岩木誠一郎「秋の出口」[2025年09月24日(Wed)]
クヌギの樹(境川遊水池公園)
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秋の出口 岩木誠一郎
促されて
森への道を歩いてゆく
背なかに向けられているのが
ほんとうは何かもわからないまま
くさむらでは
いっせいに虫が鳴いている
昇りはじめた月の高さで
発せられなかった叫びが凍りつく
どこでまちがえてしまったのか
こたえのない問いをくりかえす
近づいてくる影に呑み込まれた者は
戻って来ないと知っている
かすかに壁を叩くような音がする
むこうでも
さがしてる
『声の影』(思潮社、2024年)より
◆火照りのなお残る夕刻も終わり、涼しい風を味わいに散歩に出る。
コオロギが鳴く草むらを歩きながら、秋の中に入り込んだと感じる。
◆上の詩は晩秋の森の中の夜道。虫たちが鳴き出すまでを想像することは、ふつうはない。
「発せられなかった叫び」に心が揺さぶられているのは尋常でない。
詩人は、地上に姿を現すことの叶わなかった小さな命たちに向き合わざるを得ない。
それらは、表出されないまま自分が呑み込んだ言葉たちの中に宿るはずだった。
語らず歌わずのままでは彼らは存在しなかったも同然となる。
言葉を待ちながらそれを聞くことができないまま、この世界からは退場した者たち――そんな誰かが確かに居る。完全に消滅したのではない。
この「秋」の世界で姿を与えてもらえなかった彼らは、「私」を探し求めて、こことは決定的に違う次の世界から合図を送っている。
それに応えるのが詩人の仕事だ。



