親子関係修復:電話機の場合[2026年01月24日(Sat)]
今日の夕映え(丹沢方向を望む)
◆固定電話の子機を水没させて往生した。液晶が全く白濁してしまった。ガラケーを初めて手にした時から水には注意!と言い聞かされて来たが、本当だった。
(電話をかけるのも受けるのもできそうなのに、画面が確認できないのでは、詐欺電話横行の時代にドアロックを一つ解錠してあるみたいで心細い。)
幸い、ネットで中古の子機を新規購入の1/3以下で入手できた。子機はもう一台あって、これは健常な状態。
ところが今度の子機、親機への増設設定ができない。
取説を読み返しトライするが、親子のペアリングができないのだ。
◆ネットには、こうした事態へのアドバイスにもいくつかあったがどれも上手くいかない。二日間にわたって試行錯誤が続いた。
そもそも、取り寄せた子機の画面には「ケンガイ」などという初めて見る表示が出ていて、どうやっても消えない。親機が見つからない状態を意味するのだろうと想像するも、親機のすぐ横に居ても気づかない子機とは何という不孝不忠の子どもだ。
◆このファクシミリ付き電話を使い始めて13年余り、国会でトンデモ法案が上程されるたびに、与野党議員たちに要請文を送る、頼もしい助手である。電子メールの時代だってまだまだ出る幕はあるはずで、どの機能も大丈夫と思うのに、設定がうまくいかないだけで廃棄するのは無念でならない。
パソコンの「再起動による復旧」にならって親機本体の子機登録をリセットしてみた(これは取説に書いてあった)。
しかし今度は何と、健常だった子機まで認識されなくなってしまった。
意地の悪い継子に翻弄されて実の親子が絶縁したようなものだ。
◆こんな事態になっても彼らを放りださないのはつくづく昭和の人間だと思う。働くようになって初めて自分名義の電話を持った身には、電話は苦手なものの筆頭である。同時にその恩恵も享受して来たので、あって当たり前のものではない。パソコンやスマホの時代に固定電話をやめる気になれないでいるのは、〈惰性+その存在意義を認める気持ち〉があるからに違いない。
◆この電話の取説には「再起動」という用語は出てこないのだが、ここまで来たからには徹底して最初に戻す以外に方法がない。あとは世間の知恵者を探すことだ。
アドバイスを求め改めてネットを探すと、複数のやり方を挙げているブログも見つかった。
また、何と、子機の取説が見つかった。手もとにはなかったものだ。紛失したのではなく、最初から付いていなかったのだろう。買った当初から子機2台が付いたタイプで、出荷時点で親子のペアリングは済んでいたはずだからだ。
そこに、子機からの親子登録リセットの方法が書いてあった。
それが突破口だった。
子機のボタンを、想像もしなかった手順で、〈○秒以上長押しし、画面が「ゾウセツシマスカ」などと表示されたら△秒以内に、これこれのボタンを押す……〉といった複雑な手順を踏むものではあった。
ともかくも……まず後継の子機が「(増設に)セイコウシマシタ」と表示され、親機が「ピー」と祝福の音を響かせた。
続いてもう一台、元々の子機――(手順を忘れぬうちにと心急く)――再び「セイコウシマシタ」&祝福の「ピー」。
◆電話機に限らず、親子関係が潰えるのはあっというまの出来事。そうして関係の修復は、実の子であれ、ママ子であれ、はなはだ困難。だが諦める必要はない。
もう一つ学んだこと、解決に至る道筋は、決して一つではない。常に複数のルート・やり方がある、ということ。
(むろん、人間の場合、リセットできるものとそうでないものとがあり、相手を無視した不用意な発言やふるまいがリセットを不可能にし、壊滅的なガラガラドンを招くことも、しばしばあるのだけれど。)



