パウル・ツェランの「死のフーガ」[2019年04月20日(Sat)]
トウダイグサ(燈台草)
和名の由来は燭台に火を灯したように黄色い花が咲くからという。
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死のフーガ パウル・ツェラン
あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む
僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない
一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星また星が輝いている
彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる
彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を朝に昼に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない
男はどなるもっと深くシャベルを掘れこっちの奴らそっちの奴ら
歌え伴奏しろ
男はベルトの拳銃をつかむそれを振りまわす男の眼は青い
もっと深くシャベルを入れろこっちの奴らそっちの奴らもっと奏でろ
ダンスの曲だ
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に朝に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート男は蛇どもをもてあそぶ
彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
彼はどなるもっと暗鬱にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは
煙となって空に立ち昇る
そうしたらお前らは雲の中に墓を持てるそこなら寝るのに狭くない
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手
僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む
死はドイツから来た名手彼の眼は青い
彼は鉛の弾丸(たま)を君に命中させる彼は君に狙いたがわず命中させる
一人の男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
彼は自分の犬を僕らにけしかける彼は僕らに空中の墓を贈る
彼は蛇どもをもてあそぶそして夢想にふける死はドイツから来た名手
君の金色の髪マルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート
*飯吉光夫編・訳 『パウル・ツェラン詩文集』(白水社、2012年) より
◆パウル・ツェラン(1920.11.23-1970.4.20)の代表作。
1945年に書かれた詩であるという。
ユダヤ教徒の家に生まれたツェラン、その両親はともに1942年に強制収容所で死に(父はチフスで、母は射殺)、ツェラン自身も強制労働に従事させられた。
詩のモチーフはナチスによるユダヤ人虐殺である。
さて、「犬をけしかけ」「墓を掘らせ」――地面に掘らさせる自分たちのための墓、しかもそれは、実は〈空中の墓〉だ――「甘美な死を奏で」させる中、「鉛の弾丸を〜狙いたがわず命中させる」者が、我々の国の詩歌に登場したことがあったであろうか?
この詩の「彼」のように、命令と計画を喜々として確実に遂行し、逡巡や呵責とは無縁な殺戮者がこの国に絶無だったはずはないだろうに。