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谷川俊太郎「死神」[2026年01月29日(Thu)]


死神   谷川俊太郎


戦車が一台止まっているのが二階の窓から見える
戦争は終わったのだろうか
周囲に人影はない
戦車の背後に青く山脈が霞んでいる
あっちは敵国だと教えられたことがある

その土地で使われている言語は
押韻の工夫によって悲劇を喜劇に変えてしまうと
学会では言われている
娘が一人何を思ったか戦車の上によじのぼった
若々しい声で演説を始めた

だんだん人が集まってきた
退屈だから見るのをやめて窓を閉めた
階下のラジオから何か聞こえる
「アジャラカモクレンテケレッツのパー」
柳家小三治の声だ

説明も解釈も不要な白昼の事実に
言語の夕闇が忍び寄る
口を噤むのは容易だが
内なる言語を沈黙に追いやることは
誰にも出来ないこの世


  『ひとりでこの世に』(新潮社、2025年)より  

  
第二連の「その土地で使われている言語は/押韻の工夫によって悲劇を喜劇に変えてしまうと/学会では言われている」言語が何か、というのは良く分からなかったのだが、そうした特色を持つ言語の使い手たちは、長い民族の歴史の中で、圧政や戦争の暴力にさらされても絶望せず生き抜く術を編み出しそれを後世に口伝えで受け渡してきた人たちだろうと想像することは出来る。
一人や二人の天才ではなく、凡百のふつうの人たちによって、その処世術とも生き抜く知恵とも言うべきものは、言葉によって鍛え上げられてきたのだろうと思う。

*試みにAIに訊いてみたら、それはナポリの言葉だろうと回答してきた。ほんとかどうか当たってみる必要が出て来た。


◆第三連、戦車の上で演説する娘と、そこに集まってくる人々、それを見物するのが「退屈だから見るのをやめて窓を閉めた」とは何とも天邪鬼で、こういうポーズは嫌いではない。
そうして、ここまでは外国の景に見えたのにいきなり「アジャラカモクレンテケレッツのパー」が小三治の声で聞こえて来る。落語『死神』を語っていたのだろう。この奇天烈な言葉は、死神を追い払う呪文だ。

◆さて「口を噤むのは容易だが/内なる言語を沈黙に追いやることは/誰にも出来ない」以上、どうするか――我々と言う必要はない――僕は?

天邪鬼を気取ることは止(や)めにして――とは日和見はせずに、だ――抗う? それとも闘う?(この二つは似ているがほんとは違う気がする)




  
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