山田玲子「あさ」[2026年08月17日(Mon)]
あさ 山田玲子
電車に
朝が 乗ってくる
朝は
あ さ という
ふんいきをもっていて
車内が込みあっていなくても
あ さ なのだ
はじめ電車に乗ってくる
あ さ は
どんなふうに
乗りこんでくるのだろう
よ る は
どんなふうに
降りていくのだろう
どんなふうに 電車は あ さ になるのだろう
からっぽのまま
『ツグミの家』(七月堂、2010年)より
◆「朝」は「あ さ 」という生きている時間だ。だから「ふんいき」を持っているだけでなく、それ自体が電車に乗り降りするものであり、電車そのものでもある。
手に触れがたいものを「あさ」と名付けたことで、それは手ごたえを感じさせてくれるものとなり、私たちと同様に呼吸したり、眠り・目覚めるものとなる。
電車もまた然り。
「あさ」のおかげで、単なる乗りものでなく、それに乗るものたちとともに息をし、めざましく働いて生きて行く。
名付けることで、日常にドラマが立ち上がる。「どんなふうに」と、注視しないではいられないものに変容する。



