芥川龍之介「おれの詩」[2024年11月27日(Wed)]
おれの詩 芥川龍之介
おれの頭の中にはいつも薄明(うすあかる)い水たまりがある。
水たまりは滅多(めつた)に動いたことはない。
おれはいく日もいく日も薄明い水光りを眺めてゐる。
と、突然空中からまつさかさまに飛びこんで来る、
目玉ばかり
大きい青蛙!
おれの詩はお前だ。
おれの詩はお前だ。
(大正十二年十一月)
ちくま文庫『芥川龍之介全集 8』(筑摩書房、1989年)より
◆「青蛙おのれもペンキぬりたてか」も龍之介の句であったことを思い出させる詩。
◆生後まもなく母の実家に引き取られた龍之介にとって、隅田川の川面は幼少期の原風景だ。
水の近さは、護岸が整備された現在の川から受け取るものとはずいぶん違っていただろう。
だが、それにしても、「頭の中」にいつも「薄明い水たまりがある」という感覚は、普通のものと読み過ごすことはできない。落語の「頭山」を連想するシュールさをにじませながら、川に置き去りにされた水たまりにたとえたくなる自意識が続いているように思う。
水たまりを眺めているのは「おれ」だが、同時にその水たまりそのものになっている「おれ」でもある。
そこに、ボンヤリした気分を打ち破るかのように真っ逆さまに飛び込んでくる青蛙。
青天霹靂のインスピレーションが魂をゆさぶり、精神を賦活するものが襲来したのである。
それでいて、もたらされた詩には諧謔の刻印がハッキリと。