
草間小鳥子「つまらないもの」[2025年06月19日(Thu)]
つまらないもの 草間小鳥子
はなせ
お前が握っているのは私の手ではなく
わずかに残された尊厳
練習をすれば慣れると教わった
歩くのも 跳ぶのも
蝶々結びも
目に映るものを見つめないこと
胸の奥で固く目を閉じ
相手の口を塞ぐ
すごい ほんとうだ
物の価値は上がり続けるのに
ひとの価値は下がるばかりで
粉々に打ち壊した町の断面から
暮らしがこぼれてゆくのを見てはじめて
ここはすでに墓地だったのだと気づく
だから
はなせ
お前が握っているのは私の手ではなく
すり切れた感受性
お前がつまらないものだと思うよりずっと
危険だ
『ハルシネーション』(七月社、2024年)より
◆「わずかに残された尊厳」が、「相手の口を塞ぐ」とは、傷ついた尊厳それ自体を最後の武器として、敵に立ち向かうということだ。
それほどまでにギリギリのところに追い詰められてなおも、人は闘う。
老若男女を問わず、素手で闘う。
◆今朝の朝ドラ『あんぱん』の少年はピストルを持っていた。
衝撃だった。闘う理由は、この詩の主人公と同じに思えた。