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諏訪優「ひとつの言葉問いながら」[2025年10月05日(Sun)]

◆「十月五日」という日付を刻んだ詩があった。


ひとつの言葉問いながら  諏訪優


空の青さを殺して ただ歩く
酔ってはいけない危険な青だ
何度目の秋だろう
これから何度めぐる秋だろう

江戸川のほとりを松戸へ向けて歩きながら
おまえにだけ通じる言葉を探す
その言葉ひとつで
わたしたちはもう少し生きられそうだ

酔ってはいけない危険な青
矢切の渡しに芭蕉が立っている
旅人よ――
水の中に怪魚がいる おそろしい!
空の青さを殺して ただ歩く

水色の都市よ
いまわたしのその縁に立ち止って
おまえの名前を呼んでみる
空の青さを殺して歩いているはずの土手の上

一九七四年十月五日 午後
それなのにわたしはおまえの名前を呼んでいる

問うている ひとつの言葉
空の青さを映してつめたい水
水がゆっくりと流れている


  現代詩文庫『諏訪優詩集』(思潮社、1981年)より

◆繰り返される「空の青さをして」。
ここの「殺」は「黙殺」の意味を持たせているのだろうか。
「青い空」は、雲があってもなくても人を惹きつけ、酔わせる力を持っている。
だが、ここでは空など眼中にないかのように「ただ歩く」のだ。
まるで何かに激しく怒っているみたいに。
(漢和字典には「殺」には「おさえつける/忘れる/状態が極度・はなはだ/ぬぐい去る」などの意味が並ぶ。)

それとも文字通り、「殺す」=「いのちを奪う」のであろうか。
空そのものを「殺す」のでなくて良い。それは無理なこと。
詩には「空の青さ」を「殺す」とあるではないか。

なぜ「青」は「危険な」のだろう。あまりに純一無垢で、その色に酔い痴れていては腑抜けてしまうからか。少なくとも詩人は、そんなことでは「おまえにだけ通じる言葉」は得られない、と思っているようだ。
万人に言い放つ武張った言葉でも、あまたを欺く甘言でもなく、ただ一人に贈る、互いを結び、生きる力を与えてくれる、真実の「ひとつの言葉」、それを問い求めてひたすら歩く。


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