
草間小鳥子「底辺」[2025年06月20日(Fri)]
底辺 草間小鳥子
空気の底のにおいを忘れたか
懸命に爪立った頃
草花を嗅ぐためうずくまった時
なすすべもなくしゃがみ込んだ日
社会に沈殿しけむった空気のにおいを
使い古された言葉や価値観の残り香を
地面に近い生きものはみな知っている
だから巻かれて早く死ぬ
子どもらも知っている
だから逃げるように背を伸ばすのだ
そして地を這う大人
塹壕に這いつくばる父や
とりわけ女たちは
『ハルシネーション』(七月堂、2024年)より
◆地面に近く生きた頃に味わった「空気の底のにおい」のことを忘じ果てたのは大人たちの方なのだろう。
忘れなければ塹壕に這いつくばる羽目に陥らないでも済んだだろうか?
そうすれば、子どもたちを死から遠ざけてやることができただろうか?
どちらにせよ、遅かれ早かれ「けむった空気のにおい」に、巻かれて死ぬのだからと、塹壕の中に居着くハラを固めてしまっているのだろうか?
「とりわけ女たちは」どうだ、と言っているのだろう。やはり「早く死ぬ」のだろうか、それらの者たちの中で、「とりわけ」「早く死ぬ」のだろうか?
「使い古された言葉や価値観」には、「自衛のため」と繰り返す政治の言葉だけでなく、”戦争反対”のシュプレヒコールも含まれるのだろうか?