茨木のり子「くりかえしのうた」[2026年03月17日(Tue)]
くりかえしのうた 茨木のり子
日本の若い高校生ら
在日朝鮮高校生らに 乱暴狼藉
集団で 陰惨なやりかたで
虚をつかれるとはこのことか
頭にくわっと血がのぼる
手をこまねいて見てたのか
その時 プラットフォームにいた大人たち
父母の世代に解決できなかったことどもは
われらも手をこまねき
孫の世代でくりかえされた 盲目的に
田中正造が白髪ふりみだし
声を限りに呼ばわった足尾鉱毒事件
祖父母ら ちゃらんぽらんに聞き お茶を濁したことどもは
いま拡大再生産されつつある
分別ざかりの大人たち
ゆめ 思うな
われわれの手にあまることどもは
孫子の代が切りひらいてくれるだろうなどと
いま解決できなかったことは くりかえされる
より悪質に より深く 広く
これは厳たる法則のようだ
自分の腹に局部麻酔を打ち
みずから執刀
病める我が盲腸をり剔出した医者もいる
現実に
かかる豪の者もおるぞ
『人名詩集』(山梨シルクセンター出版部、1971年)所収。
『茨木のり子集 言の葉2』(ちくま文庫、2010年)に拠った。
◆井筒和幸監督の映画『パッチギ!』に描かれたような在日朝鮮高校生と日本の高校生たちとの事件に胸を痛めたことがこの詩を生んだ。
今や韓流ドラマが放送されぬ日は一日としてなく、昨日の朝日新聞夕刊のように韓国のアイドルグループBTSが1面に載るほどの時代だ。
それでいていまだにヘイトの悪罵を投げつける人々がこの国には存在する。植民地時代の加害の歴史に頬かむりしてきた大人たちの責任−−そのように片づけて子や孫世代が免罪されるわけではない。
先週の石橋学氏の講演「排外主義に立ち向かう」では、ヘイトする人々の中に子連れで加わった若い母親の姿もあって、なお続いている差別的なまなざしを突き付けられる思いがした。
川崎市のヘイト禁止条例は罰則規定を持つ点で先進的な例だが、せっかく条例を定めてもそのような規定を持たない理念法にとどまる自治体も少なくない。
そんななか、横浜市や藤沢市でも川崎に続けと条例制定に取り組む市民の運動が興っていると聞いた。誰かがやってくれるだろう、ではなく、いま解決すべき大事なこと、先年の教科書問題でも痛感させられたことだ。



