、少なくともメディアにしろ政党にしろ、組織は、多様な価値観・発想の持ち主が内部にいて活躍の場を保障されていてこそ活力は持続するだろう。
読売にしてからが、かつては大阪本社社会部が社会の木鐸として大いに存在感を示した時代もあった。

◆そう言えば詩人の中桐雅夫(1919-1983)も読売新聞にいたのだったと思い出した。

中桐の昭和34(1959)年の文章に『アンソロジーの必要と困難さ』というのがある。
英詩のアンソロジー(詩選集)を参照しながらさて自分が現代詩のアンソロジーを編むとしたら、といくつかの詩作品を取り上げている。
そのひとつとして、太平洋戦争の最中に出たアンソロジー『国民詩』第二集(第一書房、昭和18年3月)に載った堀口大學の次の詩を取り上げていた。
検閲を通り抜けて載ったことが不思議な例の一つとして、である。


歴史   堀口大學

火事がなければ
地震があった。

病気がなければ
(いくさ)があった。

あい間(ま)あい間(ま)
生活(くらし)があった。

国はだんだん
大きくなった。

世路(せろ)はだんだん
険しくなった。

薔薇はだんだん
咲かなくなった。



◆無論、中桐は、堀口大學が時局への批判精神を貫いた反骨の詩人だと評価しているわけではない。その前年に出たアンソロジーの『国民詩』第一集には同じ詩人が「すめらぎはあやにかしこし」といった書き出しの詩を載せていて、こうした詩は中桐の構想するアンソロジーに収録することはできない、とはっきりと書いている。もろ手を挙げての翼賛詩であるからだ。

*「薔薇はだんだん/咲かなくなった」とは芸術・文化の花が立ち枯れて行ったことの比喩表現。
堀口大學自身、当局から検閲や発禁処分を蒙っている。

◆中桐が大學の「歴史」をアンソロジー収載の候補とする理由は、検閲をくぐって公刊されたことと、表現の不自由に直面した年配詩人の反応を示す好例と考えたからにほかならない。

◆この詩の表現の特徴は、2行ずつ「あった」・「なった」で受けて終止するかたちを繰り返すシンプルさにある。
そのために、地震のような不可抗力の災害と、戦(いくさ)のような人為によるものとを同列に並べることになっている。
採用したスタイルは作者と読者の意識に作用する。
すなわち、戦争も天変地異の如く避けられないものとしてとらえ、それを不思議と思わなくなるということである。

国が大陸へ南洋へと版図を拡張していったのは紛れもなく国家の意思・野望の拡大にほかならない。戦費消尽が国民に耐乏生活を強いていったのも国策が必然的にもたらした結果であることは明らかであるはずが、いずれも「〜なった」と、自然災害同様、避けられず甘受するほかないものであるかのように表現される。

これは、検閲を意識した作者の巧妙な戦略であったかも知れない。
しかし、時勢に抗わず波風立てぬように、という意識の働かせ方をよく反映した表現だと言うこともできるわけである。

◆問題は、敗戦以後75年を閲しながら、同様の意識に我々がなずんだままでいるのではないか、ということだ。
そうした目で今現在を眺め直してみると、1943年のこの詩が、そっくり現代にあてはまりそうで、暗然とせずにはいられない。


*中桐雅夫の『アンソロジーの必要と困難さ』は『現代詩との出合い』(思潮社・詩の森文庫、2006年)に入っている。堀口大學「歴史」のテキストもそれに拠った。




尹東柱「隕石の墜ちたところ」[2020年02月17日(Mon)]

コゲラに遭遇した。
境川べりの桜の樹にとりついて、幹を突っつく音が聞こえた。

DSCN2764-A.jpg

姿を拝んだのは初めて。

DSCN2768コゲラ-B.jpg

*******


尹東柱(ユン・ドンジュ)の「隕石の墜ちたところ」という文章がある。
1939年に書いたものと推定されているが、だとすれば22歳、若者らしい悩みと闇中での模索――それは生きることに真摯であろうとする者が避けては通れない関門である――が語られている。
その先に求めずにいられない希望についても記している。
今自分の居るところが闇であれば、希望はあるかなきかのかすかな光だけでわれわれの目をとらえる。

ほとんど散文詩といってよい。
岩波文庫の金時鐘訳で味わっておきたい。


隕石の墜ちたところ   尹東柱

夜だ。
空は蒼さきわまって濃い灰色におおわれて暗いが、星だけはきらっきらっと光っている。ぼおっと暗いだけでなくぞくぞくと寒い。この重々しい気流のなかで自らをあざけっていたひとりの若者がいる。それを私と呼んでおこう。
私はこの暗さのなかでみごもり、この闇で成長し、いまもってこの闇のなかで生存しているようだ。行くべき先がどこかも知らずに、もがいてばかりいる。そういえば私は、世紀の焦点のように青白くやつれている。急(せ)いて考えれば私を根底で支えてくれるものもなく、かといって私の頭をおさえつけてくる何物もないようだが、内実はそうでもない。私はまったくもって自由ではないのだ。私はただ有って無いようなカゲロウのように、虚空を浮遊するかすかな一点にすぎない。
これがカゲロウさながらに軽やかなことであるならまこと幸せだろうが、まるっきりそうではないのだ!
この「点」の対称位置に、もひとつ別の明るさの焦点がうずくまっているとすればどうだろう。むんずと摑めば捉えられそうな気もするのだ。
だがそれをかいつかむには、私自身が鈍いというよりも、わが心がなんの準備もできていないのではないか。してみると幸福という変わった客を呼び入れるにも、もてなすだけの口実がまた別に要(い)るということでもある。
この夜が私にとって、幼いころのように恐怖の帳(とばり)だったというのはもはや過ぎ去った伝説にすぎない。したがってこの夜が享楽のるつぼだという話も、私の思いからすればまだこなされてない石ころだ。ひとえに夜は、私の挑戦の好敵手であればよいのである。
これが生々しい観念の世界でだけとどまっているとすれば、惜しいことだ。暗闇のなかでだけちらっちらっと明かりをゆらしながら鈴なりに並んでいる藁家(わらや)が、美しい詩句になりえたというのもすでに過ぎ去った世代の話であり、今日においてはもはや言いようのない悲劇の背景なのだ。
今、にわとりが止まり木を打ちながらたけだけしい声で夜を追い払い、闇をしりぞけて東の方から夜明けという新しい客を呼び寄せるとしよう。しかしかるはずみに喜んではならない。見よ、たとえ夜明けが訪れてきたとしてもこの村はいぜん暗澹たるものであり、私もまた同じように暗澹たる者だ。したがって君も私もこの分岐路であれこれと迷い、たえずためらいがちになるほかない存在ではなかろうか。
樹がある。
彼は私の古くからの隣人であり友人だ。だからといって彼と私とが性格や環境や生活が共通しているということではない。いうならば極端と極端の間にも愛情が通いうるという、奇蹟的な交わりの標本にすぎない。
私は初めその彼をたいそう不幸な存在としてあなどってみていた。彼の前に立つと哀しくなり、あわれさに心ふさがれもした。だがひるがえって考えれば、樹ほど幸福な生きものはほかにないようにも思える。固さではとうてい比べようがないほどの岩場にも、好ましいところとはいえないにせよ滋養分はあるのだそうだから、ならばいずこへ行こうと生の根を張れないことはなく、どこで暮らそうと不平がましいことはいえないはずだ。よく茂ればそよそよ松風がわたり、つれづれにはさえずる鳥もやってきて、ひだるければひとすじの雨の恵みにも出会う。夜にはまた無数の星たちと親しく語らうこともできる――何よりも樹は行動の方向というやっかいな課題に悩まずにすむ。人為的であれ偶然であれ、芽を出した場所を守り、尽きることのない養分を吸収して、すがすがしい陽の光をあびてたやすく生活を営み、ひたすら空だけを仰いで伸びていられるのはなによりの幸せというものではないか。
今夜も課題をかかえたまま切ない思いに駆られているわが心に、樹の心が徐々に沁み入ってきている。行動することの誇りを誇れずにいるのはいたく身に沁みることではあるが、私の若い先輩が雄弁に語っていたように先輩をも信じられないとなれば、自分のゆくべき方向は利発な樹にでも訊くしかないのではなかろうか。
いずこへ行けばいいのか。東がどこで、西は、南は、北はどこなのか。おっとっと! ちらっと星が流れる。隕石が墜ちたところがどうやら私の行くべきところのようだ。そうだとすれば隕石よ! 墜ちるべきところへ、必ず墜ちてくれなくてはならない。


『尹東柱詩集 空と風と星と詩』(金時鐘・編訳 岩波文庫,2012年)より

◆「有って無いような〜虚空を浮遊するかすかな一点にすぎない」と、自嘲するしかないような微小な己。ただ、その自分は生まれ落ちてから今に至るまでいまだ分明ならざる闇の中にいるようではあっても、漂っているこの座標は「世紀の焦点」にほかならないのだ、と意識してもいる。
だが、それは絶対的に不動の原点ではない。
そこに腰を下ろせば森羅万象が我が掌のうえに収められ、何をどう扱おうとも自由である、というような至上・至高の玉座というようなものではない。

◆尹東柱の詩文において不思議なのは、世界の理解も、世界への働きかけも、問いかけてその答えを受けとめる、というやりとりを必須としているらしい、ということだ。
それを端的に述べているのは次の箇所だ。

この「点」の対称位置に、もひとつ別の明るさの焦点がうずくまっているとすればどうだろう。

「私」という点とは対称をなす位置に、もうひとつの明るさの焦点がある、と仮定する。
二つの点の真ん中には対称点(対称の中心)がある、と考えているわけである。

それを信仰の対象である「神」と呼んでも差し支えはないだろうが、大事なのは、うずくまっている相手も「私」も対称点から同じだけの距離(「遠さ」あるいは「近さ」)にいる、ということだ。その点で彼と我とに上下貴賤の区別は全くないということだ。
そうして、「私」が成長すれば彼もまた成長し、風貌に陰影が加われば彼もまた相応の陰影をたたえた存在に変容を遂げてゆく、と信じられていることだ。

◆そのように世界を理解しようとし、世界に働きかけること、価値の押しつけで満足せず、かといって相対主義にも陥らずに生きようとする尹東柱にとって、迷いやためらいは常のことだったろう。しかし、現状で良い、とか仕方がない、と諦めたり後退を自らに許したりすることは彼にとっておよそ考えも付かない生き方であっただろう。

「今夜も課題をかかえたまま切ない思いに駆られているわが心」と記す尹東柱。
課題は常に解決に導かねばならないものとして数限りなくあることが見えており、それを座視できないゆえに彼は樹に問い、夜空を仰ぐ。決してうつむき黙してはいないのである。




詩人・尹東柱 没後75年[2020年02月16日(Sun)]


◆2月16日は、詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ 1917-1945)の命日である。

治安維持法違反の嫌疑を受け福岡刑務所で獄死した。今からちょうど75年前のことだ。
留学生として来日中にも書き綴ったであろう詩作品のあらかたが、日記などとともに押収され、彼の死とともにこの世界から消えた。
今私たちが読むことのできるのは、来日前に手書きの詩集としてまとめていた『空と風と星と詩』所収の詩篇、および書簡に同封されるなどして伝えられた作品たちである。

日中戦争に突入した1937年以降、日本の植民地としての朝鮮には皇民化政策の押しつけが進んだ。
岩波文庫版『尹東柱詩集 空と風と星と詩』の金時鐘による解説から拾うと――

1937年10月、『皇国臣民の誓詞』発布。朗読・斉唱の強制。
1938年2月、朝鮮陸軍特別志願兵令公布
同   4月、朝鮮教育令改定(朝鮮語授業、事実上廃止)
1939年12月、創氏改名の制令

そうした時代にあって母語である朝鮮語で詩作を続けていたことが、滞日の同胞を煽動し独立運動を企むものとして治安維持法が適用されることになったと思われる。
言葉を奪われることは魂を奪われることに等しいゆえに、詩のかたちで希望の灯を消さぬ事を自身の使命として意識していただろうと想像する。

***

伊吹郷が訳した影書房版の『空と風と星と詩』には、尹東柱の幼なじみで、多感な十代をともに過ごした文益煥(ムン・イッカン)の回想が載っている。文氏も神学生として戦前の日本で過ごした経験を持つ、牧師・詩人である。
尹東柱の人となりをよく伝えているだけでなく、愛する友への深い哀惜が、深海からわき出す真清水のように読む者の心にしみこんでくる。
抄録しておく。


「東柱兄の追憶」より   文益煥

彼にあってはこの世の波風は静まり、みな羊のように柔順になって、湖のごとく澄みわたるのだった。しかしその魂の底には、他人のうかがい知れぬ深い激動があった。鏡のようにおだやかな海面の深いところになにものも抑えることのできない潮の流れがあるように。
彼はもの静かで内面的な人だった。そして友人たちの間では寡黙な人として通っていた。だからといって生意気だと思ったりする人はいなかった。みなが寡黙な彼とつきあいたがった。彼の瞳はいつも純粋を求めて遠くを見つめていたけれども、その体温は誰にでもあたたかく感じられるのだった。わたしはなんの誇張もなく告白できる。深いところから発していた彼の人間のあたたかさを今なおほかの誰からも感じたことがない、と。それゆえ彼が占めていたわたしの心の一隅は他のいかなるものでも補うことができないのだ。異郷の地満洲でも新京〔現在の中国吉林省長春〕をさまよい解放の鐘の音を聞いたその日、わたしの心を耐えがたく突き刺したのは東柱兄の幻想だった。
「東柱よ、君が生きていたら……」


(略)

彼にあってはすべての対立は解消された。その微笑にただようあたたかさに解けぬ氷はなかった。すべての人々が血をわけた兄弟だった。わたしは確信をもって言うことができる。福岡刑務所で息をひきとるとき、彼は日本人のことを考え涙を流したろう、と。人間性の深みを見すえその秘密を知っていたから、誰をも憎むことができなかったろう。民族の新しい朝を待ち望む点で彼は誰にもひけをとらなかった。それを彼の抵抗精神とよぶのだろう。しかしそれはけっして敵を憎むことではありえなかった。すくなくとも東柱兄はそのように感じることができなかったはずである。

◆尹東柱の詩には、深い信仰から紡がれたことばたちが織り込まれている。文益煥はそこにもやわらかな光を当てる。

彼に表われた信仰の深さがさほど論議されないのがわたしにはやや不思議に思われる。彼の詩はつまり彼の人生であり、それはごく自然に宗教的でもあった。彼にも信仰の懐疑期があった。延専(ヨンヂョン)時代がそういう時期だったらしい。ところがその存在を深くゆさぶる信仰の懐疑期にも、彼は見た目にはあいかわらずおだやかな湖のようだった。詩もあえて成熟させなかったように、信仰も急いで熟させようとはしなかったのだろう。彼には人生がそのまま実りゆく詩であり、信仰だったようである。
東柱兄は逝ってしまった。おろかなわたしは今その追憶を書く。追憶を書くことで、わたしの人生は清らかになる。それほど彼の人生は澄んだものだったのである。(一九六七・二)


1938〜41年、尹東柱は京城(ソウル)の延禧専門学校(現・延世大学校)文科に学んだ。

◆上掲文から省いた冒頭部分に、「彼を回想するだけでも魂が清められるのを経験する」と述べており、この結びにおいても
「追憶を書くことで、わたしの人生は清らかになる。」と繰り返している。

この世には、理解しえないものに対して怯えや憎悪で濁った目を向けることしか出来ない人間がいる。
その一方で、より良く理解しようと心を働かせる人間も確かに居る。
彼らに訪れる「魂の浄化」とは、何と豊かな実りであることだろう。


*****

◆拙ブログで尹東柱について書いた記事と紹介した詩は…

「たやすく書かれた詩」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/105

「序詩」「星をかぞえる夜」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/363

「眼を閉じてゆく」「新たな道」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/838




合理的に説明できない黒川検事長・定年延期問題[2020年02月15日(Sat)]

DSCN2758.JPG
大船駅西口に数本ある玉縄桜が、もう咲き揃っていた。
近くの大船フラワーセンターが生まれ故郷ゆえ、手入れも行き届いているようだ(数キロ北西の湘南台公園では未だ2分咲きほどだった)。

*******

◆東京高検の黒川弘務検事長の定年延長問題、前例のない禁じ手だと、検察サイドからも異論が上がっている。

国家公務員の定年延長制は検察官には適用されないというこれまでの政府見解を「変更した」と言い放って首相はシレッとしているがとんでもない。
勝手に法の解釈を変えていいはずがない。政府見解を変更するに至った経緯や理由を合理的に説明せず(出来ず)、「変更した」と通告して済ますなら法律も憲法も要らない理屈。
国民としてこの状態を黙認し放置しておくのは独裁国家に暮らすことに等しい。

◆国会での質疑も閣僚や官僚による答弁も国民全体に対して説明責任を果たす一環であるから、言い放って終わり、にしてはならないし、「公共放送」NHKも各メディアも「解釈変更」の理由および背景に踏み込んだ報道をしなければその存在意義を失う事態だ。

◆政策決定のプロセスが重要であるのは首脳陣も官僚も同じで、官僚の場合は「公文書管理法」によって事後検証が可能であるように定めがある。

◆2年ほど前、森友・加計問題における政府の意思決定のプロセスが問題になり、公文書のあり方について勉強会があった。
そのときに、講師の三木由希子・情報公開クリアリングハウス理事長から聴いた話を思い出した。
〈公文書管理法によって「意志決定の過程」の文書作成も義務〉となった、という話である。

★モリ・カケ問題と公文書管理[2018年3月17日]記事
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/800

◆あのときは、【財務省行政文書管理規則】を例に条文を確認したのだったが、他の省庁にも同様の規則が整備されているはず。
たとえば内閣府はどうだろう、と思って調べたら次のサイトから読むことが出来た。

★内閣官房行政文書管理規則について
http://www.cas.go.jp/jp/koukai/index.html

★上記規則自体のURLは下。
http://www.cas.go.jp/jp/koukai/yosiki/kisoku_190401.pdf

この規則で「意思決定に至る過程」というのをキーワードにして条文を検索すると次の条文が最初に見つかる。

第6条 職員は、文書管理者の指示に従い、公文書管理法第4条の規定に基づき、同法第1条の目的の達成に資するため、内閣官房における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに内閣官房の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、文書を作成しなければならない。

◆省庁名が差し替えられている以外は、財務省の「文書管理規則 第9条」とほぼ同じ文言が並ぶ。上位法である「公文書管理法」(2011年4月1日施行)に基づいているのだから当然の話だ。
各省庁とも同様の規則を定め、遺漏なきを期していると信じたいが、果たして実態はどうか?

*各行政機関が有する行政文書管理規則は内閣府の下記サイトに一覧があり、それぞれにアクセスできる。
https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/about/kikan/kanrikisoku_ichiran.html

◆改めて読むと、管理規則にはさまざまな要件が付いていて、恣意的な運用を戒めている。
「文書管理者の指示」とは各省庁で担当責任者を決めておくという定めなのであろうし、一吏員の判断で体裁・書式を勝手に作成したり改変したりしてはならない、という含意であろう。
それは監督責任者および各省庁トップに対しても要請されるはずだ。

「意思決定に至る過程〜事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう」、行政文書を「作成しなければならない」としている。
「合理的に」と明記し、「不合理な」なものを排除していることも当然の話。

公文書管理法(公文書等の管理に関する法律)の第一条をもう一度確認しておく。

第一条 この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。

◆今回の黒川検事長への定年延長という「政府決定」がとんでもないのは、過去の法解釈を否定して「検察」の独立性を奪うからだが、それは、上の公文書管理法も掲げる民主国家にとって大事な価値を無視し否定することにほかならない。
すなわち「健全な民主主義・国民主権の理念・行政の適正な運営」を「現在及び将来の国民」から奪い、破壊することを意味する。

自らの訴追を免れるための勝手な「解釈変更」が官邸を無法地帯にし、アリジゴクのように国会を呑み込み、霞が関全体をも地下の闇へと引きずり込んだ、というほかない。


藤沢市長選、投票日繰り上げ??[2020年02月14日(Fri)]

DSCN2748-a.jpg
アロエの花が丈高く咲いていた。
大船駅近くの柏尾川沿い。

*******

藤沢市長選、投票日繰り上げ??

◆昨日の午後3時過ぎ、防災無線の放送が入った。
市役所から「今日は藤沢市・市長選です。投票時間は夜8時までです。」
というもの。
エーッもう日曜日?何日かの記憶が消し飛んだか?
出かける予定もあったので、焦った。
――待て待て、ゴミ出ししたぞ、木曜で間違いないはず。

新型コロナウィルスなどで市中騒然とならぬうちに投票は切り上げろと、然るべきスジから要請があったのか?
それとも、国会での「質問、意味ない」発言を受けて、民意を問うあらゆる機会は無効とされ、戒厳令下に等しい状態になってしまったのか?

いやいや、そんなはずはない。
毎日が日曜日のごとく脳天気な日々を過ごしているとはいえ、さっきのは誤報だろうと思い直して投票所入場券を確認した。

やはり、投票日は日曜、16日。

市役所に電話を入れて見るが、通じない。

30分ほどしてようやく訂正の放送が入った。
先ほどの放送は誤りであり、投票日は16日であることをアナウンスした。

ところが、「失礼しました」とか「謹んで訂正いたします」などのお詫びのことばが全くない。
間違えた時に素直に非を認め、お詫びの気持ちを伝えることは不可欠だろうに、訂正用マニュアルにそれらの用意がないようだ。
ミスをおかした場合への備えがないのはマズイだろう。

***

◆さて明後日に迫った市長選投票、候補者は3人。
教科書問題に関わった立場から言えば、いま中学校で使っている右派色の強い日本史教科書、NO!の声をきちんと発しているのはただ一人、女性候補だ。
20回目の記念すべき市長選で藤沢市初の女性首長の誕生、悪くない選択と思う。


カエルの死[2020年02月12日(Wed)]

DSCN2730.JPG

◆散歩道に黒い2寸ほどのカエルが這いつくばっていた。
近づいても動かない。
飛び跳ねる直前の姿のまま息絶えているのだった。

鳥に咥えられて行く途中、放り出されて絶命したか。

白い腹を見せて転がっているカエルを目撃したことも今年に入って2度ほどある。

冬眠するという彼らの生態について何ひとつ知らないけれど、いささかの陽気に油断して姿を現したところを襲われたか、目ざとい天敵に隠れ処をあばかれてしまったものか。

それにしても、食えぬ奴と見棄てられたかのように寒空にさらされた無残な姿には、惻々とこちらの臓腑にしみ入るものがある。

宇宙のひとしずく[2020年02月11日(Tue)]

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ジンチョウゲ(沈丁花)のつぼみ

冬は、常緑の木たちに目がとまりやすい。
葉を落とす木たちとはこちらに語りかけるものがずいぶん違うようだが。


*******


しずく   川崎洋

あなたのなかに いま
むすぶ
ひびく

地球では
このような形

他の星に知らせたい

ぼくらが遠い遠い遠いむかしに生まれた
ひとしずく の末裔


ハルキ文庫『川崎洋 詩集』より(2007年)


◆個体を超えた命の長く遠い連なりを、命をささえるひとしずくの水の中に見つめている。
一滴のしたたりが波紋を広げてゆくように、一つの新しい命は、この宇宙に小さな響きをどこまでも伝えてゆく。

親となることは、自分たちが生まれたのが20年、30年という昔ではなく、もっともっと遥かなむかしだったのだ、と気づくことだ。
それは、幾千億の命の連なりに自分たちがつながっていたことを知る、ということ。
そうして、間もなく生まれる一つの命もまた、その列に新たに加わるのだ、と確信することである。

魂のことを「玉の緒」と古人は言い習わしてきた。「緒」は糸や紐。
魂は肉体に結びついているものである以上に、他の命と分かちがたく結ばれているものだ、という意味であろう。



梅に飛行機[2020年02月10日(Mon)]

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梅が満開になっていた。

花に導かれるまま梢を見上げると、飛行機が飛んでいた。
空をカンバスにして、梅と飛行機雲、白さを競うかのようだ。

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湘南フィルハーモニー第40回コンサート[2020年02月09日(Sun)]

湘南フィルハーモニー管弦楽団が40回目のコンサートを開く。
茅ヶ崎市民文化会館大ホールにて
来週、2月16日の日曜、13:30開演とのこと。

茅ヶ崎という街にすっかり溶け込んだ感がある。

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◆節目の演奏会にふさわしく、茅ヶ崎にお住まいのピアニスト・土屋久美子さんをソリストに迎えたグリーグのピアノ協奏曲を含むプログラムだ。この楽団を創立当初から良く知るお一人。
団の練習にもしばしば付き合って下さった。

◆曲目は他にディズニーの「パイレーツ・オブ・カリビアン」からのメドレー、シベリウスの交響曲第2番である。
指揮は鈴木竜哉さん、コンサートミストレスは小野唯さん。
幅広い年齢からなる団員の音楽愛をブレンドした親しみやすいコンサートを味わえることと思う。

*なお、今回、当日券の販売はなく、あらかじめプレイガイドでお求め下さい、とのこと。
昨年も事前にめでたく完売した由。

◆チケット売り上げをすべて音楽愛好者を広げる支援事業に充てることはNPO認定を取得したこの楽団の基本的な方針。
これまで補助犬訓練などで障がい者の音楽鑑賞を支えてきた団体や、弦楽器を必要とする青少年を支援する事業の助成に取り組んで来た。音楽を楽しむことを通して誰かを支え、つながりを広げる。40年以上も続けて来たことが素晴らしい。

★湘南フィルハーモニー管弦楽団の公式サイトは…
http://shonanphil.web.fc2.com/

★Webマガジン「たいせつな時間」に佐藤正也楽団長へのインタビューが掲載されている(昨年2月のコンサート直前の取材)。
https://www.taisetsujikan.com/?p=729

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セヴラックの夏 より  有田忠郎

《いい匂いのする音楽》と
ドビュッシーは言った
そのとおりだセヴラック
ピレネーのセルダーニャ セレの町で
きみはせせらぎのような曲を綴った
山の背を越える風がそれを運んだ
せつないひとびとの胸のなかに千のあかりを灯してまわった
きみはピアノで 土のにおい 空気のにおい
草のにおい 焼きたての
パンのにおい
テーブルに跳ねるカーテン越しのひかりのにおいさえ描ききった

(それは感覚の印象として訪れて
綿密に魂の内部へ滲みてゆく香気)
 


*小海永二・編『現代の名詩』(大和書房、1985年)より






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