斎藤久夫「タンク」[2025年09月08日(Mon)]
タンク 斎藤久夫
「タンク」との遭遇という
幼い日の記憶が
脳裏に浮かんでくるたびに
あれは霧のなかの幻影ではなかったのだ
現実の光景だったのだと
そのたびに思いを巡らせてきた
「タンク」が重い音を響かせながら
山際の小学校の横を廻り
川霧のなかへ引き返していった
何故 大きな金属製の車輌が
村の砂利道を走り過ぎていったのか?
敗戦間際 爆弾が落とされたという
橋向かいの 古い町並みのことさえ
何にも知らなかった
何故 「タンク」が走り過ぎていったのか?
思い至ることは何にもなかった
誰かにたずねたこともなかった
ただ確かに女の先生が言っていたことがある
黒板の横で窓の外に顔を向けながら
「海の向こうではいま戦争をしているの」と
アルファベットはまだ遠く
走っていった「タンク」の横に
「Z」の標が付いているかどうかなど
思いつくことも
考えつくことはずさえもなかった
現実だったのか幻影だったのか記憶の映像と
一人の子の生から死への 限りもない記憶が
交錯し 眩暈(めまい)するように足もとが揺れる
一瞬青くスパークし川霧の奥から流れてくる
山間(やまあい)の霧が 光にきらめき 生と死が重なる
海の向こうの村々では泥濘の道で
車輌の侵攻は 殺戮を重ねていた
『詩集 小さきものたち』(土曜美術社出版販売、2024年)より
◆1945年福島市に生まれ、現在は南相馬市に住む詩人。
50年、60年…80年と節目を迎えるごとに、忘れること・忘れさせることに血道を上げてきた者たちは、バンザイやウラーの声をあげてきただろうか。
一片の記憶を生涯考え続ける詩人は、海の向こうで起きている戦争に思いをはせずにいない。
キャタピラが記憶を押しつぶし土くれにして葬り去ることは耐えがたいのだ。



