田中郁子「目覚めの樹」[2024年09月07日(Sat)]
目覚めの樹 田中郁子
めざめの樹を植える
母よ ねむるばかりする母よ
あなたのすぐそばに樹を植える
ねむりだけが癒す
ふかい霧の中に植える
霧が消えさるとめざめる
新しい芽を持つ樹を
あなたの ねむりの真ん中に植える
向こう山のてっぺんから
ひとすじの光がさすと
まつげが瞬く未明の土に植える
わたしは手のひらから
一羽のつばめを放つ
稲田の面をすれすれに
稲田の端をきわどくカーブして
つばさを張って中空に向かう
黄赤色のキツネノカミソリから
白いナツツバキの花ゆすぶって
短い足で枝にまいもどる
めざめの樹を今日も植える
じゅりりっじゅりりっと呼びかける
ドアを開けるこの位置から
あなたがめざめる瞬間に
間に合うように樹を植える
『田中郁子詩集』(思潮社・現代詩文庫、2015年)より
◆眠ることの多くなった母を歌う。
母の娘として、「わたし」は、母を見守り、一夜を付き添った。
夜明けの光が、眠る母のまつげを照らし出す。
「めざめの樹」という表現に、心ばえの優しさと美しさがある。