石垣りん「洗剤のある風景」[2026年08月16日(Sun)]
洗剤のある風景 石垣りん
夕暮れの日本海は曇天の下
目いっぱいの広がりで
陸地へと押し寄せていた。
列車は北へ向かって走っていた。
ふと速度が落ち
線路脇に建つ家の裏手をかすめる。
台所らしい部屋のあかり
窓際に洗剤が一本
小さな灯台のように立っていた。
大波が来たら家もろとも
たちまちさらわれそうな岸辺に。
何というはるかな景色だったろう
――あそこに人間の暮らしがある。
乳白色のさびしい容器を遠目に
私はその先の旅を続ける。
石垣りん詩集『やさしい言葉』(童話屋、2002年)より
(初出は1982年7月『女性の広場』)
◆涙ぐましい一篇だ。
波の押し寄せる岸辺にしがみつくように建つ一軒の家の裏手、台所とおぼしき窓辺に見えた一本の洗剤。
一日とてゆるがせにすることのない灯台のように、日が沈みまた昇ることに信を置いて営まれて行く暮らし、それを支え続けていく人間の小さな手の大きな働きを、一瞬の風景の中に看取する。
「われもまた……」という思いをそこにヒタヒタと寄せながら、だが共感、というのでは足りない。その窓辺からこちらに返される波が、「私」を先へと運ぶ。
「はるかな景色」の中を、その家の住人も「私」も、ともに歩み続ける旅人なのだ。
*
◆この人には白神山地の十二湖を訪ねた詩があった*が、その時は車で訪れたようだから、この詩に描かれた「北へ」向かう列車からの風景は、それとは別の機会かも知れない。
*「消息」という1987年に発表した詩。
→拙記事[2018年9月27日]【石垣りんの十二湖探訪】
⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/999



