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南雲和代「海の手紙」[2026年01月18日(Sun)]


海の手紙   南雲和代


僕は誰なのか


母は最期までこの国のことばを話さなかった
僕には十五歳までことばがなかった
沈黙の世界をただよっていた
僕には母のことばもこの国のことばも
どちらもなかった

僕の国はどこなのか

母が生きることを放棄し僕を捨てた日
僕は戸籍がないことを知らされた
父と母は難民だったという
小さなボートで
父と母は故国を捨てた
僕は母を守りたかった
だから この国のことばしか話せない

僕の故郷はあるのか

僕の褐色の肌は
蜃気楼のような海のかなたを夢に見た
いくたびの季節が
茫洋としたまま
時間を重ね
多くの人が殺戮された東の国が
僕の故郷だと知らされた

僕は誰なのか

父と母の骨と僕の爪を入れた手紙を
東京湾に流した
手紙は都会の汚れた湾岸に迷い込んできた
小さな魚に呑み込まれ
いつか
父と母と僕の故郷にとどくだろうか



 『僕たちはなくしたことばを拾いに行こう』(土曜美術社出版販売、2023年)より


◆人間に2種類ある、という言い方がある。
男と女、持てる者と持たざる者、善人と悪人、白人と有色人種、海を見て暮らす人間と海など一度も目にしたことがないまま生涯を終える人間……

この詩の「僕・父と母」の置かれた状況に当てはめれば、難民とそうじゃない人間、故郷を失った人間と生まれた所に住み続ける人間。

けれど私たちにしたところで、実は80年ほどまえ、国に見捨てられここにようやくたどりついた祖父・祖母の歴史をよく知らずに居るだけだったりするんじゃないか。あるいは幾世代もの昔、ちっぽけな舟で流れ着いた歴史が細胞のなかで眠っているだけなんじゃないのか。

◆世界も二分法で考えるなら、平和を享受している世界とそうではない世界とに色分けすることもできる。
ただ、それは、世界を、自分がいるここと、ここ以外とに分けて済ましているだけなんじゃないか?それで少しはましな世界に変わるのだろうか?――ここと、ここ以外の世界とが。



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