
岩木誠一郎「もうひとつの空」[2025年03月05日(Wed)]
もうひとつの空 岩木誠一郎
空の色がちがう
そんなことばで
祖国への想いを語っているひとがいる
たどり着いたまちで
何年もタクシーに乗っているという
市場や白い壁の家
街角の看板には
読めない文字が並んでいるけれど
次々と画面に映る風景は
なつかしいものばかりだ
どこから来たのか
どうしてなのか
大切なことは
いつも聞き逃してしまう
帰れるものならとつぶやいて
しずかに笑う横顔は
もうひとつの空を見ているのだろう
海を渡ろうとする鳥たちが
いっせいに羽ばたきをはじめる季節だ
『声の影』(思潮社、2024年)より
◆異国で生きることを選んだひと――戦乱か迫害を受けてか、よんどころない事情あってのことと想像はするが、聞き逃してしまっている。聞いたところで何もしてやれることがないと思ってしまうからか、触れて欲しくないところに踏み込んでしまうことを恐れてか、それとも、そのひとが抱えているものの大きさを思って怯んでしまうからか。
聞いたところで何が変わるわけでもない――だが、ほんとうにそうか?