四國五郎「練兵」[2024年10月27日(Sun)]
練兵 四國五郎
日本の百姓が耕した土なら
こんな色ではない
日本の百姓が踏みかためた泥なら
こんな土肌ではない
穂草を蹴散らし
枯れよもぎが かおる
喋ることを やめ
吐く息 吸う息だけ
頬をぬらし
頸をぬらし
横顔は怒り
ただ 駆けるだけの
戦友よ
私よ
このとてつもない大地のうえで
ためすのか
こころでも いのちでもない
筋肉の収縮の反復をためすのか
駆けて 駆けて
そのことでこの躰が
大陸のきりかけてくる空気に
切りかえせるか
乾いて乾いて
金属音をたてる この軍靴の下に
麥(むぎ)が芽吹く日が
ふたたびあるか
ふと鍬の手を休め
吸いつける煙草のけむりたゆとう日本の秋の
その空気ではない
その空気ではない
・練兵 戦闘の用に耐えるように兵士を訓練すること。
四國 光 編『戦争詩』(藤原書店、2024年)より
◆四國五郎が満州で配属された部隊は〈関東軍満州第一三一二五部隊〉。
内地とは全く異なる大地の上。
訓練に駆り立てられる一個の肉体の自問をうたう――乾いた金属音をたてる軍靴の下のこの大地が、実りを生むそのためにのみ耕される――その日はいつだろう。