
木下裕也「たたかい」[2025年05月16日(Fri)]
スイバ(スカンポ、イタドリ)。
若く柔らかな緑の草木ほど心なごむものはない。
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きのしたひろや
たたかい 木下裕也
親鳥が卵をあたためる。もはやそういうしかたで、
命を描くことはできない。羽の下の卵の色は、す
でに純白ではない。
命を守る。命を保つ。そのことについて、わたし
たちはおだやかに語ることができなくなってしま
った。ある時をさかいにして。
光は闇に貼りついている。命は死に貼りついてい
る。死者たちが生者たちの命を脅かすことはない。
命ある者が、命を脅かすのだ。
踵を返すこと。方向を変えること。
引き返せとの警告に耳をかたむけ、引き返すこと。
鉛のような依怙地を溶解すること。
むずかしくなってしまったそのたたかいを、たが
いに課し合うこと。
命を守り合う。それは肩を寄せ合うことではない。
たがいにもたれ合うことではない。
たがいの命のありようが、一度覆されるのだ。そ
れまでのありようが、根元からぽきりと折れるの
だ。
その痛み、その心もとなさに耐えながら、ふたた
びたたかいの姿勢をととのえるのだ。
詩集『梯子』(土曜美術社出版販売、2022年)より
◆ウクライナ・ロシアの停戦協議、出口は見えない。
ガザの悲劇もまた。
「命ある者が、命を脅かすのだ。」
――非道の数々はまさしくそのやり方で繰り返された。
――終わらせることなど忘れ果ててしまったかのように。