上田由美子「石畳」[2024年08月13日(Tue)]
石畳 上田由美子
夕暮れて 行く人の絶えた仏寺の門から
ひとすじに導く石畳 蒼白く冷たく沈む
整然と並んだ石畳 暗闇が広がりはじめると
寺の境内から 昼間の読経の声が
夜の石畳の上を流れる
重たい旋律が地底に眠る魂を誘う
石の下に折りたたまれていた
八月のその日 灼熱の光景が
読経に合わせて 一つまた一つと
声といっしょに立ち上がってくる
引いーけー ヨイショ
引いーけー ヨイショ
死体を引く声
重たく動かぬ焼けた体に綱を絡めて
瓦礫を引っぱるその綱で
引いーけー ヨイショ
引いーけー ヨイショ
四千度以上の熱線にたえぬいて
決してそこから動かなかった石畳
地の底から這い上がってっくる
血に濡れた低い声
石畳に染みついた死者の苦しみ
幾度も雨と読経が洗って拭う
暗がりの上に訪れてくる朝
最初の鐘が石畳の一つ一つに
白い息を吐きはじめる
『八月の夕凪』(コールサック社、2009年)より
◆鎮魂=「たましずめ」とは死者の霊を落ち着かせる、つまり慰霊のことを一般に言うのであろうけれど、もともとは生者の魂を体に鎮めることを言ったのだという。
◆この幻想詩において、石畳の下に折りたたまれ、地の底に眠る魂たちは、いったい死者であろうか、生者であろうか。
核が暴威をふるったヒロシマ・ナガサキは「戦場」ではない。
「国」は戦時体制にあったが、家々には老若が暮らし、辻々には朝のあいさつを交わす人びとの暮らしがあった。
一瞬の閃光と燃えさかる熱で肉体が奪われた者たちには、魂が鎮もるべき体が無い。
◆戦場でない場処で行われるジェノサイド、今四万人に及ぶ魂が中有にさまよい瓦礫の下に在るガザもまた、人びとにとって戦場ではない。
其処では、飢えと渇きに苦しむ人びとの魂もまた、落ち着くべき肉体を、生きながらにして奪われている。