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〈氷のかけが てのひらに〉[2019年11月30日(Sat)]

DSCN2367.JPG
薄氷の張った俣野の田んぼ

*******

雨ふり より  村山槐多

氷のかけが私のてのひらに載つかつた
と思つたら消えた

足さきが地に凍りついた
と思つたら離れた

紫の月がうつくしい息吹の中に
凄い顔を見せる
冬の真夜中はふけた。

    +

輝く月が紫のけぶりに沈んで
うつくしい夜と離れた

私はどつと暗に落ちこんだ
恐ろしさに慄へて私は立すくむ

高い樹木らは冷酒をあふつて
ならず者の様に私をかこんだ。



『村山槐多全集』(彌生書房、1963年)より

◆大正七(1922)年作の詩篇より。槐多22歳、死の前年。

ある寒夜、束の間美しい夜を演出してくれた月が沈み、死の暗闇への恐怖に卒然襲われるに至る凄愴な幻想と言えようか。父との確執、失恋の痛手で多飲放埒の生活の記憶が己を苛む。

だが、酒をあおっても酔えない魂にとっては、自分を取り巻く樹木らの方がむしろ、酔いどれのならず者たちなのである。
たちまち溶けた「氷のかけ」は、濁世を撃とうと手に持った鋭利な刃のかけらと読むこともできる。

***

◆ジャパンライフの詐欺商法・年寄りイジメを助長すべく消費者庁に圧力を加えた現政権こそがならず者集団なのだと思い知る。
花見酒の毒が全身をむしばむ2019年末のこの国。

【Litera11月30日記事】
安倍政権がジャパンライフへの立入検査を潰していた! 検査取りやめを「本件の特異性」「政治的背景」と説明する消費者庁の内部文書
https://lite-ra.com/2019/11/post-5120.html


〈力と量とを得ろ。〉[2019年11月30日(Sat)]

DSCN2330アンドレ・マッソン「砂漠のモニュメント」-B.jpg
アンドレ・マッソン〈砂漠のモニュメント〉(1941制作、1987鋳造)横浜美術館にて


◆◇◆◇◆


わが命 より 村山槐太

砂上にあふむきにひつくりかへる時空は
翡翠に澄み微風海より吹く
この恍惚たる生の一瞬。


◆画家として充実期を迎えていた村山槐多(1896-1919)をとつぜん病魔が襲った1918年、槐多は九十九里浜に転地療養し己の命と向き合う詩を綴った。
時として、わが心、身をはなれ空より/われとわが身を見る/砂上に横たわるいたましき人肉一片」とあわれむべきわが身と俯瞰しながらも、鬱勃と内側から突き上げる力に叫び出したくなる――

私ののぞんで居るのは
張りきつたツエツペリン航空船の様な命だ
はぜんとするダイナマイトだ
人をけ殺す狂馬の命
羅馬の闘士が命だ


そうして我とわが身を激しく鼓舞する――

つぶやきうなるのをやめろ
力と量とを得ろ。


*詩句はいずれも「わが命」より
 『村山槐多全集』(彌生書房、1963年)に拠った。

*******

◆昭恵夫人は「公人」だと口が裂けても言えなくなった政府は29日、「桜を見る会」への夫人出席は「首相の公務の遂行を補助する一環」だとする噴飯物の屁理屈を持ち出して”閣議決定”とした。

【11月29日共同通信】桜見る会、昭恵氏出席は公務補助 閣議で政府答弁書決定
https://this.kiji.is/572974615799563361?c=39546741839462401

人々の怒りのマグマが噴き上げなければどうかしている。

「力と量とを得ろ。」とは力のすべてをたたきつけて生きている者の叫びだ。



〈逃(の)がすための 鳥籠〉[2019年11月28日(Thu)]

DSCN2333.JPG
サルバドール・ダリ〈バラの頭の女性〉 (1980-81)
(横浜美術館にて)

横浜美術館の2階からエントランスに下りてくる途中に幾つか置かれている彫刻の一つ。
1階に着く辺りに置いてある。
見る位置によって姿態を相当大きく変えてしまうようで、1階に下り立って振り向き、見上げたら上の様になった。

怪鳥が我々に襲いかかってくるかのようだ。

これに取り合わせたくなったのが次の詩。

*******

鳥籠売りジョンの唄  高橋睦郎

わが名はジョン 鳥籠売り
両肩に渡せし棒に 両腕に 腰 はた 腿にも
大小無数の籠を吊して 振り売りに売りありく也(なり)
然りと雖(いえど)も わが籠は入るるための籠には非(あら)
放つため 逃(の)がすための 奇体なる鳥籠也
一つの籠の口蓋を引き上ぐる時 ああら不思議や
(なべ)ての籠の口蓋の持ち上がり 飛び立つもの数を知らず
(つい)には 籠にも 荷棒にも 翼生(お)いて 翔(かけ)り去る也
鳥籠も 天秤棒も失いし鳥籠売りは 益(よう)もなし
然れば われも翼生わせて いざ飛び立たん
御覧の諸卿も 能(あた)う可(べ)くんば続き給え 而うして
青空の 青の奥処(おくが)に 音となり 沈黙となり
至福なる無となり 諸共に融け合わん いざ


*入沢康夫ほか編著『詩のレッスン』(小学館、1996年)より




 
モネ〈アルジャントゥイユ〉の眩暈[2019年11月27日(Wed)]

モネの眩暈(げんうん)

モネ「アルジャントゥイユ」1875年−A.jpg

クロード・モネ〈アルジャントゥイユ〉1875年

◆横浜美術館の「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展に来ているモネ作品はこれ一枚。
アルジャントゥイユとはパリ北西10kmほどのセーヌ川右岸の町とのこと。

有名な〈印象、日の出〉の3年後の作である。

◆絵の前に立つと、軽い目まいに誘われた。
2艘あるオレンジ色の舟のうち、右手前の一艘の、こちらから見て右がわの舷とその陰影を映した水面――濃い群青色の水面――がくっきりと手前に飛び出して見えて来たのである(図録の写真では殆ど感じられない)。

対比を考えた色の配置によるものだと思うが、裸眼で平面作品を見て立体感を感じるのは時々あるとはいえ、今回も不思議な感覚に襲われた。
他の人たちはどう感じているのだろうか?聞いてみたい衝動にさえ駆られる。

二度三度この絵の前に戻り繰り返し見て飽きない。
水面に映った空の青も我々を引き寄せてやまない。身を乗り出してそこにある空をのぞき込みたい気持ちにさえ誘われるのである。

左奥の桟橋に人物がいて現実世界の描出であるように見せながら、視る者を幻想の世界に容赦なく引きずり込む。

◆家に帰ってからも、アー、あっちの世界に行ってしまわなくて良かった……という気持ちがしばらく続いている。
同時に、そっちに行っちゃって現実世界に戻れなくなったとしても、甘美さに身を浸し溶けて行っても悔いはないような、舟同様、鏡のような水面に浮かびながら揺曳を感じ続けている感覚。

*本展の図録は紙質によるのか、どの頁もクッキリ感を抑えた印刷の仕上がり。悪く言えば、鮮明度が欲しいこの絵のような場合にはもどかしさが募る印象(実物を見た後には特に)。
だが、図録の写真すら、現代の3Dアートを見るときと同様、焦点を結ばないようにボウッと眺めていると立体に見えてくる、そうした効果は写真でもかすかに感じられる(トライして見て下さい)。

それほどにこのモネの絵は永遠の眩暈の裡に我々を引き込む。その画家の手業の鮮やかさに舌を巻かざるをえない。

ぜひ会場で現物を御覧下さいますよう。



若き画商ポール・ギヨーム[2019年11月26日(Tue)]

◆横浜美術館の「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展を観た。
オランジュリー美術館コレクションのもととなったポール・ギヨームのコレクションが中核を成す。

概ね一人の画家について数点ずつ選んで並べているために、ドランスーティンについてまとまったイメージを持つことができた。
それは、画商ポール・ギヨームが彼らに見出したそれぞれの画家としての特質、その集合体でもある。

◆本展はギヨーム(1891-1934)の生涯にスポットを当てていて、彼をモデルとした作品も複数含まれている。
20歳で画商としての仕事をスタートさせたギヨームはアフリカ彫刻を扱い、その魅力を広めることに情熱を傾けた。彫刻作品の貸し出しも積極的に進めたと会場の年表に書いてあった。

◆その先の部屋にモディリアーニの作品(「ビロードのリボンの女」「アントニア」)が並んでいる。おかげで気がついたことがある。
モディリアーニの人物画の特徴――瞳を描き込まない目や長い首、鼻筋が三日月のように反っていることなど――は、アフリカ彫刻に触発されたものではないか、ということだ。
どうしてああいう風に描くのだろうと不思議に思ったまま掘り下げて考えたことはなかった。
専門家にはすでに常識の一つに過ぎないのかも知れないが、門外漢にストンと腑に落ちるように展示が工夫されていたわけである。

◆モディリアーニが描いた「新しき水先案内人ポール・ギヨームの肖像」には肖像の周りにギヨームの名前のほかに題名の「Novo Pilota(水先案内人)」や「Stella Maris(海の星)」ー聖母マリアを意味するとのことーなどの文字が書き込まれていて、画家のギヨームへの賛仰が表現されている。
1915年の作だからギヨームは未だ24歳である。

◆会場にはギヨームの邸宅模型(マケット)2点が壁面に埋め込まれていて、ここだけ撮影OKだったので収めてきた。

DSCN2322-A.jpg
1930年頃に住んでいた邸宅の食堂。
壁中央にかかっているのはアンドレ・ドラン「台所のテーブル」(1922-25頃)で、本展展示作品の一つ。


DSCN2325-A.jpg
同じ邸宅の書斎。中央にある絵はアンドレ・ドランの「ギターを持つアルルカン」(1925年)。
下の列にモディリアーニの人物画が並んでいる。

今回の展覧会では、「アルルカンとピエロ」(1924年頃)という作品が来ていて、左にこの絵と同様の姿のアルルカンがマンドリンを持ち、右側にギヨームをモデルにしたピエロが白い衣裳にギターを持っている姿が描かれている。

★マケット制作はいずれもレミ・ムニエ(2006年)でオランジュリー美術館蔵。
今日から明日へ行くには[2019年11月25日(Mon)]

DSCN2278.JPG
遊行寺、小栗眼洗いの池にある魚籃観音(ぎょらんかんのん)

*******


川のある風景   石垣りん

夜の底には
ふとんが流れています。

川の底を川床と言い
人が眠りにつくそこのところを
寝床と言います。

生まれたその日から
細く流れていました。

私たち
今日から明日へ行くには
この川に浮き沈みしながら
運ばれてゆくよりほかありません。

川の中に
夢も希望も住んでいます。

川のほとりに
木も草も茂っています。
いのちの洗濯もします。

川岸に
時にはカッパも幽霊も現われます。

川が流れています。
深くなったり
浅くなったり

みんな
その川のほとりに住んでいます。 


『石垣りん詩集 やさしい言葉』(童話屋、2002年)より

◆言われてみれば、川を抱く山坂ある地形を往ったり来たりする夢を見ることがずいぶんあったような気がする。
思い定めた場所に行き着かぬもどかしさを覚えることもしばしば。
自分の足で歩いていると思っていたけれど、実はこの詩のように、昨日から今日へとどうにか運ばれてきたというわけか。



〈同じしぐさでくびを傾げ〉[2019年11月24日(Sun)]

DSCN5204ハクセキレイ-A.jpg
ハクセキレイ(白鶺鴒)。2月に撮ったもの。
貞久秀紀の次の詩にふさわしい一枚があればと考えていたのだが、おあつらえ向きの姿はなかなか撮れない。

*******


連関   貞久秀紀

溝から現れた鶺鴒が
すがたをはじめて現したときから
道にこの鳥が
白と黒の羽をもち
尾をふいごのように上下させてはくびを傾げ
板塀をあおぎみていた
ひとりの友とわかれての帰途
わたしがこの鳥の出現に立ちどまり
同じしぐさでくびを傾げてあおぎみた塀のむこう
背の低い鶺鴒からは望みようのない
橙が枝葉をしげらせ
実をゆたかにつけている道の上で
この鳥にはわたしに見えない何が見えているのだろう
かれが何かを見ようとしているとなぜわたしにわかるのだろう
とりわけなぜその出現に立ちどまり
かれとゆるぎないほど同じしぐさでくびを傾げ
板塀をあおぎみていたのだろう


*昨日と同じく貞久秀紀(さだひさひでみち)詩集『具現』(思潮社、2017年)より。


DSCN5205ハクサキレイ-B.jpg


不安という果実[2019年11月23日(Sat)]

DSCN2363.JPG

雨に打たれるクロガネモチ(横浜美術館前)

雨の連休、横浜方面は車でごった返していた。

***


具現  貞久秀紀


近くわが身に起こり
その何であるかをじかに知りえない不安から
道をかろやかにのぼり来るときも
歩みとともに不安はふくらみ
それは道なりにゆるやかに成就されてゆくと思える
見上げることなしには見えない
木の枝について揺れている実とおなじ見かけ
おなじ内実をともなう振り子とは
いまここに見上げていて枝について揺れる
あの果実のことではないだろうか



貞久秀紀(さだひさひでみち)詩集『具現』(思潮社、2017年)より。

◆身を歩ませながら生きていることをいつくしんでいる者には、不安すら豊かに熟し色づいていくもののようだ。




〈生命の源を入れ替える〉[2019年11月22日(Fri)]

DSCN2282-a.jpg
クチナシ(梔子)の実。不思議な形だ。熟しても割れないので「クチナシ」だとか。
遊行寺本堂裏手にある「小栗判官眼洗いの池」の前で。

*******


ことりのうた   宮城ま咲

父が小学校に上がるより前に
ちょっと象徴的な
八月十五日が来た

「もうこんな姿
見ていたくない」と
誰かが言ったのか
崩れかけの浦上天主堂がほんとうに崩される頃
父は県北の家族と離れて
大学の下宿に移った

家野町には
小鳥がいただろう
梢を貸す ありきたりな木は
それぞれの傷を他言せず
足元に
珍しくなかった木造家屋や
珍しかった西洋建築の
床柱やガラス窓やかわらを
思い思いに眠らせる
小鳥は 鳴いただろう
すこやかな未来を約束された若木では
少し遠慮がちに
くずおれる痛みに怯える幹のそばでは
ふりきれるほど けたたましく

あの小鳥は
生命の源を入れ替えるごとに
改良された体の形を獲得し
いまだって どこかで
愛の歌をさえずっている
父が聞いた音色に似ているだろうか
屋根に積もった落ち葉の上
子供のいない公園の隅
黒い袋をびっしり並べた畑
ことりの目には 何が見える

 
 *家野町…長崎大学キャンパス北側の町

宮城ま咲詩集『よるのはんせいかい』より (土曜美術社出版販売、2016年11月22日発行)

宮城ま咲(まさき)は長崎県生まれ、現在も長崎に住む詩人。
小学生の時に亡くなった父を詠んだ詩を中心に編んだ詩集。あとがきを次のように書き始めている。

「あー、私かなしかったんや」と思えるようになってやっと十年くらい経った今年、父の二十七回忌でした。
終わったことだから……と背を向けて「前向き」に生きてきたつもりでしたが、今思うとそれは自分の気持ちに蓋をしていた日々でした。蓋を開けると苦しくなったり、かなしくなったりしたけど、やっと自分が自分の時間を生きている実感がしっかりとしました。


奥付の発行日「11月22日」という日付けには亡き父への思いが込められているだろう。
そのように人は愛する者と自分とがともに生きた時間(およびともに生きることがかなわなかった時間をも)心に刻み込んで生きて行こうとする。
それは生命の源を入れ替えて過去から未来へと向かうことだ。
小鳥にあってはさえずりがそれを促し、人間にあっては言葉がそれを促す。
8月ナガサキを胸に刻む人々もまた。

◆フランシスコ・ローマ教皇の長崎訪問を前に、付箋が目に留まった一冊を手にしたら、偶然にも長崎ゆかりのこの詩集、付箋は上の詩に貼ってあった。


宮城ま咲「よるのはんせいかい」-A.jpg


木内みどりさん急逝を悼む[2019年11月21日(Thu)]

◆女優の木内みどりさん急逝の報。

さようなら原発や憲法集会の司会を何度も引き受けて下さっていた。

原発ゼロ社会の実現と市民の平和なくらしが守られる社会のために語りかけてきた信念と行動の人。
在りし日の姿を偲び、心からご冥福をお祈り申しあげます。


150503横浜憲法大集会司会木内みどりさんDSCF0050.jpg
2015年5月3日憲法大集会(横浜臨港パーク)

190923反原発集会代々木公園木内みどりさん+澤地久枝さんDSCN2967.JPG

2015年9月23日代々木公園〈さようなら原発 さようなら戦争 全国集会〉にて澤地久枝さんとともに(再掲)。

◆◇◆◇◆◇◆

*公開中の出演作「夕陽のあと」(監督:越川道夫)について語った11月2日配信のインタビューから――

【テレ朝POST】より
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191102-00010000-asapostv-ent&p=3

私のことを知っている人は50代から70代。若い人は知りませんよ。知らない。それでもちょこちょこっといただける仕事を丁寧に丁寧にやっていこうって思っています。

――年を重ねるほどに丁寧に丁寧に……肝に銘じたい。

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