
工藤直子「地球の円環」[2025年01月12日(Sun)]
地球の円環 工藤直子
林のむこうから ささやく声がきこえる
近づくとちいさな池が いっしんに空をみあげていた
――まっていました むかしわたしは
あなたからこぼれた雨の一粒でした
――ああ きみはそこにいたのか
おぼえているよ むかしきみは ぼくだったね
空から声がふってくる 柔らかい灰色の雨雲だ
――あなたのところに帰りたい
ねえ わたしを釣りあげて!
――それは……おひさまの役目なんだよ
ぼくたちは おおきな円で結ばれているから
いつかどこかで また会おうね
――ええ きっと追いつきます 待っててね
雨雲はゆっくり去り 池は波紋の微笑をうかべ見送る
それは 千年万年くりかえす
出会いと別れの「一瞬の風景」だった
詩 工藤直子/オブジェ あべ弘士『なんとなく・青空』(文化出版局、2010年)より
◆雨雲の「むかしきみは ぼくだったね」ということばの深さに引き込まれる。
こうした認識が持てれば地上に争いなどなくて済むはずだからだ。
してみれば、キナくさい黒雲ばかり上げている者の目は、地上の影ばかり見ていて、雨をもたらす空やおひさまのことなど目に入らないのだろう。
――わざわざ見上げるまでもない。足下のほんのひとすくいの水たまりをのぞいてみればそこに映っているはずなのだが。