新川和江「なんとかして」[2024年08月28日(Wed)]
◆最強クラスの台風10号が不気味な遅さでやって来る。
人間同様、台風を迎える海のほうにも、積年の事情や都合というものがあるようなのだが。
なんとかして 新川和江
なんとかして
海は陸地へ いちどあがってみたいのです
幼い子どもが なんとかして
背よりも高い食卓へ
あがってみようとするように
岸には岩が 屏風(びょうぶ)のように立っていて
どんなに体をぶちつけても
陸へはあげてくれないのです
ですから海は
ぼうぼうと 泣いているのです
あきらめて
いったん 帰ってゆきますが
すぐ引き返してきて せがみます
千年も いいえ万年も昔から
ずっと そうしているのです
『新川和江文庫5 青春詩篇/幼年少年詩篇』(花神社、1989年)より