茨木のり子「ぎらりと光るダイヤのような日」[2026年07月01日(Wed)]
◆はやコスモスが風に揺られていた。
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ぎらりと光るダイヤのような日 茨木のり子
短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の
お百姓はどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位焼くのだろう
教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう
子供たちは地球の住人になるために
文法や算数や魚の生態なんかを
しこたまつめこまれる
それから品種の改良や
りふじんな権力との闘いや
不正な裁判の攻撃や
泣きたいような雑用や
ばかな戦争の後仕末をして
研究や精進や結婚などがあって
小さな赤ん坊が生れたりすると
考えたりもっと違った自分になりたい
欲望などはもはや贅沢品になってしまう
世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう
指折り数えるほどしかない
その日々の中の一つには
恋人との最初の一瞥の
するどい閃光などもまじっているだろう
<本当に生きた日>は人によって
たしかに違う
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ
『見えない配達夫』(飯塚書店、1958年)所収。
谷川俊太郎 選『茨木のり子詩集』(岩波文庫、2010年)に拠った。
◆中原中也の「朝の歌」であれば、「うしなひし さまざまのゆめ」を「倦(う)んじてし/こころ」でもて余しているところかも知れない。
<本当に生きた日>がたといわずかでも「ある」と信じている点で、茨木のこの詩は若々しい。
まなざしが未来に向けられている点で全く対照的だ。
「りふじんな」ものとの「闘い」も未だ未だ観念的に想像しているだけかも知れない。
その意味で青く若い。
だが、「ばかな戦争の後仕末」の一つとして「銃殺の朝」を迎える者がいる、そのことを思わないで済ますわけにいかない時代に生きているというザラザラした実感だけは心の深い所に刻みつけられた。
だから、仮に「ダイヤのような日」を生きられたとしても、それはふところに呑んだ匕首(あいくち)」のように、「ギラリと光る」時間として胸に畳まれるのだ。



