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芥川龍之介「立ち見」[2024年11月29日(Fri)]

立ち見   芥川龍之介


薄暗い興奮に満ちた三階の上から
無数の目が舞台へ注がれてゐる、
ずつと下にある、金色
(こんじき)の舞台へ。

金色の舞台は封建時代を
長方形の窓に覗かせてゐる、
或は一度も存在しなかつた時代を。

薄暗い興奮に満ちた三階の上から
彼の目も亦舞台に注がれてゐる、
一日の労働に疲れ切つた十七歳の人夫さへ。

ああ、わが若いプロレタリアの一人も
やはり歌舞伎座の立ち見をしてゐる!


            (昭和二年)〔遺稿〕


◆芥川にはオペラや京劇の鑑賞記もあるようだから、この詩のように歌舞伎見物をとりあげた詩があって当然ではある。
「カルメン」という1926年の短編では、イイナ・ブルスカアヤ*という歌手のカルメンを観に行ったところ、別の貧相な歌手が代役で登場した。イイナが出なかったのは、彼女に恋慕して追いかけるように来日したロシアの侯爵が恋に破れ絶望して自死する事件が起きたからだ、という話を一緒にいたT君から聞く。だが、幕間の後、ボックス席にイイナその人が現れる。事件などなかったかのように愉快そうに取り巻きたちと笑うイイナの婉然たる姿を「僕」が注視し続ける、という話だ。彼女をめぐる舞台以上のドラマの目撃者兼観察者になるわけだ。
*(Ina Burskaya ウクライナ生まれ、アメリカで活躍したオペラ歌手。1886-1954)


◆この詩でも、主人公の視線は、歌舞伎座の舞台そのものでなく、それを見下ろす観客の方に向けられている。三階席の薄暗い立ち見席から華やかな舞台を見つめている一人の若い労働者だ。
「十七歳の人夫」と年齢と仕事について書いているのは、彼を観察する眼が割り出したものだ。

歌舞伎は江戸時代、封建制社会のドラマだ。だがそれを、第二連、「一度も存在しなかった時代」と書く。舞台で起こることは全くのフィクションであるからだが、その虚構に時を過ごす立ち見の若者の方こそ、日々働く者の一人として、作り物ではないドラマを生きているのだ――彼にスポットライトが当たることはついにないのだとしても。



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