松下育男「おおきな せんしゃが」[2025年06月27日(Fri)]
おおきな せんしゃが 松下育男
おおきな せんしゃが
きみのまどのそとを
なんだいも とおっている
せんそうでもないのに
どうしたんだろうって
きみはだいどころで
シチューをかきまわしながら
ときどきまどの そとを
みている
きみはなんにも
わかっていないんだ
まどのそとの せんしゃのことも
ぼくがきみを
どんなに おもっているかも……
きみがシチューを
かきまぜているあいだに
せんしゃは おおきな
せんそうを いくつも
けいけんするだろう
くにの体制は いくどか
かわって
きみのすんでるたてものの そとかべには
おおくの銃弾が
うちこまれ それぞれにそのおおきさの
そらが
うめこまれる
きみはそれでもシチューを
かきまわしている
きみはなんにも
わかっていないんだ
まどのそとを
もう うつくしいせんしゃは
とおらないだろう
ぼくは
あるひ
やわらかな砲弾に
こなごなになって しまうだろう
現代詩文庫『松下育男詩集』(思潮社、2019年)より
◆松下育男は当方より3歳年上の詩人だ。
当然、幼年期の遊びの中に戦争ごっこもあっただろう。
その遊びは、大人たちの戦争の影の下にある。
窓の外を通る「せんしゃ」とはそのことだ。
決して、過去の歴史に繰り込まれてしまったモノクロの平板な写真などではない。
◆だが記憶の不都合な部分や嘔吐を催すむごたらしさはいつしか消され、勇ましさや正義だけが強調されていく。繰り返される戦争がそれらを必要とするからだ。
かつてのズングリしたタンクはもう姿を消した。
進化した「うつくしいせんしゃ」の時代に移る。
そのあいだもシチューをかきまぜる日々は続いていた――それだけはいつまでも変わらぬ風であったのに……。
「せんしゃ」はもはや進軍する必要がない。壁を壊すこともなく敵をピン・ポイントで抹殺する「やわらかな砲弾」が出来たからだ。



