玉井國太郎〈夢見る力〉より[2026年05月09日(Sat)]
アイリス。これは先月下旬ごろの姿で、花期は短かかった。球根のものがみなそうなのか知らないけれど。
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〈 夢見る力 〉より 玉井國太郎
世界は
かぼそい祈念であればいいと言う
終わってしまった望みの時と
かたちにならない夜明けの斉唱
ひっそりと淡い沈黙を食べながら
くるぶしをミルク色の光に洗わせる日々
新しい魂でも始まっているかと思って
時折
あなたを鏡にして
自分の顔を覗き込むのだが
何も見つからない
清潔な陽だまりが
ひたいの上の雲を搔き集めては
退屈げに身じろぎしている
次々と風に巻き取られる縁起のしずく
眠たげな挨拶を寄こす
閉ざされた首筋
日々の泡を嚙み砕くこころは
偶然のように酔眼を作るが
眠ることにはとうに飽いた街並が
目を覚ませと
不思議に手を打ち合わせる
友田裕美子・編『玉井國太郎詩集』(洪水企画、2024年)より
◆3部からなる詩の冒頭。
初めの2行、「世界は/かぼそい祈念であればいい」に引き込まれる。
だが、「〜と言う」が続くことで、自らの願望を吐露したのではなく、誰かの言葉の引用であることを示す。それでいて、その誰か(そのあとに登場する目の前の「あなた」)の言葉に自分を沿わせることを望む気分が揺曳しているようだ。
全体に点綴されたアンニュイはむしろ装いで、未だ確かな形を備えるに至っていない、得体は知れないが、それはむしろ特権だと言って良い魂の若々しさが日の光を受けて輝いている。



