• もっと見る
« 2025年02月 | Main | 2025年04月 »
<< 2025年03月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
小池昌代「木より遅れて」[2025年03月11日(Tue)]

DSCN2943ヒイラギナンテン.JPG

ヒイラギナンテン。黄色く丸い花が可憐だ。

DSCN2942〜花.JPG



*******


木より遅れて   小池昌代


1

木は 常に先にいた
わたしたちが着く前に
先に 来ていた
その木について話そうと
遅れてきたあなたは語り始める
雨が降り 雨が切り株を濡らし
わたしはその断面を見
尻を汚して座り
元はどんな木だったのだろうと
考えることもあった
木が 根こそぎ無くなると
その木の頭上に広がる空も欠け
――などということはまるでなく
空は
土地が傷ついても
人が死んでも
どこまでも無情に広がっている
鳥だけが
地と空のあいだ
どちらにも 触らず
かつて立っていて今はもう無い木の
無い巣にやってきて
産みつける
中空の卵は支えもなく
落下し地面で割れ
生まれて死ぬ
そのあまりに短い
生涯の距離が引力ということ
道を分けるところには
先に来た木が立っている
その木について
木より遅れて
いつしか女は語り始めていた ぼろぼろと
棺桶の蓋の隙間からきりもなく入ってくる土のようにぼろぼろと
低い声で女は


  『現代詩手帖』2025年1月号〈現代日本詩集2025〉より(思潮社)

◆「木が 常に先に」いる以上、人間は常に「遅れて」くるのだろう。
(人間が木について語ることが好きなのはそのため? では「鳥」は?)

「鳥だけが/地と空のあいだ/どちらにも 触ら」ぬ存在らしい。
(それゆえ、自分もかつて「鳥」だったと想像することが人間は好きなのか?)

◆だがその「鳥」の産む「中空の卵」の何というあっけない生涯!
(そもそも中空だったその卵が果たして束の間でも「生きた」と言えるのだろうか?)

「生まれて死ぬ/そのあまりに短い/生涯の距離が引力ということ」という簡明直截な断定を突きつけられれば、鳥に及ばぬ人間の生涯などほとんど無に等しい。

だが、決して「ゼロ」ではない。そんな人間が、木について考え、語り始めるなら、その結果ときたら無際限だ。いわば「木」を分子として、分母に限りなく「無」に近い人間を置くわけなので、答えは無限大へと向かう。つまり人間によって紡ぎ出される物語は無限大、ということになる。
「遅れてきた」人間にアドヴァンテージがあるとすれば、その点だということになる。


| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml