諏訪優「痛みの季節に」[2025年10月07日(Tue)]
芙蓉
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痛みの季節に 諏訪優
おまえの傷を癒すのは時間だ
黙って
耐える痛みの季節よ
深い闇の底で
枯枝 ざわめき
逆風に千切れた夢の
破片を継ぎ合わせて
いま 読まれることのない墓碑銘を書く
その一行に
おまえは愛したひとたちの
頭文字をいくつか刻むがいい
殺したひとや動物の名も
忘れずに記すがいい
動物たちは黙って痛みに耐えていた
去ったひとたちはいつまでも若く
そのまわりにはいまも光と旗がはためいている
黙って耐える痛みの季節よ
ひとつの死が確実におまえの内部に在る
いつ住みついたか どんな貌か
手ざわりだけでまだわからない
おまえは臆面もなく歌ってやった
さびしい夜 それだけが優しさだった
いま おまえの傷を癒すのは自分の時間だ
今夜 夢の中で 読まれることのない墓碑銘を書く
現代詩文庫『諏訪優詩集』(思潮社、1981年)より
◆「読まれることのない墓碑銘」とは?
墓碑銘を刻む人間がその生を終えたとき、地上に彼を継ぐ者がいないならば、もう彼の名が碑に刻まれることはない。
銘は誰かに読まれることによって意味を持つ以上、読まれることのない墓碑銘を書く「おまえ」が書くのは、「おまえ」の生涯であり、そこには未だ癒されない「傷」も含まれる。
「傷」は「千切れた夢」や「殺した」ものたちの痛みを味わわせる。その痛みを引き受けることは、「おまえ」の避けてはならないつとめだ。
だが、それを果たせば「傷」はいつか癒える。
――とすれば「読まれることのない墓碑銘を書く」とは他ならぬ「おまえ」自身のための行為だ。
後に来る誰かのためでなく、自分の時間を生きて死ぬことだ。



