
岩木誠一郎「冬の言葉」[2025年03月04日(Tue)]
◆夕がた郵便局に向かったものの、財布忘れてUターン。
雪模様で車列もゆっくり。
おなかもすいてくるし、何か買って帰るか、と思ったが、すぐ一文無しだったことを思い出した。
もの忘れと体のガタとが一緒にやって来たみたいで、踏んだり蹴ったり、泣き面にハチ、弱り目にたたり目……ほかにどんな言い方が?と頭を遊ばせる余裕もなく、ふだん20分ほどの道を倍以上かけて帰宅した。
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冬の言葉 岩木誠一郎
角を曲がると
すばやく立ち去ったものの
気配だけが残っている
今日はほんとうに昨日の
つづきなのだろうか
冬枯れた街路樹を見上げながら
空へと枝先を伸ばしてゆくことの
かすかな痛みに触れる
子どもがふたり
何か話しながら通り過ぎる
耳をそばだてても聞きとれない
遠い言葉が使われているらしい
雪が降りはじめる前の
はりつめた空気が
皮膚をとおして
入り込んでくる
標識に書かれた地名を読む
そこに行きたいわけではないが
つづいている
ことだけをたしかめる
『声の影』(思潮社、2024年)より
◆むずかしい言葉が使われているわけではなく、特に変わった物が描かれているのでもない。
ただ、「すばやく立ち去ったものの/気配」に働かせる感覚の細やかさは尋常ではない。
微細なものに感覚を働かせると傷つきやすい。
そのため、聴いたり見たりする感覚は鈍く抑えられ、皮膚が世界に向けて開かれてゆく。
寒さにあらゆるものは縮こまるはずを、皮膚は、あえて空へ、世界へと開き伸びてゆこうとする。「雪が降りはじめる前の/はりつめた空気が」その皮膜を通して浸潤してくる。
◆詩題にいう「冬の言葉」とは何だろう?
「標識に書かれた地名」はどこに、あるいは何と「つづいている」のだろう?
(一読した程度で”分かったなどと言えないのだが、)この詩人は、「皮膚をとおして」世界につながり、その言葉を聴こうとし、はるか向こうとつながろうとしている。
(その影を見るべく、読むこちらも、雪だったり雨だったり霙だったりする今夜の空に向けて皮膚を広げようと試みる。)