韓永男「月日」[2024年10月08日(Tue)]
月日 韓永男(ハンヨンナム)
月日の深さが 全て過ぎると
いつの間にか 刻まれた模様
その深さと
その重さと
その長さと
その中身と痛みまで
月日の模様に触れると
最後に感じられる この貧しさ
この恥ずかしさと
この照れくささと
この哀れさと
この器の小ささまで
月日 全て過ぎないで
月日 全て耐えないで
風に草の葉 揺れるように
美しい波となって
水のしわでも刻むべきだった
月日が過ぎれば
月日を忘れよう
柳春玉/南鉄心/林施ホ・訳
『韓永男詩集』(土曜美術社出版販売、2024年)
◆人間の肉体で「月日」を最もよく表すのは、やはり「顔」あるいは「手」だろうか。
他人なら、それらに刻まれた皺を「美しい波」と感じてくれることがあるかもしれないが、当人にはとうてい無理。恥ずかしく哀れな月日が刻印されていることは自分が一番分かっている。
(水に身を投じたナルシスは少年だった、ということになっているしね)
だが、この詩の主人公は、我が卑小さを確かめるためにこそ、皺に指を触れるみたいだ。
――風にそよぐ葉や、ひた寄せる波のようには美しくないことを恥じ、悔いるだけだとしても、そうすることが人生には必要なんだと自分に言い聞かせながら。