
ネリス「誰が知っていたのか?」[2025年06月21日(Sat)]
誰が知っていたのか? サロメーヤ・ネリス
木村文 訳
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捨てられたパレットには
乾いていない絵の具――
君に必要な場所がこんなに小さいと
誰が知っていただろうか?――
消えなかったのは空腹と裸足だ――
閉じこもらなかったのは
ひとかじりの乾いたパンだ――
サロメーヤ・ネリス『オキナヨモギに咲く』(ふらんす堂、2024年)より
◆ネリス(1904-1945)はリトアニアの詩人。
120年前に生まれた詩人の祖国リトアニアと旧ソ連との関係、それに対する詩人の立ち位置は、ロシアによるウクライナ侵攻が継続中の現在、問題視されていると訳者は言う。
だが、そうであるにしても作品それ自体がこの戦争に対するあらたな光源となって存在することは否定できない。
◆僕自身のニュース映像の記憶(全く断片的だが)から浮かんだのは、ロシア兵が占拠後立ち去った後に子どもたちの教科書や教材が散乱したまま残された小学校の教室の光景だ。
「乾いていない絵の具」の残る「パレット」、あるいはその一なすりの絵の具――それが「君に必要な場所」だという――その「君」はパレットの持ち主だった子どもなのか、あるいは教室からその子を追いやった兵士なのか、分からない。
前者であれば、子どもたちの慌ただしい避難と失われた平和な日常を象徴するのがパレットだということになる。
後者であれば、軍靴で踏みつけたものにようやく気づいた若き兵士の当惑や混乱が見えてくるように思う。
◆後半の連では、食糧を欠乏させることまで武器として子どもたちの生を奪い尽くすガザの今を思わぬ訳にはいないだろう。
そして、同じ事態が詩人の生きた時代にもあったはず、と想像する。
リトアニアと言っても、かの杉原千畝を連想する程度の人間として、殆ど何も知らなかったと改めて恥じ入るばかりなのだが。