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小島晋治「戦争で死んだクラスメイト」[2026年02月23日(Mon)]

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◆先年亡くなった従兄の遺品の中に、彼が在職していた大学の生協が学生向けに出した小冊子があった。
『いまあなたに問う 平和とは X』と題し、大学教員たちから学生に向けた平和へのメッセージや講演録が載っている。
1986年3月発行だから戦後40年を過ぎ、戦争体験の継承が意識され始めたころだ。

そのうちの一人、小島晋治氏(中国近代史。1928-2017)は、「戦争で死んだクラスメイト」と題して次のように書いている。

1945年8月15日、戦争が終った時、私は17歳6か月だった。この年齢なら戦場に送られることからは免かれたはずだった。だが私は3人の小学校(茨城県の小都市)の同級生を戦争で失っている。
そのうちのU君は少年志願兵として海軍に入り、敗戦まぎわに太平洋上で戦死した。他の2人、S君T君「満蒙開拓青少年義勇軍」に入って、満州で死んだ。3人とも遺骨すら帰らなかった。U君は成績も運動神経も良かった。経済事情さえ許せば、当然進学していただろう。そうすれば死ななくて済んだのだ。だが当時においては、U君のような少年にとっては、早くに軍に志願することが、危険だが夢をそそられる出口の一つだったのである。
S君とT君は近郊農家の次、三男で、それぞれ相撲とランニングの選手だった。二人とも無口だが、温厚で粘り強い、生まじめな少年だった。1年から6年までクラス替えがなかったこともあって、私は今でもこの3人の風貌をまざまざと思い浮かべることができる。もう1人開拓義勇軍に加わったY君という同級生がいた。彼だけは敗戦の翌年、18歳というのに頭髪が抜け落ちてバラバラになり、棒のように細くなって帰ってきた。
50人ほどのクラスから3人も開拓義勇軍に加わったについては、それなりの理由がある。農地改革以前の当時の農家が抱えていた困難が、「満蒙」への夢に容易に乗せられた要因だった、ということは確かにあるだろう。だが帰ってきたY君の家は農家ではなく、かなり豊かな商家だった。このY君が義勇軍に入ったについては、担任のM先生の熱心な勧誘が一因としてあったように思う。
茨城県内には、加藤完治の主宰する「満蒙開拓義勇軍」の訓練所があった。県内の農村出身だったM先生は、この運動に共感をもっておられた。小学校6年を終えて5年制の旧制中学に進んだ私たち進学組(50人中13人)に対しては、先生は義勇軍参加を全く勧めなかった。だが2年制の小学校高等科に進んだ就職するコースに入った生徒たちには、かなり熱心に勧められたようだ。情熱的で人格者であり、生徒の信頼が篤かっただけに、先生の影響力は大きかったと思う。そして先生ご自身も、奥さんと、ただ1人の幼い男の子をつれて、開拓団の小学校長として赴任された。先生ご一家は帰国はされたのだが、まもなく先生と男の子は相ついで亡くなられてしまった。私にはM先生がそういう形で、教え子への責任をとられたように思われてならない。
一方、戦後に知ったことだが、私の小学校でも、私たちの入学前年に、1人の若い先生が、県内の反戦教師グループの一員として検挙、免職されている。もしこういう先生たちの言論や運動が自由に展開され得たとしたら、クラスメートやM先生の悲劇はあるいは避けられたのかもしれない。


   『いまあなたに問う 平和とは X』より(東京大学消費生活協同組合、1986年3月)。文中の強調は引用者。

加藤完治(1884-1967)…
1931(昭和6)年の満州事変後、農村救済のためには大陸への移民が必要だとして政府や軍部に満州開拓の実現を働きかけ、移民が国策となった翌年の1937年には「満蒙開拓青少年義勇軍編成に関する建白書」を政府に提出。創設が認められると、自ら義勇軍訓練所長に就き、約8万6千人の少年たちを送り出し、「満州開拓の父」と呼ばれる。
 *[朝日新聞山形版(2015年12月11日)]に拠った。


◆移民排除だ、武器輸出だ、集団的自衛権だ、核武装だ、と煽る人間は、歴史に学ぶこともすまい。よって政府枢要の職に就いてはならない。



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