
岩木誠一郎「夜明けまで」[2025年03月08日(Sat)]
◆当地は今シーズン二度目の降雪。うっすらと庭木やトマトのビニールハウスに雪が載っているが、道に積もるほどではなさそうだ。
TVで各地の天気予報が見られる時代となった。兄妹弟の暮らす雪国では今頃どうか、明日は……と確かめてみることが増えた。
雪に脆弱な首都圏、判で押したような新宿駅頭からのレポートなど何のニュース性もない。
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夜明けまで 岩木誠一郎
外は雪でしょうか
そのひとは
しきりに窓の向こうを気にして
指のさきでくもりをぬぐっては
見えないものに
目を凝らしている
そこは
入口でも出口でもなく
ちいさな傷口なのだから
ぼんやり灯りが映るガラスを
すべり落ちるひとすじの痛みは
声となる前に消されてしまう
バスはさきほどから
まるで動こうとしていない
何を待っているのか
ドアを閉ざしたまま
運転席に座る影も
しだいにうすくなってゆく
あとどれくらいでしょうか
たずねているのは
夜明けまでの道のりだろうか
それは
たえまなく降りつのるものに
ほとんど埋めつくされているのだが
岩木誠一郎『声の影』(思潮社、2024年)より
◆雪に降り籠められて停まったままのバスの中とおぼしい。それが夜明け前であるというのは、尋常でない事態だと言える。
その切迫した状況であるらしいことと、乗客の誰かが口にした問い=第一連の「外は雪でしょうか」および最終連の「あとどれくらいでしょうか」のおっとりした調子とのチグハグさ。
問いは同じひとの言葉と言ってよさそうだ。そんなにたくさんの乗客が乗り合わせているのではないように思える。
外を見ようと曇りをぬぐった窓は、「ちいさな傷口」だという。
窓のむこう「そのひと」が見ようとしているのは、「そのひと」自身の過去なのか、未来なのか、それとも現在なのか。