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石垣りん「日記より」=1954年黄変米事件[2025年06月25日(Wed)]

◆生活・暮らしの大切さを大事に歌った石垣りん。
やはりお米のことについて次のような詩を書いていた。

おかげで、今を遡る71年前に、新聞報道によって、「黄変米事件」として、政府のゴマカシが公になり、食の安全を真剣に議論した時代があったことを知ることができる。



日記より   石垣りん


一九五四年七月二七日
これは歴史の上で何の特筆することもない
多くの人が黙って通りすぎた
さりげない一日である。

その日私たちは黄変米
(おうへんまい)配給決定のことを知り
その日結核患者の都庁坐り込みを知る。

むしろや毛布を敷いた階段、廊下、庭いっぱいに横たわる患者ストの様相に
私は一度おおうた眼をかっきりと開いて見直す。

明日私たちの食膳に盛りこまれる毒性と
この夜を露にうたれる病者と
いずれしいたげられ、かえりみられぬ
弱い者のおなじ姿である。

空にはビキニ実験の余波がためらう夏の薄ぐもり
黄変米配給の決定は七月二四日であった、と
新聞記事にしては、いかにも残念な付けたりがある、

その間の三日よ
私はそれを忘れまい。

水がもれるように
秘密の謀りごとが、どこかを伝って流れ出た
この良心の潜伏期間に
わずかながら私たちの生きてゆく期待があるのだ。

親が子を道連れに死んだり
子が親をなぐり殺したり
毎夜のように運転手強盗事件が起り
三年前の殺人が発覚したり、する。
それら個々の罪科は明瞭であっても
五六、九五六トン
四八億円の毒米配給計画は
一国の政治で立派に通った。

この国の恥ずべき光栄を
無力だった国民の名において記憶しよう。

消毒液の匂いと、汗と、痰
(たん)と、咳(せき)
骨と皮と、貧乏と
それらひしめくむしろの上で
人ひとり死んだ日を記憶しよう。

黄変米配給の決定されたのは
残念ながら国民の知る三日前だった、と
いきどおる日の悲しみを
私たちはいくたび繰り返さなければならないだろうか。

黄変米はわずか二・五パーセントの混入率に
すぎない、
と政府はいう。

死んだ結核患者は
あり余る程いる人間のただ一人にすぎず
七月二七日はへんてつもない夏の一日である。
すべて、無害なことのように。



ハルキ文庫『石垣りん詩集』(角川春樹事務所、1998年)


「その間の三日よ
 私はそれを忘れまい。

 水がもれるように
 秘密の謀りごとが、どこかを伝って流れ出た
 この良心の潜伏期間に
 わずかながら私たちの生きてゆく期待があるのだ。」


上の六行をくり返し噛みしめよう。

大したことじゃない、と国民の健康を限りなく低く見積もった政府の傲岸不遜な決定を、重大な「悪」と認知した公僕の存在、報道に至るまで新聞社(朝日新聞)の内部で闘わされた議論と最終決断に至るまでの個々人および組織の葛藤と軋轢……そこに想像力を働かせ、良心の後押しをする庶民の存在。

イランの核開発をめぐる米情報機関の分析・警告と、それを無視、口封じに動いた上で先制攻撃を命じたトランプ大統領のケースにも通じる話だ。
「ならず者国家」と他国を批判したアメリカ自身が、その仲間入りをするというキタイ(危殆&奇体)に背筋が寒くなるが、始まりはすべて真実に口を噤んだり、耳をふさいだりすることから始まる。

「良心の潜伏期間」を無為に過ごし黙過することは断じて許されないのだ。






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