彼岸花[2025年09月21日(Sun)]
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彼岸花[2025年09月21日(Sun)]
洞口英夫「くるみ」[2025年09月21日(Sun)]
シラカシ。くりくりしたドングリをつけていた。 ***** くるみ 洞口英夫 たにまのくるみの 樹の枝が 川の流れのある方に 枝を伸していって たねを落とすように 人はいつか 永遠の流れにのびていって命を落す 『一滴の水滴が小鳥になる』(思潮社、2024年)より ◆境川のサイクリングロードにはクルミ(オニクルミ)の木が何本か成長していたのだが、今年の春先にあらかた伐られてしまった。 だが、またそこここに姿を現している。 ◆上流から運ばれてきた実が途中で居着く。だがそれも一時。実はいずれ流れ下る。 個体としては死だが、クルミ族としては命のリレーだ。 だが、上の詩ではそのような継承や再生に関心を向けてはいない。 永遠の流れの方向に自分を放り出す感じがある。 命は「落ちる」とは言わず「(命を)落とす」と言うのは、死が自分でどうこうできることではなく、何ものかが「落とす」力を持っている、と観ぜざるをえないからか。 ならば、人にできることは何だろう。
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