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〈たった一日のそんな朝のための〉[2019年12月31日(Tue)]

DSCN96030A冬の朝.jpg

2019年のポイ捨て回収集計

◆相棒と散歩がてらのペットボトル等回収、今年の集計報告。
ペットボトル636本、空き缶853本、ビン78本の合計1567本だった。
一日平均では4.29本。

スタートは介護休職をとった2010年の4月だったから、日数では3558日。ただし怠ける日はチョクチョクある。
いつの間にか10年目に入り、回収したペットボトル・空き缶・ビンの総計は16436本となった。
これも一日平均をはじいてみると4.6本。

ペースがやや落ちている。
拾うべきペットボトルが減ったということではなく、13歳になった相棒(人間の年齢に換算すると我が家では最長老となった)に配慮するというのを口実にして「ソロソロ帰ろうよ」と切り上げる日も結構あるため。

ポイ捨てが多い場所に設置した「ポイ捨てNO!」マークがそれなりに効果を上げているのはありがたい。
過去記事の写真参照→https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/933

*******

ゆび   征矢泰子

おきてみたらゆびさきから
ぽっちりとちいさな芽がでている
それはまだやわらかい一本のとげのようにほそくとじていて
だがみつめているうちにゆっくりと着実にひらいていき
すきとおるうすみどりの
まぎれもない新芽になっていく
たった一日のそんな朝のための
わたしの一年三百六十五日


征矢泰子『すこしゆっくり』思潮社、1984年

◆征矢泰子(そややすこ 1934-1992)は藤沢に住んでいた方と知った。
ひらがなを多用した、やわらかなこころをやわらかいままに押し包んで、外界の辛酸をもみずからの事としてこころの薄膜のなかに引き受けること多かった詩人ではなかったかと想像する。

***

◆明日の初日の出、藤沢市は曇りの予報。列島の北はかなりの吹雪との見通し。
体が硬くなった分、気持ちはやわらかくユルユル参ることにして元旦は朝寝を貪ろう……。

どなたにも佳き年が訪れますよう。

時のふしあな[2019年12月30日(Mon)]

DSCN8672.JPG

*******

◆いくつか野菜を買ってそれなりに年越しの用意をする。
年の瀬、ご夫婦そろって買い物する姿も多い。
店内を回って気づくのは、例年に比べ、正月用の品物の値段がおさえてあることだ。
いつもなら、かもぼこにしろ昆布にしろ、ご祝儀相場を当てこんで軒並み結構な値段がついていたと記憶するが、今年はそれほどでもない。

消費税増税が財布の口を貝のように固くこわばらせているのはレジに並ぶお客の買い物カゴを眺めれば見当が付く。店の方もシフトして値段を抑えざるを得ないのだろう。
値段を抑えたしわ寄せは店で働く人たちや生産者、流通関係者に押しつけられるのだろうか。

品数の方も、これまでなら歳末商戦中は正月用食品が幅を利かせて並ぶ結果、いつも買う普通の食材を探すのにウロウロすることさえあったのに、今年は違う。
2店ハシゴしての印象だが、正月用の品々が占有するスペースも縮小気味なのではないか。不景気ということである。

*******

時  三井ふたばこ

時という重いとびらにも
さがせば
ふしあなの様に
(おさな)い穴がある

そこからねじりこめばいゝのだ
チューインガムでも
花びらでも


新川和江編『女たちの名詩集』(思潮社、1986年)より

*三井ふたばこ(嫩子)(1918-90)は父・西条八十にまつわる著書も多い詩人・童話作家である。

◆時間の扉が重いかどうか分からぬながら、その前で残余の時間を数えながらジッとしているよりは、子ども時代や空想の世界へ一気に飛び込んで行った方が愉快だろう。
時間の「ふしあな」はあちこちに開いているのに、それに気づかないとしたら、もったいない話だ。





分かち合う気組みこそ[2019年12月29日(Sun)]

DSCN2441.JPG

マサキ(柾・正木)の実が鈴なりだった。
夏に白い花をつけていたように思うが、実は赤っぽく、中から鮮やかなオレンジの種が現れてきたものもある。

DSCN2439.JPG

*******

◆大晦日を前に退院がかなった方の帰宅に同道した。
道々、高齢者の医療費負担を増やすという国の動きの話になり、嬉しい気分が湿りを帯びてしまった。良いお年を、と声かけておいとましたが。

現行1割負担のところ、2割負担にしようというのだ。
その昔、お年寄りは医療費の自己負担ゼロを実現した時期も短期間ながらあって、やがて老いを迎えることへの不安は相当和らぐように感じた記憶があるのだが、いつの間に、かくも世知辛い世の中になったのだろうか。

◆若者への就学支援として大学生等への給付型奨学金も始まるというが、所得による制限が設けられており、在日の人たちは蚊帳の外に置かれている。

若者の教育、年配者への医療と福祉ぐらい、分け隔てなく保障してほしいものだ。
バクチに頼らず出来るはずのこと。

*******

ひとつの精神で  ヘリック

ひとつの精神で結ばれていることが
人や物に整った美しさをもたらす。
分かちあうものが等しいときに
どうして不平の声が聞かれよう。


(森亮・訳『ヘリック詩鈔』岩波文庫、2007年)

*ロバート・ヘリック(1591-1674)はイギリスの詩人。



”お国に貢献”とは![2019年12月28日(Sat)]

「お国に貢献」とは!

◆昨日夜のTVニュースを録画で見ていてクラクラした。
75年ほど前にタイムスリップした感覚を覚えたのである。

かんぽ生命の不適切な営業をめぐって金融庁から処分が下った。そのあとの郵政3社の記者会見だ。
3社を代表して謝罪をした日本郵政の長門正貢社長が「お国」ということばを連発したのである。

画面の下に映るテロップでは気づかないが、録画を聞き返してみたらコメントはつぎの通りであった。

お国に貢献できると思ってお引き受けした仕事でしたけど、お国に貢献できるどころかお国に迷惑をかけて、多くのお客様に大変な信頼も毀損して、お国に迷惑をかけるようなことになってしまったと。大変断腸の思いでございました」

NHK夜9時の画面は下の写真の通りで、「お」はすべて削って字幕を付けてある。

DSCN2442_A.JPG

おそらく余りに時代錯誤的な言い方に放送する側も鼻白んだのではないか。
結果、「お」を削ったのだと思われる。

◆政府からの要請で社長に就任した人物が、監督官庁から処分を申し渡されての会見である。
これまでしばしば見せた強気や雄弁は抑えて神妙な言い方になるのは当然ながら、損失を蒙った顧客に申し訳なかったということばは微塵もない。

上の文字起こしでわかる通り、「お客様に大変な信頼も毀損して」と国民に謝罪するかと思いきや、これに続けたのは「お国に迷惑をかけるようなことになって」ということば。
この人の頭の中にあるのは国=国家=政府であって、そこに国民は含まれていない、ということなのだろう。

◆「お国」という言い方を特異に感じたのだろう。
日本テレビNEWS24ではこれを見出しに掲げるほどだった。

★日テレNEWS24(12月28日01:30記事アップ)
日本郵政社長「信頼を毀損しお国に迷惑を」
*以下のURLでしばらく動画が見られるかも知れない。
**ただし上の文字起こしのうち、下線部は編集でカットしてつないである。
乱発される「お国」を2つ減らしてあげたわけである。
http://www.news24.jp/articles/2019/12/28/06569524.html

◆郵政3社の後任社長はいずれも官僚出身者が占めることになったとか。
年の瀬、夜中まで街を走り回って骨身を削っている郵便局の職員の姿にしばしば出会う。
小泉郵政選挙を経た大手術の後遺症が今露わになっている。

「お国第一」の戦前まで戻すのはご免蒙る。
せめて「民営化」至上主義の幻想から解放されて考え直したらどうか。


法解釈ねじ曲げても自衛隊派遣[2019年12月27日(Fri)]

根拠法解釈おかしいまま自衛隊中東派遣

◆政府は27日、中東に海上自衛隊を派遣する閣議決定をした。
昨日の辺野古工事をめぐる経費増大の公表と同じく、年の瀬のあわただしさに紛れての閣議決定だ。

◆自衛隊員を派遣する根拠法としているのが「防衛省設置法」の「調査・研究」であると政府は説明してきた。
かねて息をするようにウソをつくと評される首相のもとで、これもゴマカシの一つだろうとニラんでいたが、感覚だけで決めつけていてもしょうがない。

◆閣議決定では、〈防衛省設置法(昭和29年法律第164号)第4条第1項第18号の規定に基づき実施する。〉と書いてある。
*本日の閣議決定文書が公開されている
【中東地域における日本関係船舶の安全確保に関する政府の取組について】
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/pdf/20191227_tyuto_senpaku_anzen.pdf

「防衛省設置法」の条文に直接当たってみた。
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=329AC0000000164

(第四条)十八 所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと。

「所掌事務」、である。ハテ。

そもそもこの第4条は(所掌事務)を定めたもので、
第四条 防衛省は、次に掲げる事務をつかさどる。
という条文に続けて、25の「事務」が並べてある。

「事務」という用語からイメージするのは、データに基づいて平常の職務として行う机上の仕事だ。
そこから自衛隊員を派遣する理屈が導かれるとは考えにくい。

*ちなみに、防衛省設置法で「調査・研究」という言葉が使われているのは、ほかに4箇所あって、「装備品等の研究開発に関連する技術的調査研究」や、「統合幕僚監部の所掌事務に関し必要な隊務の能率的運営の調査及び研究」、陸上幕僚監部等の「隊務の能率的運営の調査及び研究」、および統合幕僚監部に「自衛隊の統合運用に関する基本的な調査研究を行う機関を附置する。」と定めている。
いずれも机上で行うことを基本とする平常事務を定めたもの、としか理解のしようがない。

◆この法律の「調査・研究」に基づいて自衛隊を派遣する、というのが方便に過ぎないことが素人にも分かる。
そう思ったら、本日の澤藤統一郎弁護士「憲法日記」が法的根拠のおかしさを明解に書いてくれていた。

★19年12月27日【澤藤憲法日記】
〈自衛隊の中東派遣、憲法9条の平和主義に反するだけではない。根拠法もおかしいぞ。〉
http://article9.jp/wordpress/?m=201912

詳しくはそちらに譲るが、要するに「防衛省設置法」は行政法のカテゴリーでは〈組織法〉であり、組織の実際の作用を定めたものではない。よって、自衛隊員の海外派遣という実際の活動までもがこの法律によって可能になる、とは言えない。
それは〈作用法〉である自衛隊法によるほかないのだという。

とすれば、政府は防衛省設置法第4条1項18号防衛大臣の判断で実施できる点に目を付け、「調査及び研究」の拡大解釈を敢えて行ったことになる。
大きく拡げた風呂敷に国同士の確執・軋轢も隊員の命もごちゃまぜに放り込んで自衛隊派遣を強行しようとしている、ということになる。
根底に隠しているのは、仮に武力行使の事態に至ったとしても大臣判断で即応できるようにして置こう、という思惑にほかならないではないか。

いやはや、である。
法の適用をあえてズラして安全装置を解除したに等しい。

全く何でもアリのアベ政権であり、違憲安保法制である。
法も人間も都合の良い道具ではない。


NHKによる印象操作[2019年12月26日(Thu)]

◆昨夜のNHKニュースを見てまたか、と思った。

辺野古の新基地工事をめぐる予算が膨れあがり、工期も長期化する見通しであることを伝える記事である。
文字データにアップされている記事をWebから拾うと見出しは次の通りだ。

〈辺野古移設 完成に12年 経費は2.5倍以上の9300億円 防衛省〉

これだけでは聞き流してしまいそうだが、問題は記事本文の次の箇所だ。

〈経費について政府は少なくとも3500億円と見積もっていましたが、大幅に増え、当初の2.5倍以上となる、およそ9300億円に上るとしています。〉

いくら計算に弱いアタマでも9300億が3500億の2.5倍ということはあるまい、と直観する。
3倍なら1兆を超えてしまうが、そこまででないにしても3倍近い数字だろうと見当が付く。
電卓で計算したら2.657倍だ。

記事の「2.5倍以上」という表現は、間違いではないものの、膨らんだ数字をできるだけ少なく印象づけようとするセコい意図を感じる。
アベ政権ベッタリの「公共放送」らしい報じ方である。

◆今朝の朝日新聞見出しは、1面左上に〈辺野古工費 2.7倍増9300億円〉とある(1面トップは「秋元議員 収賄容疑で逮捕」)。
四捨五入した結果である「2.7」で伝えるのが常識だろう。

*ちなみに時事通信は記事本文に〈2.6倍の約9300億円に膨らむ〉とある。小数点2ケタ以下を切り捨てて少なめに見せる数字。これもNHKに次いで政権への忖度の匂いが漂う。

◆沖縄地元紙はどうか。
琉球新報は〈辺野古移設の総工費2.7倍の9300億円〉(共同通信配信)と一報で報じ、26日の自社記事でも「2.7倍」を用いた。

もう一つの地元紙、沖縄タイムスは「当初想定の約3倍に」と見出しを付けた。繰り返し「辺野古新基地NO!」の意志を表明してきた県民の気持ちに沿おうとした表現というべきだろう。

数字をイジって国民に与える印象を操作する。現政権とそれに隷従する官僚たちのお家芸となった感がある。さらに彼らを擁護する「公共放送」。この三位一体の体制によって、「マヨネーズ」にたとえられる辺野古の軟弱地盤に血税がムダに注ぎ込まれるばかりか、海と人の暮らしの破壊が進む。

◆沖縄タイムスの記事はこの時期に公表した政府の意図についても批判している。

〈政府は、当初の約2・7倍の工費という見積もりの甘さを国民の目からそらすように、政治の「空白期間」となる年末に公表した。〉

ゴマカシを許してはならない。


高齢者はカモである[2019年12月25日(Wed)]

DSCN2253-A.jpg
カモ、飛んだ。

*******

◆さるチェーンストアのポイントが終了し、電子マネーの機能をもったカードに移行するというのでやむなくそれに切り替えた。

カード類は落とす恐れがあるのでいわゆるキャッシュカードは持たない主義でやってきた。チャージ機能のあるカードも、交通系カード以外は持たないようにして来た。政府は消費税アップと同時にキャッシュレス決済に特典を与えてその普及を図ったが、個人のさまざまなデータやお金が見えない形で動かされるのは不気味である。同じ理由でマイナンバーカードも作るつもりはない。

◆機械を信用して平気でいられるのは実害を蒙らない間の話で、イザわが身に損失が及べば地団駄を踏むことになるだろう。
しばしば過ちをしでかす人間が作ったもので世の中ができている以上、いくら精密周到に作られても間違いは起きる。
現に神奈川県庁で使っていたハードディスクがデータ復元可能な状態でネットで売られていたのだし、新潟では中学生がスマホから学校のサーバーにアクセスして自分の成績を改竄した中学生が現れて世間を驚かせたが、今さらびっくりしてどうする。
そういうことはありうると覚悟していたほうがよいし、悪意ある人物やうっかりのミスを想定してシステムや制度は作って置くものだろう。

◆さて、くだんの電子マネーカード、チャージして支払いに何度か使ってみたものの、ドキドキ感がぬぐい去れない。
チャージする端末の指定された枠の上に置いて機械が処理するのを待つ間、画面に「カードを動かさないで下さい」と出る。
高齢者は手が震えるものだ。あるいは、ごった返している店内で、ふらついたり誰かが接触した拍子に体を支えようとしてカードを置いた台に触れてしまうことだってないとはいえまい。
チャージ中や支払い中にもし動かしたらどうなるか。
やってみればいいのだが、その勇気が出ない。たぶん、読み取れない場合はやり直しできるように設計されているのだろうけれど、根拠のない推測や期待でしかない。読み取り間違いは絶対にない、と言い切れるのかどうか。

◆カードはガソリンスタンドでも使えるものだったので、給油の際にトライしたのだが、ここでキモを冷やした。

十分残高があることを確認し、前回給油時の1円割引券を読み取り部分にかざし、支払いにカード使用をタッチするのだが、うまく行かない。
3度やり直してようやく支払いに進む。
「カードを読み取り部分にかざして下さい」と指示が出る。

かざしたとたん、「全額収納(だったか「徴収」だったか)しました」と画面に出た。
エーッである。未だ給油していないのに根こそぎ吸い上げられた、ということか。

慌てた。カードから音もなく数千円がそっくり消えた。

これまでは紙幣を何枚か入れて給油し、ガソリンを入れ終わるとレシート兼精算券が出てくる手順だった。その方式も有無を言わせずお札を呑み込んでいく機械だという印象はあった。しかし財布にはいくばくか残っている。
だが、カードで「全額収納」と出ると、すべて持っていかれたという感じがしたのである。
品物が先で支払いは後、という通常の順番は無視されて、前払い方式だという点は同じわけだが、そう思い直す余裕がない。お釣りの処理はどうなるのか、先を想像する余裕はむろん、全くない。

しかも、給油は未だ1ccもやってないのである。

しかしここであわてて中断したら巻き上げられたままになるかも知れない。
気を取り直してノズルを給油口に入れた。
ここから先はこれまでと同じ手順。それでも「全額収納」が、これまでのやり方と同じであることには未だ思い至らない。

◆満タンにしてノズルを戻すと、画面には再びカードをかざすようにとの指示。
恐る恐るカードをかざすと……代金とお釣りを示す画面に変わり、お釣りはカードにチャージされて戻って来たらしい。
ふーっ、やれやれ、である。

前払い方式なのはこれまでのセルフ給油と同じ、違いは紙幣がキュルキュル呑み込まれていくアナログさに対し、カード支払いは全く「支払った」手応えがないこと。
そうして、一気にかすめ取られた、という感じに襲われることである。
底なし沼にハマったような、というか、精気を奪われて足先に力がなくなるような、と言おうか。

ジャパンライフやかんぽ同様に、高齢者はよく分からぬままカモにされている、という感じがぬぐえない。

この感覚に果たして慣れることができるだろうか。





カピュソンの弾く「ガブリエルのオーボエ」[2019年12月24日(Tue)]

DSCN0013金宝樹?.JPG

さる洋菓子店の駐車場に赤い花を一枝だけ付けた木があった。
ブラシノキという常緑樹らしいが、花期は夏、とネットに説明があった。
狂い咲きなのだろうか。
樹の名は、赤いまつげの様な花が集まってブラシのように見えるためらしい。
まつげの先は黄色で、色の対照も鮮やかだった。
金宝樹という名もある由。

*******

◆昼に車を運転しながらルノー・キャピソンというヴァイオリニストの『シネマに捧ぐ』というCDを聴いていたら2曲目に耳を奪われた。
車を停め、ディスクを取りだして曲名を確かめたら「ガブリエルのオーボエ」という曲。エンニオ・モリコーネの作曲、映画は「ミッション」である。恐らく色んな人が演奏しているはずで、記憶にある旋律。だが、カピュソンのヴァイオリンでなければ、という強い力がある演奏だ。

ディスクをトレイに戻して再び頭から流し初めたが、すぐ後悔した。運転どころではなくなるのである。聖夜を迎える特別な磁力が地上をおおっていたのかも知れない。

畏るべし、音楽の力。ゆめ、ながら運転でカピュソンを聴いてはならない。

*******

羊  池井昌樹

わたしはどんなかみさまの
ほんとはどんなこだったのか
わたしもおいたははがおり
つまもむすこのははおやで
このよはははとこにあふれ
しあわせこのよはふしあわせ
くもとみずとにおおわれて
ぐるぐるまわっているけれど
わたしはどんなかみさまの
ほんとはどんなこだったのか
くもにきいてもわからない
みずにきいてもこたえない
にているようなないような
まよえるけさのひつじたち


『池井昌樹詩集』(ハルキ文庫、2016年)より




〈しづかに 無みする〉[2019年12月23日(Mon)]

DSCN2354-B.jpg
横浜クイーンズスクエアのツリー

*******

◆裸の王様をかばっていることが見え透いてしまうからだろう、朝刊もつまらないが夕刊はもっとつまらない日が続く。
テレビはとっくの昔にそうなんだけれど。

***

(世をいきどほるひとには)  八木重吉

世をいきどほるひとには
まだ のぞみが のこってゐよう
みづからを いかるひとには
救ひが くるかもしれない

ああ、しかし
みづからと 世とを
しづかに 無みする わたしはつらい、
 


詩稿〈不死鳥〉の一篇。『八木重吉全詩集T』(ちくま文庫、1988年)から。

◆「みづからと 世とを/しづかに無みする」とあっさり言ってのけられると、言葉の返しようがない。しかも「つらい」と誰もが言えるわけではないことばを絞り出されると、あれもこれも黙って呑み込むしかないか…という気にさせられる。
自分に対しても親しい者の誰彼に対しても憤ることがたびたびあり、しかもそのことが耐えがたいために、すべてを「無みする(無いものとして扱う)」のではあるが……。



〈日々を数えるな〉[2019年12月22日(Sun)]

DSCN2425-A.JPG
オオバン。ペアのスケーターのように動きを同じにしていた二羽の片方が飛び立つところ。
もう一羽もそれに続いた。

*******


地上を渡る声  3  小池昌代

数えるな
しゃがれた声は再び言った
日々を数えるな
生きた日を数えるな
ただ そこに在れ
そこにあふれよ


◆『地上を渡る声』は長短34編から成る詩集(書肆山田、2006年)。
一つ一つはオムニバス映画の一場面が浮かび上がって人物が動き出し、時間が流れ、やがてフェイドアウトして別のシーンが立ち現れる、といった風に続いてゆく。
上掲の詩の一つ前、「2」では、コンクリートの割れ目に根付いたクローバーの葉を無意識に数えてしまった時に、不意に頭上で声が響く。
しゃがれた声で「クローバーの葉を数えるな。」と制止するのだった。

◆この「3」では、同じしゃがれ声が「日々を/生きた日を数えるな」と語りかけてくる。
生きた日数を数えることは、残された日数を意識しながら、未来の方に背を向けていることを意味するからだろうか。

◆だが、「数えるな」と言われればますますそれに囚われてしまうのが人の常である。
考えてみれば、財布の中身から、カードにたまったポイントに至るまで、日々数えることに時間のあらかたを費やしているのが我々の暮らしかも知れない。
数えることで時を空費しているのが現代の生のありようだと言える。

しかし分かっていても「ただ そこに」在ることは難しい。石のようにじっとしていることは出来そうにない。
であるから、頭上から金剛杵(こんごうしょ)や独鈷(とっこ)が振り下ろされて石や岩を砕き、足元から泉があふれ出す不思議に遭遇することもありそうにない。



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