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大岡信展――「春 少女に」[2025年05月11日(Sun)]

DSCN3576.JPG

◆大岡信展を見てきた。神奈川近代文学館で5月18日まで。
今回はたまたま図録を先に借覧でき、何をおいても行かなければと思った。
理由はふたつ。

ひとつは本展の編集委員である三浦雅士による大岡論〈日本詩歌の豊穣――『折々のうた』〉の引力。

もうひとつは図録第二章の82ページに載せてある大岡の詩「春 少女に」(1978年)の呪力だ。
まずその詩を掲げておく。



春 少女に   大岡信


ごらん 火を腹にためて山が歓喜のうなりをあげ
数億のドラムをどつととたたくとき 人は蒼ざめ逃げまどふ

でも知っておきたまへ 春の齢
(よはひ)の頂きにきみを押しあげる力こそ
氾濫する秋の川を動かして人の堤をうち砕く力なのだ

蟻地獄 髪切虫の卵どもを春まで地下で眠らせる力が
細いくだのてつぺんに秋の果実を押しあげるのだ

ぼくは西の古い都で噴水をいくつもめぐり
ドームの下で見た 神聖な名にかざられた人々の姿

迫害と殺戮のながいながい血の夜のあとで
聖なる名の人々はしんかんと大いなる無に帰してゐた

それでも壁に絵はあつた 聖別された苦しみのかたみとして
大なるものは苦もなく小でありうると誇るかのやうに

ぼくは殉教できるほど まつすぐつましく生きてゐない
ひえびえとする臓腑の冬によみがへるのはそのこと

火を腹にためて人が憎悪のうなりをあげ
数個の火玉をうちあげただけで 蒼ざめるだらう ぼくは

でもきみは知つてゐてくれ 秋の川を動かして人の堤をうち砕く力こそ
春の齢
(よはひ)の頂きにきみを置いた力なのだ


県立神奈川近代文学館・公益財団法人神奈川文学振興会『大岡信 言葉を生きる 言葉を生かす』(港の人、2025年)より


◆火を噴き上げて人間たちを震え上がらせる大いなる力こそ、少女を青春の天辺に押しあげる。
そのように謳いあげる賛歌であり頌歌である。
だが、2025年という「迫害と殺戮のながいながい血の夜」のただ中でこれを読むとき、人は小止みすることすら忘じ果てた絶望の泥流に呑み込まれる。

だが、それで終わりではない。聖別や殉教とは無縁でも、再生するものの力をひたすらに信じるならば、それは必ず報われるのだと、本展を編んだ人は、祈りをこめてこの詩を選んだに違いない。
そうしてその祈りに応じる人がかならず現れるに違いない。

◆会場に足を運んだ10日の午後、トークイベントに臨んだ3人の若い詩人たちが選んだ詩の中に、やはりその感応はあった。(続きは次回)







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