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田村隆一「天使」[2024年11月25日(Mon)]
天使 田村隆一
ひとつの沈黙がうまれるのは
われわれの頭上で
天使が「時」をきえぎるからだ
二十時三十分青森発 北斗三等寝台車
せまいベッドで眼をひらいている沈黙は
どんな天使がおれの「時」をさえぎったのか
窓の外 石狩平野から
関東平野につづく闇のなかの
あの孤独な何千万の灯をあつめてみても
おれには
おれの天使の顔を見ることができない
『腐敗性物質』(講談社文芸文庫、1997年)より
◆入院患者にとって最近の病院は着替え歯ブラシ、紙おむつ含めて殆ど持参する必要がない。アメニティ・セットというものがレンタルで用意されているからだ。
このところの寒さを考えてちょっと羽織れる衣類を持って行ってもお持ち帰りくださいと言われてしまう。
温度管理もしっかりしているのは確かだが、部屋によっては、あるいは同じ部屋でも窓側と入口とでは1℃前後の違いがあるのではと思う。
◆家を離れたところで、自分で調節できない環境の典型は「旅」だ。真冬の長距離夜行列車のスチーム暖房は汗ばむほど高めにしてあったことを思い出す。
上の「北斗」、冬の旅とは限らない上に、石狩から東京に戻る便のように思えるが、北に帰る旅だとしても構わないだろう。
◆時間のレールを疾駆する寝台列車のせまいベッドの上でフッと訪れた沈黙に、天使を感じている。だがその顔は見えぬという。夜の闇が余ってたかって自分の上に集まっているからだろうか。
街々の孤独な何千万という灯のどれよりも黒々と、「おれ」の孤独を覗き込んでいるはずの「天使」がそこにいるというのに。