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「人生が1時間だとしたら」高階杞一[2020年02月29日(Sat)]

DSCN2805.JPG

◆◇◆◇◆◇◆


人生が1時間だとしたら  高階杞一

人生が1時間だとしたら
春は15分
その間に
正しい箸の持ち方と
自転車の乗り方を覚え
世界中の町の名前と河の名前を覚え
さらに
たくさんの規律や言葉やお別れの仕方を覚え
それから
覚えたての自転車に乗って
どこか遠くの町で
恋をして
ふられて泣くんだ

人生が1時間だとしたら
残りの45分
きっとその
春の楽しかった思い出だけで生きられる


『高階杞一詩集』(ハルキ文庫、2015年)より

◆卒業を前に、いろんな準備がある。子どもたちや学生の中にはそれまでの集大成として作品の仕上げに余念無かった人も多い。
それらが埋もれることなく多くの人の目や耳に触れ、忘れ得ぬ印象を刻みますように。

送り出す者も旅立つ一人ひとりにはなむけのことばを用意していたことだろう。
それらが空しくしまわれたままにならぬよう祈るばかりだ。
思い出や考え抜かれたことばは、行き悩んだときに何度でも背中を押してくれるはず。

人生1時間、そのうち春が15分とするなら、明日からの1ヶ月はわずか5秒ほど。目をしばたたき、一回深呼吸するほどの束の間に過ぎないけれど、目指す方向に一歩を踏み出すことができるならば、その歩みを止めることは誰にもできないのだから。


二〇年たっても卒業でぎね[2020年02月28日(Fri)]

DSCN2816メジロとオカメザクラ.jpg
咲き初めたオカメザクラにメジロ。
宇田川沿いの遊歩道で。

*******

◆権限もないのに子どもたちから学びの場を奪い、権限があるのに子どもたちからも保護者たちからも見送りたい在校生たちからも卒業式を奪った大人たち――彼らのことはもう信用しなくてよい。

紙切れだけの卒業に価値があるじゃなし、心の中に大きな大きな学びの殿堂をうち立てるべく「われも黄金の釘一つ打つよいチャンスではないか。
次の詩の如く。


わだすの大学     吉田啄子

高校も落ぢでまったし
看護学校も落ぢでまったし
青森の山田学校さも行げながった
中学校も卒業したんだが
中退したんだが
でぎのわりいわだす
泣ぎながら
千円札四枚持って汽車に乗ったの
着いだのは上野

たったひとりで入った
わだすの大学
試験もねば授業料も要らね

みんなしていいゴッタなあ
親がらゼンコもらって
学校さ行って マージャンやって
パチンコやって よだれたらして昼寝しているうぢ
卒業できるんだもんなあ
いいゴッタなあ
卒業してしまうんだもんなあ

わだす
わだすの大学で本読んだの
古本屋に行ったり 図書館に行ったり
伸子 も読んだし
或る女 も読んだし
チボー家の人々 も読んだ
リルケにハイネにヴェルレーヌ
プーシキンにボードレール
いろんだ本 ずっぱど読んだ
頭わりィして文章の書ぎがだも知らね
漢字も知らね なんもわがね
ほんだして勉強しているの
二〇年たっても卒業でぎね
できるわげねぇ 頭わりィんだもん

わだすの大学



◆『わだすの大学』(ネフド社、1988年)所収。
*木坂涼/水内喜久雄編著『いま中学生に贈りたい70の詩』(たんぽぽ出版、2001年)によった。

劫初(ごうしょ)より造り営む殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ〉 与謝野晶子




合理的な説明抜きの長期休校要請[2020年02月27日(Thu)]

DSCN2761-A.jpg
大船観音。大船駅西口のペデストリアンデッキから。
県内の感染拡大が懸念されている。
祈り、すがる前になすべきことは多いのだが。

*******

新型コロナウィルス感染防止策としてアベ首相が打ち出した公立学校への休校要請

この日、市内の学校には、卒業式への来賓参列は中止をという要請が届いていた。
それが夕方には保護者の臨席も駄目らしいという話が聞こえて来た。
各学校では対策を具体的に検討し始めた矢先、一気にフタをかぶせるような政府の方針転換。
仰天させはしても、やむをえないか、と思わせる要素は何一つない。

◆ニュースによれば、全国の小中高校や特別支援学校に、来週の月曜日、3月2日から春休みにかけて、臨時休校を要請すると発表。

疑問符だらけの奇策にみえる。
これだけの長期間休校させる根拠も明示しない。

◆まず、実際に休校するかは各自治体や学校の判断に委ねられる、として各自治体や教委の判断の余地を残しているように見せて、全国一律に右ならえするだろうと踏んでいることが透けて見える。
相手は生徒児童であり、それを預かる学校も自治体として正面切った反論はしにくいだろう、とナメた態度が露骨である。
ここまでの対応から容易に見当が付くような下心が看取される、その場しのぎの策である。

◆次いで、共働きであったり一人親であったりする家庭への配慮がみじんもない。
食事の確保(いうまでもなく感染予防の必須条件だ)、保護者の負担、やむなく勤めを休まざるをえない場合の家計逼迫など全く意に介していない(クルーズ船に乗り込んで感染した厚労省職員も非正規の人だったというではないか。報道によれば肝心の厚労省職員の半数以上、53%が非正規公務員であるという)。シンガポールのような休業補償を、感染による隔離以外にも適用できるよう真剣に検討すべきだ。
また、こどもたちを抱えた看護師さんたちの勤務が困難になれば、医療の現場そのものが崩壊することにも想像が及んでいない。

◆現在感染者が確認されていない自治体に対して長期の休校を要請する根拠も不明である。
検査を抑制した結果、感染の実態を把握できず、従って展望を持つことができないために、疎漏でも大きな網をかけておけば何とかなるだろうと甘く考えているのだろう。

◆検査への健康保険適用、神奈川県が今日発表したような、より迅速な検査法導入を実現するための国としての後押しも早急に決断すべきことだ。

必要な財政措置をせず、個人・家庭や学校・自治体に責任を押しつける今回の休校要請、大震災以後を懸命に踏ん張ってきた人々の営々たる努力が水泡に帰するような社会崩壊の危機というべきではないか。

濁りに濁り、腐りに腐った無責任体制は終わりにしてもらいたい。


見えているものさえも見ないで済ませようとする[2020年02月26日(Wed)]

DSCN9838.JPG

*******

◆ドラッグストアは開店したばかりなのに、ごった返していた。
がらんとした棚には「マスクの入荷、本日は予定がありません」との貼り紙。
消毒用エタノールも棚から消えたままだ。

気がつくとウェット・ティッシュの棚も同様になっている。

店にあふれているのはお年寄り。
その中に「基礎疾患」のある高齢者も少なくないはずだ。
何のことはない。
レジに並んで財布を取り出した前のおじいさんも、後ろでカゴを持ち直したおばあさんも、我が戦友というべきなのだった。

◆敵は新型ウィルスだけではない。
無能ぶりが露顕しつつある厚労省官僚およびそれを率いる政権中枢の者たちもまた、味方のフリをした仇であることがハッキリしてきた。

◆COVID-19、この1、2週間がヤマ、と政府専門家会議のご託宣があったが、政府が公表した手引きは一般的なものばかりだ。今さらそんなものを示されてもなあ。

発熱が続いているのに「検査基準を満たしていない」として検査をしてもらえぬ気の毒な例が続出しているという。検査体制の遅れだけでなく、感染者数を低く見せたい政府側の思惑があるのではないかという指摘がある。

政府の不作為について、専門家から「見えないものは無かったことにする」という指摘があった。
しかし、今や「見えているものさえも見ないで済ませようとする」しかないコントロール不能状態に陥っているのではないか?
このままでは旬日を経ず巷に怨嗟の声があふれ出すだろう。

*******


この街のほろびるとき  安藤元雄


 この街はやがてほろびるだろう。それは間違いのないことだ。いまさら予言者を呼ぶまでもない。あらゆる街は建てられたときからほろびに向かうと決まっている。
 だが誤解しないでほしい。ほろびるのは街であってあなたや私ではない。いや、滅びるのはこの街であって街そのものではない。なぜなら、街そのものとは、建物でもなく広場でも地下道でもなく、つまりはこうしてここにいるあなたや私にほかならないのだから。
 だとすれば、遠慮なく、雑踏の中でお互いにたっぷり見つめ合うとしよう。私はたぶん明日にはここを立ち去るが、そのときいなくなるのは私ではない。無数の街の中の一つの街が、閉じて、そして消えるだけだ。それまではまだ暫く、私はここにいて、あなたがいて、頭上にはこの街が高々とそびえている。 


 *『この街のほろびるとき』(小沢書店、1986年)所収。
  小池昌代/林浩平/吉田文憲・編著『やさしい現代詩』(三省堂、2009年)によった。




蛮行を隠す言葉たちに抵抗する[2020年02月25日(Tue)]

DSCN9841クリスマスローズ.JPG
クリスマスローズという花だそうだ。
素顔を見られまいとするかのように下向きに咲いている。

*******


◆朝日新聞1面に連載の鷲田清一「折々のことば」、今日のことばは、レベッカ・ソルニット(1961年生まれ)というアメリカの作家、歴史家の次の一句。

言葉で死体を埋めることもできるし、それを掘り起こすこともできる。

問題をずらしたり、情報を除外・改竄して事実を曲げることが横行すると、時代を「診断」し「世界を変える作業の鍵」となる言語の力を損なってしまう、として上の言葉を紹介している。

「ごはん論法」と法政大の上西充子教授が名づけた論点ずらしのアベ語法や、「反省をしていると言いながら、反省をしている色が見えない、というご指摘は、私自身の問題だと反省をしている」と珍妙な答弁を開陳した小泉進次郎環境相ら空疎な政治の言葉への強い危機意識があるのだろう。

小泉環境相の語法は、2004年のイラク特措法の議論で「非戦闘地域とはどこか」と聞かれ、「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域だ」と言い張った父親、小泉純一郎の語法(同内容の言葉を繰り返す「トートロジー=同語反復」)まで世襲していることに驚く。

鷲田氏はさらに次のことばを紹介している。

蛮行に抵抗する革命は、蛮行を隠す言葉に抵抗する革命から始まる。
                   
いま起きていることが、文明を装った「蛮行」にほかならず、それを阻む力は抵抗の言葉の中にこそある、と言いたいようだ。
警世の言葉は理性の臂力(ひりょく)が加わることによって、正しいことがまともに行われる世界を手もとに引き寄せる。

***

★二つのレベッカ・ソルニットの言葉は評論集『それを真(まこと)の名で呼ぶならば』(渡辺由佳里・訳、岩波書店、2020年1月)から。

岩波書店の「たねをまく」というサイトに同書のことばたちが連載中だ。
毎月1本、2か月限定で公開の由。

*下記ページなど参照
まえがき――政治とアメリカの言語〈それを、真の名で呼ぶならば〉
https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/3069




国立公文書館ー黒川検事長・定年不法延長問題[2020年02月24日(Mon)]

DSCN2605水準点(猿田彦=御嶽神社).jpg
地元、御嶽神社入り口にある水準点

*******

検察官定年延長の法律違反の動かぬ証拠・公文書発見

黒川弘務・東京高検検事長の定年延長が法律違反であると指摘された問題、1980年の国家公務員法改正案が審議されていた国会の質疑記録だけでなく、当時の総理府人事局が「(検察官の)勤務延長は除外される」と明記した文書が発見されたという。
国立公文書館に保存してあった文書記録を野党議員が見つけたものだ。
政府の「解釈変更」が法治国家の破壊にほかならないことを確認出来る、だめ押しの証拠である。

【2月24日 毎日新聞 記事】*当該文書「国家公務員法の一部を改正する法律案(定年制度)想定問答集」(80年10月)の画像も載っている。

「勤務延長、検察官は除外」 1980年の文書が見つかる 検事長定年延長
https://mainichi.jp/articles/20200224/k00/00m/010/136000c


◆国立公文書館といえば、5年前、JFK展がここで開かれた。
アメリカの公文書館所蔵の文書記録の中に、例えばキューバ危機に直面した閣僚たちの意見(海上封鎖か武力攻撃、どちらに賛成か)を記録したロバート・ケネディ(当時は司法長官)のメモまでもが保存されていることに驚いた。

JFK展:1961カザルス〜62キューバ〜63ダラス(2015/4/26)記事
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/126

◆また、JFK展に寄せたアベ首相のスピーチのひどさについても触れた。

JFK展(2)−ABE首相のスピーチ(2015/4/30記事)
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/128

首相スピーチは、我が国の公文書館の充実を「しっかりと公文書館を充実させるために努力をしていきたい」と述べていた。
だが実際には、公文書の隠蔽・改竄・削除の繰り返しで官僚につじつま合わせを押しつけ、責任はひとつも取らないまま国家の体をなさない現在の惨状に至った。

目に一丁字もない政権の恐ろしさというしかない。


忘れっぽい人間は記録が頼り[2020年02月24日(Mon)]

「写経」完了

◆ようやく『作曲家別 クラシックCD&LD/DVD総目録』(「レコード芸術」編、音楽之友社発行、2001年版)への旧版(1982年版)の転記が終わった。30数年分の書き込みデータの引越しは、自分の筆跡なのに解読に難渋することしばしばで、改めて書字のつたなさを確かめる結果となった。

◆転記完了記念に総目録の画像を下に掲げておく。

表紙の肖像画はヴェルディ(1813-1901)。ちょうど本日の作業で扱った作曲家。
生没年を確かめて彼がこの年の総目録の表紙を飾った理由が分かった。
2001年がヴェルディ没後100年の記念すべき年だったからに相違ない。

◆目録順のタイトルでいえば「アイーダ」から「ルイザ・ミラー」まで、数々のオペラをものしたヴェルディだが、あいにく通して聞いたものは少ない。それでも転記作業中のある一日、「椿姫」の2枚組をマリア・カラスの歌で聞いた日があって、聞き覚えのあるメロディーに出くわした。耳はどこかで洗礼を受けていたのだろう。


ディスク総目録2001年版-a.jpg

これもすでに背の接着部分が割れて来たので、バラけないよう和紙で補修し、表紙にはフィルムをかぶせた。10年ほど持ってくれますように。

この2001年版が結果的に「総目録」の最終刊となった。

◆ページを繰りながら、実演を聴くことのできた演奏家や会場でその姿を見かけた日本人作曲家のあれこれを思い出すことにもなった。
しかし、まことに心もとないことに、何年のいつ、何を聴いた、といった記憶がことごとく霞の彼方になっている。

例外的に、旧目録には2箇所だけ、日付けが書き込んであった。
その曲をその演奏家で聴いた日付けであろう。
不精者にしては例外中の例外。何か印象に残ることがあったに違いない。

***

◆話は飛ぶが、黒川検事長の定年延長問題に絡んで法務省は、日付けなしの文書を国会に提出してシレッとしていた。
記録に残してはまずいことに手を染めたと、白状しているに等しい。
国民の目にしっかり焼き付いて、さすがにもうウソやごまかしに欺されないはずだ。



〈もたぬことは とびたつこと〉[2020年02月22日(Sat)]

DSCN2793.JPG

*******

メロディを思い浮かべながら「写経」

◆2001年版「作曲別クラシックCD&LD/DVD総目録」に旧目録の書き込みデータを転記する作業を開始してちょうど2週間。イニシャル「S」まで終わった。
Sの字だけでもシューベルト、シューマン、ストラヴィンスキーなど結構あった。

残り60ページに控えている大御所はチャイコフスキーやヴェルディ、ワグナーなど。
オペラ・楽劇は、名唱を抄出した盤が数限りなく出ているものの、手もとにオペラは少なく、シンフォニーと室内楽およびチェロを中心とする器楽曲が中心だから、あと一日で終わりそうだ。

「ジョヴァンニ」をファーストネームに持つ作曲家がずいぶんいることにも気づく。
賢治が「銀河鉄道の夜」の主人公にこの名を付けた理由が納得される。

◆小さな活字を相手に写経のような作業も、メロディーが浮かんで来くればけっこう楽しい。
FM放送からの録音で繰り返し聴いた曲が多い。

◆直接演奏を聴くことができた演奏家は、その時の印象をよみがえらせることになる。
昨年亡くなったビルスマというチェリストの場合、演奏後のロビーに現れた時の様子が記憶に残る。まだ気分の高揚が続いている様子で、体全体を揺らしながらサインに応じてくれた。

現在も活躍中のピアニストではマルタ・アルゲリチ
30年ほど前だったか、藤沢市民会館の楽屋、真っ直ぐこちらを見るニベもないような視線に緊張した。

しかし「総目録」を見ると、多くの器楽奏者やピアニストたちと室内楽を共演し、録音として残している。独奏者としてでなくさまざまな個性とともに音楽を創ることに強い関心を持ち続けて来た演奏家であることが分かる。

◆さて、目録をひたすら転記する「写経」。終わりが見えるにつれて我が身を軽くする効果があることに気づいた。
濾過した水が透明度を増すように、記憶のフィルターを通したあとはあらかたが捨象されている。
他人にはバカなヒマ潰しでも、当人には相応の余慶があるもののようだ。

*******


(もつことは)    須賀敦子

もつことは
しばられることだと。

百千の編み目をくぐりぬけ
やっと
ここまで
ひとりで あるいてきた私に。

もういちど
くりかへして
いひます。

あなたさへ
そばにゐてくだされば。

もたぬことは
とびたつことだと。

         (1959/6/25)



『須賀敦子詩集 主よ 一羽の鳩のために』(河出書房新社、2018年)より。

◆1958年イタリアに留学した須賀敦子の若き日の詩群が一昨年、本になっていた。
ローマでの日々に生まれたこれらの詩の背骨を成すのは信仰だ。
この詩において「あなた」と呼んでいるのは「主」のことである。

◆記憶を蘇らせることは、確認だけでなしに、なにがしかの「発見」も伴う。
それは足もとの強度を確かめると同時に、いつの間にか自分に備わっていたものを活かして飛び立ってみるように促すだろう。
「空気」の存在を信じられれば飛び立つことはもう不可能ではない。
そのとき「私」は、自分を支えているその「空気」のような「あなた=主」に直接呼びかければ足りるのである。




〈ゆりあげられ ゆりさげられ〉[2020年02月21日(Fri)]

DSCN2789.JPG
昨日とは別の場所。青空に映えるさまは何ともいえないのだが……。

*******

◆新型コロナウィルスの市中感染が表面に現れ始めた。
外出は自重しているが、糧食調達に出ないわけにはいかない。

ドラッグストア、どこもマスクや消毒用アルコールなどは払底している。
この国の人口が急膨張したかと思えるほどの需要増である。

クルーズ船乗客の感染者が亡くなった。手当てを施されるのが遅れたと聞いては人災と言わざるを得ない。

(おか)の上の人間は己のことにのみかまけて、船の中で耐えている人たちへの想像力を欠いていた。
それをしも「島国根性」と言うのではないか?

脆く危うい社会に辛うじてしがみついているのだと思わないわけにはいかない。
せめて人を押しのけるような振る舞いだけはやりたくないと思うばかりだ。

***


漂流  萩原貢

悪寒にめざめると
屋根がない 部屋がない
いつのまにかベッドが流されているのだ
地吹雪の野を。

笹舟のように かるくかるく
ゆりあげられ ゆりさげられ
まだ だれも還って告げたことのない
大きな闇にむけて。

遠い神経の雑木林のむこうに
一瞬 あかりがまたたく。
ぐんぐん流されて
目のくらむ 切りたつ世界の涯へ。

直径16センチメートルの
頭蓋骨につつまれた漆黒の宇宙。
ゆめもうつつも 死も生も すべて この闇の中のかすかなできごとにすぎない。
風がやんで

螺鈿の朝がひろがる。
人間の頭がひとつ ゴロンとなげだされていて
そいつがいったい どんな夢をみているやら
ときどき息をつまらせたりしながら。 



小海永二・編『今日の名詩』(大和書房、1990年)より。

*萩原貢(はぎはらみつぐ)氏は小樽の詩人。
半世紀以上の活動が続く小樽詩話会の創立以来の会員と聞く。



生命の畦をつくる[2020年02月20日(Thu)]

DSCN2778.JPG

種類によってはこんなにほころんだ桜もある。

*******

◆先日触れた『現代詩との出合い』という新書版の本に、菅原克己の「わたしのアンソロジー」という文章が載っている。
そこで取り上げた詩の一つに小熊秀雄(1901-1940)の遺作がある。

菅原にはその姉を通して識った詩人たちが何人か居て、小熊もその一人。
小熊の命名によるという、かの「池袋モンパルナス」の小熊の家に姪を連れて遊びに行ったことや、金に困った小熊に頼まれて絵を売ってやり、出来た五円を届けに行くと、早速それでバットを買いに奥さんを走らせた話などを書いている。

貧すれども鈍せずの小熊の、病に見舞われながらなお不羈の生き方は最晩年(と行っても未だ不惑の手前だ)の作品にもはっきりと示されている。


無題(遺稿)   小熊秀雄

あゝ、こゝに
現実もなく
夢もなく
たゞ瞳孔にうつるもの
五色の形、ものうけれ
夢の路筋耕さん
つかれて
寝汗浴びるほど
鍬をもつて私は夢の畑を耕しまはる
こゝに理想の煉瓦を積み
こゝに自由のせきを切り
こゝに生命の畦をつくる
つかれて寝汗掻くまでに
夢の中でも耕やさん
さればこの哀れな男に
助太刀するものもなく
大口あいて飯をくらひ
おちよぼ口でコオヒイをのみ
みる夢もなく
語る人生もなく
毎日ぼんやりとあるき
腰かけてゐる
おどろき易い者は
たゞ一人もこの世にゐなくなつた
都会の掘割の灰色の水の溜まりに
三つばかり水の泡
なにやらちよつと
語りたさうに顔をだして
姿をけして影もない


*岩田宏編『小熊秀雄詩集』(岩波文庫、1982年)によった。


◆五行目、「五色の形、ものうけれ」とは、「五族協和」をスローガンとして国民を動員した満州や、1940年開催予定だったのを返上するに至った東京五輪のことを暗に指していようか。

「おどろき易い者は/たゞ一人もこの世にゐなくなつた」というくだりなど、今の世においてもそのままじゃないかと思える。
肝をつぶすこと度重なれば、無法の濁世でできることは汚泥の堀割に身を潜めることぐらい。

◆何やら語りたそうな「水の泡」「三つばかり」とは、歪められた行政とねじ曲げられた司法、それに小馬鹿にされ通しの立法府の泥中から浮かんでくる怨嗟のつぶやきか。

それでもなお「この哀れな男」は、夢の畑を耕すことは決してやめない。

こゝに理想の煉瓦を積み
こゝに自由のせきを切り
こゝに生命の畦をつくる


希望は「若い生命のために」(「親と子の夜」ー同じく遺稿ーの最終行)残さねばならないものであるゆえに。



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